後日譚の後日譚

受け継がれるもの

 息子が生まれてからは、怒涛の日々だった。


 自分に子供ができること自体、想像してすらいなかったし、生まれるまで「僕に父性が目覚めるだろうか」と不安だった。


 実際に息子を見た瞬間に、僕はようやく、この世界に召喚された意味が解ったような気がした。


 この子に会うために、僕はヴェイグとニコイチ状態になり、メルノと出会い、世界を救う力を手に入れたんだ。

 ……と、まあ大袈裟なことを言ってはみたが、それだけ感動した。


 カズハが生まれてからしばらくは冒険者の仕事もセーブして、カズハの面倒を見た。

 マリノやラクまでもがメルノをサポートしてくれて、僕の仕事はハインやクラインが代理を買って出てくれた。


 どうしても僕でないとかなわない、っていう相手は、幸いなことに現れなかった。




*****




 今日はカズハの10歳の誕生日だ。

 カズハのバースデーケーキは毎年、

「ご出産の前後はお手伝いできませんでしたから」

 と、フィオナさんが贈ってくれる。

 フィオナさんの大事な仕事があって、メルノの出産前後はトイサーチへ一度も来れなかったことが、相当悔しかったらしい。

 フィオナさんからはカズハやメルノ、更には僕宛に出産祝いの品々が山ほど送られてきたから、気にしなくてもいいのに。

 それにしても、年々大きくなるバースデーケーキをそろそろ制限しとかないと。

 既に予め切り分けないと我が家のテーブルには乗らないし、この調子で行けば多分来年のケーキは家の扉から搬入できなくなる。

 ヘラルドに伝えて、頼んでおこう。


「ヴェイグ食べる?」

〝いい。視覚情報だけで腹いっぱいだ〟


 僕とヴェイグは相変わらず、一つの身体を共有している。


 カズハは、物心ついた頃から、僕とヴェイグを見分けていた。

 僕とヴェイグが特殊な状態であることは、既に何度も説明してある。


「カズハ、美味しいわね」

「うん!」

「ほんと美味しい。このストゥリのところとか特に」

「相変わらずフィオナは美味なものを選ぶのが上手いのう」

「毎回俺たちまで呼んでもらって有り難いが、いいのか?」

 マリノに、ラクとハインも一緒にケーキを囲んでいる。

「いやほんと助かる。まだこれと同じ量残ってるんだ」

「ははは、ずいぶん大きくなったもんだな」

 ケーキが巨大だということは、食べる量もかなりのものになるということだ。

 他にも呼びたい人は沢山いるが、家にそんなに人数が入らないので、毎年家が近いラクとハインを呼んでいる。


 全員で数切れずつケーキを食べたが、だいぶ残った。

「明日の朝ごはんもケーキですね」

 メルノが困りながら笑っている。

「朝ごはんもケーキ!? やった!」

 カズハが喜んでるなら、それもいいか。




 ラクとハインを見送り、メルノとマリノと僕で片付けをしていると、さっき開閉したばかりの扉が叩かれた。

 気配はこのトイサーチの町の冒険者ギルド統括、デュイネだ。

「やあアルハ。突然すまないな」

「こんばんは。どうしました?」

 扉を開けてデュイネを招き入れる。

 デュイネがこの家へ直接やってくるということは、僕に仕事が入ったということだ。

 だとしても、デュイネがここまで難しい顔をすることは滅多に無い。

「アルハに冒険者として仕事がある。……が、俺にもよくわからんのだ」

「へっ?」

 気の抜けた返事をしてしまった。


「スィア大陸へ行ったことは? ……ふむ、そこが無人だと証言したのもアルハか」

 この世界には七つの大陸がある。そのうちの一つは空高くにあって、今のところ僕くらいしか行けないから、世間的には大陸は六つということになっている。

 スィア大陸は無人の大陸だ。人が住んでいた痕跡はあったが、今は誰もいない。原因は不明。

 大陸周辺は複雑な海流が取り囲んでいて、船での接近が難しい。ジュノ国が最近発展させた飛行船技術で上陸を試みたが、上空も乱気流が吹き荒れていて、着陸を断念したそうだ。

「十年ほど前に、そこからリオハイル王国へ宣戦布告があったというのも……解決したのはアルハか。では、俺よりアルハの方が事情に詳しいかもしれんな」

 デュイネはメルノが淹れたお茶を一口飲んで、話を続けた。


「スィア大陸を支配したという、自称『皇帝』から、またリオハイル王国に宣戦布告があったというのだ。現地に赴いて、調査、魔物の仕業だったら討伐を任せたいとのことだ」


 僕の脳裏には、以前似たようなことをやった四体の魔物のうち、もふもふたぬきヘッドの顔が浮かんだ。

〝アルハ……〟

 僕の考えを読んだヴェイグが呆れている。

「違う、アレと関係あるのかどうかをね」

「どうしたアルハ?」

 ヴェイグにしか聞こえない声ではなく、普通に声に出してしまっていた。

 だけど無関係な話じゃないので、そのまま話した。

「なるほど、魔物よりも高位の何かか……。以前突然現れたというなら、今回も有り得るな」

「はい。早速行ってきます。ハインとラクに声を掛けていただいても?」

 僕が留守にするときは、ハイン達にメルノ達のことを任せている。

「ああ、こちらのことは任せておけ。頼んだぞ」




 外へ出て……後ろを振り返った。

「どうした、カズハ」

「父さん、僕も行く」

 カズハは、僕の部屋から持ち出したらしい、僕の予備の短剣を腰に着けていた。

「どこへ行くか分かってるの? 危険な場所へ……」

「マリノさんは10歳で冒険者やってたって言ってた。僕も冒険者やりたい」

 カズハは親の欲目を引いても、剣や魔法の才能に恵まれている。

 但しそれは基準が「普通の10歳にしては」である場合の話であって、カズハ自身はチートや、似たようなものは何も持っていない。

「冒険者になることは止めないが、今回は駄目だ」

 本当は冒険者になるのも止めてほしいのだが、本人がやる気で、安全に配慮するというのなら、送り出す覚悟はある。

「行く。今がいい」

「絶対駄目だ」

「絶対行く!」

 普段はどちらかと言えば大人しくて穏やかで、子供らしいわがまますら滅多に言わない子なのに、どうしたのだろう。

「……わかった。ただし、本当に危ないから、僕の傍から離れないように」

「うん!」


 ヴェイグは僕の決定に何も言わなかった。

 僕と同じく、普段と様子の違うカズハに、思うところがあるようだ。




 スィア大陸にはわざわざ転移魔法の印など付けていないから、スキル[異界の扉]で異界を経由することにした。

 カズハを異界に連れて行くのも初めてだ。

 ハインはラクと一緒に何度も通っているし、メルノやマリノを連れてきた時もなんともなかった。

 カズハは連れてきた中では最年少だ。

「気分が悪くなったりはしないか?」

「ぜんぜん」

 カズハはメルノに似た藍色の瞳で、異界を興味深そうに見回しながら、ちょこちょこと僕についてくる。

 本当になんともなさそうだ。


 いつも通り、目的地にはすぐに着いた。

 外の気配を入念に探ってから、扉を出す。

「ここがスィア大陸だ」

「へぇ……なんにもないね」

「ヴェイグ」

〝ああ〟

 カズハの周囲にのみ、ヴェイグに結界魔法を張ってもらった。


 そいつらは、すぐにやってきた。


 かなり……竜化したラクよりふた周りは大きい、巨人系の魔物だ。

 全身真っ黒で、皮膚の表面には紫色の血管のような線が入っており、背中には鳥のような翼が生えている。

 気配は魔物に違いないが、こんな奴見たことない。

〝なんだこいつは〟

「ヴェイグが知らないなら僕も知らない」

「うわー、でっけー」

「カズハ、そこから動くなよ」

「あ、結界いつのまに。これ僕は外に出られる?」

「動くなってば」

「ヴェイグさんの結界でしょ? 出られるようにしてよ」

「カズハ、そんなこと言ってる場合じゃ……」

 僕たちがやいやい言っている間に、攻撃が降ってきた。問答無用か。


 真上からの衝撃波を左手で受け止め、散らす。

 ヴェイグの結界が少しだけ揺らいだ。

〝む、手強いな〟

 右手が勝手に動いて、結界を強化する。

「ねえ、父さん……」

 ヴェイグが察して、結界は中の人が外へ出られないように変えてくれた。

 さっさとケリをつけてしまおう。


「リオハイルに宣戦布告したのはお前か?」

 念のため聞いてみるが、返事は新たな、最初のより強力な衝撃波の連打だった。

 こいつが他の大陸に渡ったら、被害は甚大だ。

 向こうが先に問答無用で攻撃してきたのだし。


 僕は少しだけ左手に力を込めて、解き放った。


「ガッ!」


 巨人系の魔物は一言だけ発して、消滅した。



「父さん、全然本気だせてなかったね」

「いつものことだよ。父さんこう見えても結構強いんだ」

〝結構どころではないだろう〟

 ヴェイグからいつものツッコミが入ったが、スルーしておく。


 ここで、カズハから思いがけない提案をされた。


「身体によくないでしょ。僕に半分ちょうだい」


〝見抜かれたな〟

 僕も三十歳をいくつか過ぎた。まだまだ若い、と思いたいが、僕の中にある力が徐々に、身体に影響を与えている。

 具体的に言うと、時折節々が痛んだり、目が霞んだり、関節の動きが若干鈍くなったり……老化が早まっているような症状がある。


 カズハを、真正面からじっと見つめる。カズハは僕の視線を物ともせずに受け止めている。


 器の大きさは、僕には量れない。

 だけど、何せ僕とメルノの息子だ。

 チートや他の力が無かったのは……僕から受け取るためか。


「この力で、理由なく人を傷つけないこと。メルノ……母さんや、大事な人を守るために使うこと。約束できるか?」

「うん」

「あと、いきなり半分も渡したら危ないから、少しずつだ」

「うん」


 カズハが僕に左手を差し出す。

 僕はその手を左手で握り、ゆっくりと、自分の中にあるものを流し込んだ。

 カズハは目を閉じて、力を受け入れている。


 僕の全力の1%にも満たないほどの力を、カズハに渡した。

「気分はどうだ?」

「平気。父さんは?」

 力を受け取り終え、目を開けた直後のカズハの瞳は、ほんのり金色に染まっていたが、すぐに元の藍色に戻った。

「なんともない」

 カズハは僕の返事を聞くと、にいっと笑い、それから自分の手を握ったり開いたり、全身のあちこちを眺めたり動かしたりしはじめた。


「加減の練習しておこう。まずは思いっきり打ち込んでこい」

 僕が左手を前に突き出すと、カズハは一瞬きょとんとしてから、僕に向き直った。

「じゃあ、いくよ。……うわわっ!?」

〝わかるぞ、カズハ〟

 おそらくカズハとしては、いつもの調子で足を踏み込んだだけなのだろう。

 カズハの身体はすごい勢いで僕に真正面からぶつかった。

 目を白黒させているカズハに、ヴェイグがかつてないほど同調している。僕とだってそんなに気が合ったことないでしょう。

「ご、ごめん父さん!」

「大丈夫。練習、必要だろう?」

「よくわかった」



 このときから、僕はカズハに定期的に少しずつ、力を分け与えた。

 どういうわけか、いくらカズハに力を与えても僕の力の総量はいつの間にかもとに戻っており、ただ体調は良くなっていった。

 カズハの方は、力を得る毎に調整は必要だったが、問題なく受け止めてくれている。



 カズハが冒険者になり、僕と同じ『伝説レジェンド』の称号を得たのは、僕より早い18歳の時だった。

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ニコイチート~チート持ちとニコイチで異世界転生させられたので、手探りで冒険します~ 桐山じゃろ @kiriyama_jyaro

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