嫌なこともめんどくさいことも、憧れあるいは負けたくない誰かがいることが燃えるような動機になったりしますよね。そんな「憎くて大切な誰か」のお話だと思いました。
才能がなければ「???」で。
月白さんが八知さんのおかげで小説を書けていたように、それは才能と釣り合うほどの威力があるのではないでしょうか。
立花ちゃんが持っていて、先輩が持っていないという「才能」を、立花ちゃんが「???」になることで後ろ側から補っていけるのかな。二人が小説家として釣り合う日が来ますように。
小説と恋愛と重ね合わせて、影響を受けあったり執着したり、多元的な人間関係を描いているところがこの小説の魅了だと思います。
なにより先輩の人物像。「先輩」という称号が似合いすぎる優しさと実績、憧れるにふさわしい上辺の天才キャラが、あぁ、こんな人いるよなぁ、という現実味を帯びています。告白シーンでの先輩の応答が最高です。
「そうとも。人間はみんな、『演技』をしている動物なのだ」
……『七色いんこ(手塚治虫、秋田書店、敬称略)』にそんな主旨の台詞があった。古い記憶なので細部はご容赦願いたい。
さて、本作はまことに人間臭い。人間臭さを描いた小説ではなく小説自体が人間臭い。
主人公にして語り部の立花は良心的で賢い少女として描かれているが、こうした手法としては珍しく……そう表現して悪ければ作者の確信犯的に……本筋に介入して(させられて)いく。
あたかも少しずつ仮面を外していくように、演技ではない素の本音が少しずつ彼女から放たれていく様子が巧みな筆さばきで活写されるのは痛快でもあり痛烈でもあった。
彼女を取り巻く人々の仮面もまた外れていく。自分からではなく、立花に接することによって無意識に。立花は、自分からは決して積極的に動かない癖に作中の影響力は一番大きく、かつそれを自覚していない。
文学と青春と恋愛と死をもって化合された合金から為された全身像のごとき傑作。
必読本作。