第25話 カスメとソウマ

 次の日、巽は飯綱に引っかかれて起き上がり、大きくため息をついて目の前の飯綱を見つめる。

「朝早くから何? 昨日っていうかついさっき寝たところなのに」

「なんか来たって。一人はカスメだけどもう一人が微妙に障るって皆騒いでいるよ」

「……うそ、もう来たの? しかもカスメも?」

「どうする? 八俣はまだ戻ってないから俺が出ようか?」

 怠そうに起き上がった巽は飯綱にコーヒーを淹れるように頼み、大きく伸びをして適当に着替え玄関から山の入口に向かった。

 入口に近づいていくと賑やかな声が聞こえ、巽はやれやれと足取りが重たくなる。

「だから駄目だって! もう少し力を落とさなきゃ、何で出来ないの」

「やっているだろ、これ以上落とすことは自分を守る力を無くすことだと教わったじゃないか。第一お前はどうしてそんなに偉そうなんだ!」

「偉そう? 言う通りにしない兄貴が悪いんでしょ! あのねぇ、ここは乾本家とは全く違う空間で、乾の常識は非常識なの。私の方がよく来ていてよく知っているんだから素直に言うこと聞けばいいのよ」

 腕を組み、じっとりとした視線で見つめて怒鳴るカスメに、妹の分際でと機嫌を悪くするソウマ。

 やって来た巽は二人の姿にため息混じりで「どっちもどっち」と言い放つ。

「まず、確かに今日来たらいいとは言ったけど、こんな早朝に来るとは思ってなかったし、来るんなら使い位飛ばしてくるのが普通でしょ。それと、ソウマはゼロに近くなるほどに力を落とすこと。でないと入れてあげないよ。この土地でむやみに人が襲われることはないし、あまり乾の力を放出していると逆に襲われるよ」

「私は反対したんだよ、昼過ぎに行こうって。でも兄貴が全然言うこと聞かないの」

「もう七時を過ぎているんだぞ、俺にとっては遅いぐらいだ」

「ね、ずっとこんな調子」

「人には人それぞれのリズムっていうのがあるんだよ。自分基準で考えているうちはソウマが当主になることはないね。来てしまったのなら追い返しはしないけど、言うことを聞かないなら何があっても助けてあげないからね」

 巽はにやりと笑ってソウマに言い、屋敷の方へ歩き始め、カスメも「私も知らない」と言って巽の後を付いていった。

 一人残されたソウマは当たりにざわつく気配にびくりと体を揺らす。

 辺りでは姿は見えないのに「乾だ」「ソウマだ」「嫌な感じ」「嫌い」と負の感情が渦巻いていた。

 身動きできなくなっているソウマを見たカスメは仕方がないとソウマの近くによってきて和紙に「絶」と書いてソウマの目の前にちらつかせる。

「わかったでしょ? ここは本家とは違うの。郷に入れば郷に従え、できないって言うなら私がコレで空間を仕切ってあげる」

 カスメが和紙に力を込めようとした瞬間、青い火が和紙を包み込み、カスメの手はなんともないのに和紙だけが灰となって消えてしまった。

「駄目だよ、カスメ。甘やかすのは禁止。出来ないならここに入る事は禁止する、入って来たいならソウマ、君はちゃんと自分自身で力を抑えて入ってくるんだ。ここにいる連中は僕の言うことは絶対だし、本来の力を持ってないから万一のことはないだろうけど、本家の人間は嫌われているからね、気をつけてね」

 笑顔の巽はカスメの手をひいて再び屋敷に向かって歩き出し、ソウマは眉間に皺を寄せてその場で唇を噛みしめる。

 そんなソウマの足元の影がゆらめき妖狐が頭だけを表した。

「無駄なプライドは捨てたほうがいいぞ、特にあの乾のプライドは糞みたいなものだ」

「プライドなんて巽に助けられた時点で無くなっている」

「ではさっさと力を抑えて行け。恐らくお前が私を扱うには巽の協力が必要だ。それにお前には聞きたいことが山ほどあるのだろう? だから時間が惜しくてこんな朝早くにやってきたのだ」

「……俺、力のコントロールの方法は知っているけど、上手く行ったことが無いんだ」

「……阿呆じゃな。だったらさっき聞けばよかったのだ」

「あの場で聞けばカスメが馬鹿にするじゃないか」

「それが無駄なプライドだというのだ。仕方がない、では我の妖気で包んでやる。まずは巽にそこから習え」

 影から陽炎のように何かが立ち昇ると巽の体を優しく包み込み、辺りの負の感情が薄らいでいく。少しのざわつきはあるが、刺すような視線も無くなり、ソウマは急いでカスメ達の後を追った。


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