間違いなく君だったよ
野森ちえこ
待ってる
君はやさしい人だ。
そのむかし、ケガをして動けなくなってたぼくをたすけてくれたのも、ノラのぼくに帰る場所をくれたのも君だった。
ぼくがひっかいてもかみついても、大丈夫だと、怖がらなくていいと、やさしくなでてくれたよね。
……ひとついっておくけど、ぼくはべつに怖がってたわけじゃないよ。ちょっと驚いただけだから。ほんとうだから。そこのところ間違えないでよね。
君はまっすぐな人だ。
いつも誰かのために心を砕いて、いつも誰かのために一生懸命になってる。
見て見ぬふりをすると、いつまでもモヤモヤした気持ちが残るから、だから結局は自分のためなんだと、特別やさしいわけじゃないんだと、君はそういうんだ。
そんな君を、いいように利用して裏切ったやつらがいる。
友だちと恋人を、君は同時に失った。
君はまじめな人だ。
いつのころからか君は笑わなくなった。泣かなくなった。怒らなくなった。君の顔から、感情が消えた。
君は、君を裏切った人間じゃなく、自分を責めてる。原因は自分にあるんじゃないかって、そう思ってる。意味がわからないよ。
人間て、面倒くさいね。いや、君が面倒くさい人間なのか。
すこし気を楽にして、とりあえず一緒にひなたぼっこでもしようよ。
君はあたたかい人だ。
裏切ったやつらのことなんて忘れてしまえばいいのに。
そんな人間たちのために自分を否定するなんてもったいないじゃないか。
ほんとうに、じれったいよ。
ねえ、あのころの自分を嫌わないでよ。
今の自分を憎まないでよ。
ぼくとおなじ気持ちの人間も、どうやらたくさんいるみたいだよ。
まだまだ人間も捨てたもんじゃないかもしれないね。
ほら、あのころの君が、今の君をたすけにきたよ。
なんだかのっそりしたお兄さん。
すらりときれいなお姉さん。
おっとりおだやかなおばあちゃん。
ひとりにぎやかな男の子。
おっかない顔したおじいさん。
みんなが困っていたとき手を差しのべたのは、間違いなく君だった。
みんな、君が好きなんだ。
たすけてもらったからというだけじゃなくて。
君のことを大切に思ってる。
だけど、ねえ、そろいもそろって猫好きなのはどういうわけだろう。
みんなして、ぼくをなでまわしたがるのには閉口してしまうよ。
君に会いにきてるのか、ぼくに会いにきてるのかわからないくらい。
大丈夫。ひっかいたりしないよ。
あの人たちの顔を見ると、君の顔もすこしだけやわらかくなる。
ぼくだって多少のサービスくらいしてやらなくもないさ。
ぼくは待ってる。
みんなも待ってる。
ゆがんでもねじれても、君がやさしいこと、みんな知ってる。
君はもっと、自分に胸をはっていい。
間違いなく君だったよ。
ぼくらをたすけてくれたのは。
ぼくは待ってる。
みんなも待ってる。
君に笑顔がもどる日を。
(おわり)
間違いなく君だったよ 野森ちえこ @nono_chie
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