第24話 知るということ

 サイの様子を見て取った巽はやれやれといった風に遊んでいた炎を消してソウマに言う。

「母上は僕が滅した。人間にあれを滅するのは難しい。母上以上の力を持ったものがそれを消さねばならない、だから僕が滅した」

「巽、お前。自分の母親を殺したのか」

「殺した、か。ソウマらしい考えだね、嫌いじゃないよ、そういう考え方。でもこっちの理屈とはちょっと違うかな。存在したいと願うものを滅してしまえば『殺した』っていうのが適当かもしれないけど、存在理由が分からず、存在其の物に意味が見いだせないものを滅した時は『救った』っていうんだ。父上が居なくなった時点で母上の存在理由は無くなる」

「……。そうか、そういう見方もあるんだな。では、九尾は居なくなったということか」

「僕の母である九尾はね。人間が語り続ければまた新たな九尾が生まれる可能性はあるけど」

 巽の説明にサイの顔色は少し曇った。

 タマモはまだ庵の向こうにある祠にシンリとともに居るが、いずれ今巽が言ったように巽によって滅せられることになる。

 救うと言い放った巽の本当の心情を思うと辛くて仕方がなかったのだが、それは決して言ってはならないこと。黙り込んだサイの様子を感じ取ったのは巽だけだった。

 ソウマは感心のため息を一つつき、次に情けないとため息をつく。

「なんだか巽に教わることばかりだ」

 そんなソウマに巽は声を立てて笑った。

「教えてくれず、知ろうともしなかったのだから当然だよ。お祖母様も伯父さんも時期が来るまでとか言って教えないどころかどっちかといえば内緒にしていたしね。ヒジリは未だに知らないよ、カスメは少し理解してきているけどね」

「カスメが?」

 黙りこんでいたシンヤがカスメの名前が出て顔をあげて聞いてくる。

「カスメは色々疑問に思って僕のところに来たんだよ。本家の人間は教えてくれないだろうって。本家に差し障りのない程度に教えてあげたら、妙に興味をもったらしくてちょくちょく僕の山に来ているよ。カスメも伯父さんやヒジリの方針に思うところがあるみたいだからね」

「ヒジリが、カスメは修行をさぼって弛んでいると言っていたが、そうではなかったのか」

「ヒジリだけでなく、乾の人間は、自分の価値観を押し付けるのが難ですよね。一人一人違うのだからちゃんと個人を見ないといけないのに」

 巽の言葉にソウマも「そうだな」と頷き、再び炎を出して遊びはじめた巽を見つめた。

「巽は妖狐と人間の子供、半分妖かしということなのか?」

「僕は妖狐だよ。人の血も混じっているけど、父上って人間のくせに力が強くて妖かしに近い感じでね、できた僕はどっちかといえば妖狐寄り。生まれた時は完全に狐だったらしいよ」

「そう、成長していけば人として形作るようになりましたが、巽はタマモの年齢を受け継いだのか生まれた時すでにその力は三千歳近くの妖狐のそれでした」

「あぁ、だから彼らは巽の事を空狐だと言ったのか」

「彼らとは一体誰のことです?」

「俺の護り人となった妖狐です。元は野狐が集まったもので、巽が一匹にまとめ上げてそれを調伏しました」

「妖狐が護り人ですか。全くとことん狐に縁があることで」

「では、巽がこれだけの力を持っているのに当主にならないのは妖狐だからなのですか?」

「いいえ、そうではありません。巽が妖狐であっても力が弱ければ当主となる資格はあったでしょう。けれど、巽は規格外のありえない力を持ってしまっている。それでは当主にはなれません」

 首を振って否定するサイの言葉にソウマは首をかしげる。

 ソウマはずっと当主というものは誰よりも強い力を持って居なければならないと思っていた。いざという時全てを護れる力を持っていなければならないと。しかし、力を持っていたことが当主としてふさわしくないとサイが言い、その言葉の意味はいくら考えても分からなかった。

「護るためにも力を持って無くては当主として駄目なのではないですか?」

「確かに、皆を助ける力を持っているのは重要な事です。しかし、当主というものは弱さを知り、弱いと知っていないと駄目なのです。特に今は巽という存在が居ますからなおのこと当主に力があってはなりません。ソウマは今回妖狐を護り人にした、それも正しい選択でした。妖狐は全てを見通す力を持ちます。戦いは力を持ったものに任せて、貴方は全てを把握し、一族をまとめ上げていけばいい」

「俺は、当主にはなれません」

「……何故ですか?」

「俺は何も理解していません。巽に教えてもらうまで何も知らなかったのです」

「それは今から補えばいいことじゃないか。知らなかったのなら知ればいい。知ろうとすることが大事なんだ。知らなかったことを知って恥と思い見て見ぬふりをするようではただの馬鹿だろ? それとも、ソウマは知りたくないと蓋をするのかい?」

 ソウマは「それは」と言葉を濁してサイとシンヤを見つめた。

 自らが知りたいと思ってもこの二人の了解をえなければ其れは出来なような気がしたからだった。シンヤはサイを見つめ、サイは巽を見る。巽は瞳を閉じてわかっていると合図を送った。

「ソウマ、今すべきことは知ることです。私も、シンヤも可能な限り教えます。巽も協力してくれるでしょうから、山を尋ねなさい。あの山は貴方が学ぶことが多いはずです」

「いつ来てもいいよ。ただ、来るときは乾独特の気配を抑えてね、乾の気配は妖かしの連中に障るし、場合によっては存在を消しちゃってまさに『殺す』と言うことになりかねないから」

「それと、ソウマ、巽については他言してはなりません。ヒジリとカスメにもです」

「それは分かっています」

「ならよろしい。今日はこの辺にしましょう。次にヒジリとカスメを叱らねばなりませんから」

「それじゃ、僕も失礼します。八俣の見返りも用意しなければなりませんし」

 二人は部屋を後にし、廊下を歩きながらソウマは巽の背中を見つめて恐る恐る聞く。

「巽、今から山に行ってもいいか?」

「免疫ないのにきて大丈夫?」

「え? 山ってそんなにすごいのか」

「カスメは初め、あてられて暫く動けなかったからなぁ。まぁ、予め来ることが分かっていたら対処もしたんだけどカスメは突然来たから。と言っても今から山の皆に伝えるのもね」

 そう言って考え込んだ巽は和紙を取り出し「膜」と一文字書いてソウマに手渡した。

「其れに力を込めれば文字通り体の周りに膜を作ってくれる。それが使えたら山に来たらいいよ。使い方がわからなかったらカスメに聞いてみてよ。お祖母様に叱られているだろうから今夜中は無理だろうね。それと、できればソウマの中で寝ている妖狐が目を覚ましている時に来てほしいし。そうだな、とりあえず明日来るといいよ、準備しておこう」

 巽はそういってソウマをその場に残して、渡り廊下の途中から庭に飛び降り、暗闇の中に消えていく。暗闇をよく見ても、すでに巽の姿はない。

 ソウマはあっけにとられつつ、巽なら何をやっても何があっても当然だし仕方がないのだろうと、そんな気持ちになる自分に驚きながらも自分の住む棟に帰っていった。


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