ACT.6
橋を渡りきると、そこにはもう既に”住人たち”が集まってきていた。
女もいる。
老人もいる。
みんなそれぞれまちまちの格好をして、中には見るからに物騒な武器を携えている者さえいる。
その全員の視線が、あるものは敵意を、あるものは隙あらば何かを掠め取ろうという意図を持っているのが、はっきりと理解できた。
『ニイちゃん、どこいかはるんや?』
ぼさぼさの白髪頭をした老人(恐らくは)が、欠けた前歯をむきだしにして、俺に声をかけてきた。
無視をして、先へ進む。
何かが俺の顔をかすめて飛び、ちょうど歩いていた歩道の際に立っていた街路灯に鋭い金属音を立てて落ちた。
『にいちゃん、口がきけへんのんか?人がモノを訊ねたら、素直に答えるんが礼儀っちゅうもんやろが?』
そう叫んだのは、丸坊主にひげ面、米軍払い下げの迷彩服を着た、背の低い男だった。
彼が投げたのは、小さな投げナイフ、もう第二段を取り出し、舌で刃先を舐めて見せる。
『あっち』俺は答える。
『何の用があって、この地獄の二丁目まで来たんや?』
『なにね。ちょっと小便をしにさ』
『どっから来たんや?』
『東の方』
俺はまた答える。
迷彩服男が目を吊り上げる。
『からかってんのんか?!ワレェ!』
迷彩服がナイフを閃かし、突いてくる。
だが、俺の方が一瞬早かった。
裏拳が迷彩服の顔面のど真ん中に見事にヒットすると、前歯が二三本吹っ飛び、鼻と唇から血を吹き出しながら、のけぞって倒れた。
『ウラぁ!』
『ただで帰さへんで!』
そんな声が四方から聞こえた。
『何を騒いでるんだ?』
彼らの後ろから声がした。場所が場所だけに、標準語だったのが、流石の俺も驚いた。
よく見ると、ワイシャツの上からしわくちゃの白衣を着て、山賊のように髭を伸ばした、痩せた目の鋭い男が、立ってこっちを見ていた。
彼の隣には右腕に包帯を巻いて肩から吊っている、背の高い革ジャン姿の男もいた。
『あ、せんせぇ』俺の裏拳を喰らった、迷彩服のチビが、顎をさすりながら声のした方に顔を向けて起き上がる。
『滝川涼介先生ですな?お久しぶりです。』
『あんたは?』向こうは俺の顔をしばらく不思議そうな顔で眺めていたが、俺の出した
『ああ、あの時の探偵屋かあ』と言い、右手に下げていた薬用アルコールの瓶の蓋を開けて煽った。
『せんせ、誰やこの男?』
隣ののっぽの革ジャン男が俺と滝川の顔を見ながら、不審そうな声を出した。
『さあ、いつだったかな。お前さんたちと騒動起こしたろ?』
(*詳しくは”悲しき観音様”を参照のこと)
滝川先生はそう言って、おかしそうに笑う。
『まあいい、何か用事があったんだろう。とりあえず診療所に来な。話位は聞いてやる。ついでにお前も来い。その前歯、治してやるから』
数分後、俺は医師、滝川涼介の診療所にいた。
あの、看板も壊れ、半分傾きかけたビルの一角である。
俺は先生に、彼女・・・・篠宮香苗の隠し撮りの写真を見せた。
無断でこんな写真を撮るのはあまりいい趣味ではないんだが、しかし本人に“撮らせてくれ”といったって、多分承知などしないだろう。そう思ったからである。
伊達メガネのフレームに仕込んだカメラだから、お世辞にも良い映りとはいえなかったが、先生は詳細にその写真を眺め、
『で?俺にこれをどうしろというんだね?』と聞いた。
『簡単ですよ。その傷を治してやってほしい。それが私の依頼人の希望です。金はいくらでも出すってことです』
『・・・・・』
滝川先生は何も言わず、診察机に置いた薬用アルコールのボトルから、グラス代わりのビーカーに自家製のバクダン(若い人は知らないだろう。ただのアルコールを砂糖水で割っただけの代物だ)をまた煽った。
『・・・・金か、ふん』
と呟くように言った。
『治してやるよ。』
『それで、幾らで?』
『そんなもん、いらん』
ぶっきらぼうな返事が返ってきた。
『俺はな、探偵屋さん、治さないでほったらかしにされてる傷を見るのが我慢できないんでね。そういう性分なのさ』
随分変わった御仁だな。流石リアル・ブラックジャックだ。
『分かったらさっさとその女をここへ連れてくるんだな。俺の気が変わらねぇうちに!』
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