第8話 

それから先輩は部活を休むようになった。先輩のサボりに加え、課外授業などで先輩と会うことが少なくなったのだ。ここ最近会えなかった分、先輩に「今日部室に来て」というラインを貰った時はびっくりした。久々に会うので、なんだか恥ずかしい。

「お久しぶりです」

 夏は終わったのに、先輩は扇風機をつけていて、それに私を少し遠ざけているような印象を持った。

「どうしたんです? 用事っていうのは」

「書いたんだ、小説を」

 先輩は机の脇に置いてあった鞄から透明のファイルを取り出した。

「いつの間に」

「ここ一週間ずっとだよ」

 それは二十ページちょっとの短編だった。先輩の速筆にしてはめずらしい遅さだ。本当に一週間もかかったのか?

「読んでみてよ」

「ええ」


〈才能なんて嫌いだ、才能を持つ者みんな本当に死んで欲しい〉

 先輩の書いた小説は下手くそだった。本当に下手くそで、下手くそで、下手くそで。綺麗だった。こんなの私の小説より上手くない。はずなのに。先輩の小説に出てくる女の子は、私を捉えて放さなかった。この小説の後輩の女の子はどこまでも私だった。

 やがて最終ページに行き着く。

〈尊敬しているあの人が私だけを見ている。あなたの求める人間じゃ無いのに。本当に良いんですか〉


「楽しかったよ」

 先輩がそう言った。

「本当ですか」

「凄く下手くそになっちゃったけどね。でも、楽しく書けたんだ。もしかしたら俺に才能が無くなったから楽しく書けたのかも知れないけど」

「そんなことないですよ。きっと、才能を使わなかっただけです。だって、これは先輩が書いたって分かりますもん。それに楽しかったんですよね?」

「嘘はついてないよ」

 と先輩は言う。

「書いていて楽しいと思える、俺にとってこれはそんな小説なんだ」

「先輩が小説の楽しさを知ってしまったら、私勝ち目ないじゃないですか……」

 ぽろぽろと涙が溢れてくる。

「これからもっと小説の楽しさを教えてくださいよ、先輩」

 先輩が冗談めかして私をからかう。

「なら、後輩は私に小説の書き方を教えてください」

「ぜひに」

 先輩からもらったハンカチで私は涙を拭う。扇風機の風がなんだか肌寒く、私は電源を止めた。先輩からもらった優しさが、ただ温かかった。

「合作でもしませんか」

 涙が止まり、やっと先輩の目を見る。いいよ、と先輩は返す。

「これからはパートナーだな」


 パートナー、それが恋人の意を含むのはいつになるだろうか。

 できるだけ早いほうがいい。

 私と先輩にとって、二人の合作がいつか掲載されるのが、今の私達の「夢」だった。


 

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本当に死んでほしい、敬愛すべきあなたへ 無為憂 @Pman

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