後編

 翌朝、軽い変装をして無人駅へと向かうと、ホームには人だかりが出来ていた。それが秋人の見送りだろうことはすぐにわかった。


 彼は大きな荷物を足元に置き、照れたように笑っている。


 役場の偉い人達が「しっかりやれよ」であるとか「君はこの町の誇りだ」などと言って、囃し立てている。業務はどうしたのか、近くの信用金庫のおばさん達もいて、「いまのうちにサインもらっておかないとねぇ」なんて言いながら、複数枚の色紙を手渡している。恐らく、知り合いに配ったりするのだろう。


 また、秋人のすぐ隣には、ひっきりなしに涙を拭っている彼の祖母がいて、その背中を彼の母親が擦っていた。


 そろそろ電車がやって来るというタイミングで、万歳三唱まで始まってしまった。事情を知らないと思われるサラリーマンがぎょっとした顔でそれを見つめている。


「皆、俺のためにありがとうございました! 頑張ります!」


 秋人も感極まったようで、込み上げてくる涙を袖で拭い、きっちりと腰を90度に曲げて声を張り上げている。

 その姿に、彼の祖母はいよいよ声を上げて泣き出した。一回りも大きい彼の身体にしがみついている。「元気でやれよ」とか「水道の水は飲むな」だとか、嗚咽混じりのそんな声が聞こえてきて、周りの人達は苦笑しながらも、それを和やかに見守っている。


 やがて、電車が到着し、名残惜しそうに彼はそれに乗り込んだ。

 電車が動き始めても、ドアから離れずに手を振り続けている。一瞬、こちらに気付くかもしれないと冷や汗が流れたが、どうやら彼は気付いていないようだった。


 ごめん。

 ごめん。


 すっかり静けさを取り戻した無人駅で、ひとり、電車が去っていた方を見ながらその言葉を繰り返す。


 秋人は、村おこしも兼ねて設立された村営アイドルスクールの第一期生だった。自分もそのオーディションを受けたのだが、身長が足りずに落選。スクールとはいっても、たくさんの講師を雇うような金があるわけでもなく、生徒は秋人一人だった。

 目標は、『歌って踊って演技もアクションも出来るアイドル』。どう考えても欲張りすぎだとは思ったが、このスクールの前に作った『村営ユーチューバー養成所』がなかなかのアタリだったらしく、欲が出たのだろう。


 そして、歌やダンス、演技にアクションなど、3年間みっちりと指導を受けた秋人は、見事、来期の五色戦隊ヒーローのブラックに抜擢されたのだった。まだ内々定の段階のため、大っぴらには公表されていないのだが。


 だけど――……、


 ポケットに入れていたスマートフォンが振動した。

 見ると、マネージャーさんである。


「もしもし」

「あぁ、どうもどうも。いま時間大丈夫かな?」

「はい、大丈夫です」

「ええとね、ちょっと社長とも話し合ったんだけど、君の場合、やっぱり本名のままが良いかな、って。美冬みふゆ綾人あやと、っていかにも美少年って感じだし。どうだろう」

「僕は構いません。それでお願いします」

「それでね、引っ越しの日程だけど――」



 軽く打ち合わせをして通話を終える。

 

 本当にごめん、秋人。

 その五色戦隊のレッド、僕なんだ。

 実は隣の市の芸能プロダクションにスカウトされたんだ。君にも、村の皆にも黙っていたけど。歌も踊りも出来ないし、アクションもろくに出来ないけどね。演技がそこそこ出来れば良いんだって、今期のレッドは。守ってあげたくなるような可愛い美少年路線なんだって。


 五話までの台本を見せてもらったけど、ブラックはそこで殉職するらしい。六話で別のブラックが加入することも決まっているよ。大手事務所の若手アイドルだってさ。


 何かごめん、本当に。

 

 スマートフォンを握りしめ、その場にしゃがみ込む。

 ずしりとした水っぽい雪の上に僕の涙が落ちた。


 僕から放たれたその熱は、けれど、外気によって冷やされ、雪を溶かすこともない。だけどきっと君のなら、溶けるんだろう。何に対しても一生懸命で、全力で、努力の末にチャンスを掴んだ君ならば。ごめん、本当に。何にも努力していない僕が主役に抜擢されちゃって。


 願わくば、彼の熱を誰かが受け止めてくれますように。

 どうか彼が雪深いこの地に、夢破れて戻ってきませんように。


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雪を溶く熱 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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