第26話 巽の住処

 初めて来た巽の屋敷は本家の規模からすれば小さなものだったが、西洋風の洋館で落ち着いた空気があり、何故かほっと出来る。

 玄関で突っ立っていれば、飯綱が現れ奥の応接間に案内した。

「でね、姉様と加茂ちゃん今すっごい喧嘩してんの。加茂ちゃんはせっかくの現世だから遊びたいらしくって、他の人間が楽しんでいることをやらない姉様を責めていたけど、姉様は修行が楽しい人だからね。勝手な事を言うなと加茂ちゃんに怒るんだけど、加茂ちゃんはせっかく生きているから楽しいことを教えたいって気持ちなんだよね。ちゃんと説明して分かってもらえばいいのに喧嘩ばっかり。本当に似た者同士だよ」

「忠行はおせっかいだからね。ヒジリを娘だと思って接しているんだろうけど、一筋縄でいかないのがヒジリだから、これから楽しみだね。遅かったね、ソウマ。結局護り人が守ったのか」

「仕方ないでしょう、ソウマ殿は箱入り息子で阿呆ですから、状況把握ができないのです」

 ばつが悪そうに下を剥いたソウマの後ろから突然八俣が現れ、ソウマは驚いて部屋の中に飛び退く。

「あれ、八俣もう帰ってきたの?」

「一度帰宅しただけです。巽殿が見返りを忘れていないうちに受け取りに来ました。また出かけます」

「信用ないなぁ。ちゃんと用意しているよ」

 巽が部屋の隅を指差せばそこには数十本というものすごい数の日本酒やワイン等の、酒瓶が並べられていた。その酒瓶を見た途端、いつもは何処か冷めたような切れ長の八俣の瞳はあり得ないほどに見開かれ、きらきらと輝き始める。

「四十七都道府県の銘酒取り揃え。八塩折之酒は無いけど」

「八塩折之酒はけっこうです。それには苦い思い出しか無いですから。それにしても巽殿にしては非常に良い取り揃えです。よく私が国重を好きだと分かりましたね」

「それで見返りになった?」

「えぇ、十分に。あぁ、そういえば、カスメ様にヒジリ様から鴉が来ていましたよ」

 八俣が蛇になっている腕の口を開けば中に泣きそうになっている鴉が一匹入っていた。

 カスメはじっとりとした視線を八俣に向ける。

「食べる気だったの?」

「乾の鴉は他のモノには毒ですが、私には上質の食事ですからね。頂こうと思いましたがここに上質な酒が沢山ありますのでやめました」

 ため息を付きながらカスメが鴉の頭を叩けば、ヒジリの金切り声が聞こえ、さっさと帰って来いと催促している。

 カスメは面倒くさそうにため息をつくと、ちょっと帰ってくるとソウマに言って出て行き、八俣は巽が用意した酒を妖竹で編んだ筐に入れ、持ち運びやすくしてから抱え、休暇の続きをするため出て行った。

 二人きりになった空間で、気まずそうにソウマは巽を見つめる。

「静かになった所で、ソウマにはまず乾の力の出し入れを覚えてもらわないとね」

「……気づいていたのか」

「そりゃね、大丈夫、カスメにもヒジリにも言わないから。ちゃんとできるようになるまでは今日みたいに護り人に守ってもらえばいい」

「ずっと巽に負けるな、巽に当主の座を奪われるなって言われてきたけど、誰が見ても巽が当主だとおもうよな」

 深いため息を付きながら応接間のソファに腰掛けたソウマに、巽は明るく笑ってそれはないと否定した。

「お祖母様も言っていただろ? 其れは絶対にない。第一僕の本来の力を知っているのは本家でもお祖母様、カスメとソウマ位だ。シンヤ伯父さんも本当の所は知らないし、他のも力が強いって位にしか思ってないからね。それに僕自身がなる気は全くない。面倒は嫌いだから」

「お祖母様は俺が強い力を持つ必要はない、巽を使えばいいって言っていたけど……」

「その通りでいいと思うよ。何かあれば僕を使えばいい。そのための僕の力だからね」

 あっけらかんと言ってのける巽の様子に心配して損したと言わんばかりの息を吐き出し、そういえばと思いだしてソウマは聞く。

「八俣や他の連中を巽は調伏しているわけじゃないよな? 確か朴の儀を巽は受けてないはずだし」

「そうだけど、それが?」

「巽の力は強い。でもその巽がこの世から居なくなった時、あいつらはどうなるんだ?」

 ソウマの意外な質問に答えていいものかどうか迷った巽は、お祖母様には話したことは内緒にと前置きをして話し始めた。

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