ACT.7

 さて、それからが大変だった。

 俺は茅ヶ崎と東京を何往復したかしれやしない。

 篠宮香苗は、相変わらず頑として”もう済んだことにこだわりたくない”しか言わなかった。


 俺は諦めなかった。

 一度は仕方ないと思ったのだが、相馬氏の男気と、そしてあの先生のやる気と・・・・この二つが俺の背中を押してくれたのさ。

 俺はどっちかといえば、人柄に惚れる人間でね。


 いい加減俺が靴の底の減り具合が気になり始めたころ、彼女はやっと、


『本当に、治してくださるのですね?』と言った。


『間違いありません』俺は答えた。

『何しろ、背中一面に広がっていた刺青ほりものを、跡形もなく消してみせた男ですからね。腕は確かです』


『では・・・・お任せいたします』彼女はそう言って頭を下げた。

 

 しかし、と、彼女は条件をつけた。

 相馬先生には感謝しているが、先生の私に対するお気持ちはお受けできません。それでも構わないのでしたら・・・・というものだった。


 相馬氏の答えは”それでも構わない。私は原因を作った人間の一人として、ただ綺麗な顔に戻って貰い、堂々と日の光の下を歩けるようになってほしいだけだ。それ以上は何も望まん”というものだった。


 その言葉で、やっと彼女も重い腰を上げたというわけである。


 四日後、俺と彼女はジョージの運転する車で関西に向かった。


 今度は車ごと堂々とあの”橋”を渡り、

”東洋のサウス・ブロンクス”に入った。


 先生の顔が利いていたんだろう。

 住人たちは何のちょっかいも出しては来なかった。


 で?

 手術はどうなったかって?


 見事なもんだよ。


 あの先生、あれだけの腕を持っていながら、あんなところで埋もれているなんて、不思議で仕方がない。


 ともあれ一か月で、包帯が取れた時、俺は驚くしかなかった。


 彼女の顔の傷は完全に消えていたのである。


 それでも先生はクールなもんだ。

 

”このくらい、俺にはなんてことはない”だとさ。

 おまけに先生、本当に一銭も金を受け取らなかった。

”俺は気紛れなんだ。だからこんなところでくすぶってる”照れ隠しみたいにそう言ってた。


香苗は涙を流しながら、俺と先生に何度も礼を述べた。


 探偵ってのは、人から胡散臭がられることはあっても、感謝されることなんか滅多にないからな。

 こそばゆくて仕方がない。


 相馬氏からはギャラの他に多額の成功報酬を頂戴した。


 そんなわけで、俺の銀行預金は現在熱すぎて持てないほどになっている。


 だからこの蒸し暑い時節、エアコンをガンガンに効かせて、何もせずにふんぞり返り、冷たく冷やしたグラスで、朝っぱらから呑んだくれていられるってわけだ。


 ええ?

(それだけじゃ済まない。あの二人の関係はどうなったんだ?)だって?


 知らないねぇ。俺には関係のないことだ。


(それでも探偵か?どうしても教えろ?)


 面倒臭いなぁ。


 どうにもならないよ。


 相馬氏は手術後、一度だけ彼女に会った。


 彼は彼女の顔がすっかりもとに戻ったのを喜び、彼女も相馬氏の労に感謝の言葉を述べた。


 そして二人は・・・・


 彼女は相変わらずあの教会兼乳児院で働いている。


 相馬氏は年に負けず前より写真家として精力的に仕事をこなしている。

 


 これで十分だろ?


 ああ、そうそう、サーヴィスだ。

彼女をひどい目に遭わせてたあの男な。

 女がらみのトラブルか何かで怖いニイサン達に追い回された挙句、怖くなって警察に駆け込んだら、過去の余罪が山のように出てきて、現在塀の中だそうだ。

 流石に人権派である親の肩書も、もう何の効力も発揮しなかった。

 悪いことはできないもんだな。


                                 終わり

*)この物語はフィクションです。登場人物その他全ては、作者の想像の産物であります。





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ビター・スイート・セレナーデ 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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