僕と相棒
メルノは、トイサーチの産婆さんが告知していた出産予定日に、元気な男の子を産んでくれた。
おくるみに包まれた我が子を、恐る恐る抱かせてもらう。
小さい。
指が信じられないくらい短く細い。
産まれてすぐは元気に泣いていたけれど、今は静かだ。
今は薄茶色の髪だけど、たぶん成長すれば僕と同じ黒になるだろう。
まぶたは閉じられていて、瞳の色は見ることができない。
口の形はメルノに似ているかもしれない。
柔らかい。
あたたかい。
愛おしい
父親になったという実感は、まだ湧かない。
守るものが増えたという誇らしい気持ちは、膨らんだ。
三ヶ月前、僕の目の前でクラインが
その直後、僕はヴェイグに「冒険者を引退すること」について相談した。
ヴェイグは反対しなかった。
すぐに引退手続きの方法を詳しく教えてくれた。
ただし、〝あと三ヶ月待ってみろ〟と言われた。
それから決めたほうが良い、と。
冒険者の仕事が嫌なら、ヴェイグが身体を使って代わりにクエストを請ける、とまで言われては、僕も頷くしかない。
三ヶ月と聞いて真っ先に思い浮かんだのが、メルノとお腹の子だ。
子を見てから考えろという意味だと、僕にも理解できた。
自分の考えがこんなにも変わるものだとは、想像できなかった。
「ヴェイグも抱いてみる?」
〝やめておく〟
「しっかり包まれてるから大丈夫だよ」
〝……もう少し成長してからにする〟
ヴェイグは僕の中から興味深そうに、僕の腕の中の赤ちゃんを観察していた。
触るのが怖いらしく、絶対に触れなかった。
脆そうだもんね。意外と丈夫なのだけど。
半年ほど、育休をもらえた。
三つの大陸で同時に難易度Sの魔物が湧いたときに呼ばれただけだった。
他の冒険者たちやギルド、トイサーチの皆さん、旅で出会ってきた方々に助けられた。
僕とメルノは初めての育児だったにも関わらず、この半年を無事に乗り切った。
更に半年、僕は仕事の量を以前同様に戻しつつ、できるだけメルノと息子の側にいた。
お陰で立った瞬間、歩いた瞬間を見逃さずに済んだ。
息子、
トイサーチの冒険者ギルドで、数十年ぶりに難易度Aのクエストが出た。
トイサーチ周辺は相変わらず魔物が少ない。必然的に、冒険者の数も少なくランクの低い人が多い。
難易度Aのクエストを請けられる人が居ないわけじゃなかったけど、僕が請けることにした。
結局、引退はとりやめた。
カズハを育てている間に、引退しようとしていたことすら忘れていた。
ヴェイグに指摘された時、僕は苦笑いを返すことしかできなかった。
カズハをこの腕に抱いてしまったし、カズハを一生懸命育てるメルノをずっと見ていたから、僕が冒険者から、魔物から逃げるなんて選択肢は完全になくなっていた。
家族を守るためなら、世界中の魔物を絶滅させることだって厭わない。
……僕がひとりで魔物を倒し切ると、魔物イコール資源なこの世界では大きな問題が発生するから、やらないけど。
異界経由で魔物の元へ向かった。
「ヴェイグ、僕がやるよ」
〝わかった。結界は要るか?〟
「要らない。やってみる」
この一年、魔物の殆どをヴェイグに倒してもらってきた。
理由は、マデュアハンで自称異界の魔王を倒した時の、僕の力の余波が酷すぎたからだ。
ほんの少し力を入れて腕を振るだけで、自称魔王を縦に両断し、マデュアハン大陸に深い亀裂を入れてしまった。
亀裂はヴェイグが魔法で土を創って埋めてくれた。
自分の力の制御は出来ていたつもりだった。
制御訓練を異界で行っていたせいで、異界の外、つまりこちら側でやったときの影響を考えていなかった。
僕は自分の力を完璧に抑えるために更に修行を積み、より強い力を得ることでようやく制御に成功した。
直前のクエストでは難易度Sの魔物相手に、周囲に一切被害を出さずに討伐することができた。
今回はAだから、より細かい制御精度が求められる。
創り出したのは、初めて創ったときと同じ、普通の色をした刀。
難易度Aの魔物――ゴブリンキングに、徒歩で近づく。
トイサーチで難易度が跳ね上げる魔物は大抵、逃げ隠れ続けて成長したゴブリンだ。
当然ゴブリンは僕に攻撃を仕掛けてくる。最小限の動きで躱し、刀の間合いに入る。
そこで、空に真っ直ぐな線を描くように、そっと刀を動かす。
ゴブリンキングが僕へ攻撃をしようとした瞬間、首が落ちて体の動きが止まった。
「……できた?」
〝そのようだな。周囲に変化はない〟
「よっしゃー!」
思わずその場でガッツポーズ。
これだけ制御できれば、今後も安心だ。
軽い足取りでドロップアイテムを拾い、[異界の扉]を出して入る。
〝抑圧し続けていたら、鬱憤が溜まらないか?〟
ヴェイグが心配してくれる。
確かに、全力はもう絶対に出せないし、普段から力を抑えて行動するのは疲れる。
「大丈夫。ヴェイグがいてくれるし」
〝そうか〟
正直、ヴェイグではもう僕が暴走しても力では止められない。
でも、いざというときはヴェイグに身体を任せられる。
ヴェイグなら力の制御は勿論、僕のふりをして上手くやってくれる。
「ありがとう」
〝うむ〟
冒険者ギルドへ寄ってクエスト完了の手続きをしてから、愛する家族の待つ家へ帰る。
家ではメルノとカズハ、遊びに来ていたマリノ、ラク、ハインが出迎えてくれた。
「アルハ兄! カズハに玩具もってきた!」
「今日も元気じゃのう、カズハ」
「なんだ、抱き上げれば良いのか? 違う? 何故俺の後をついてくる? 父親はあっちだぞ」
マリノ、ラク、ハインがカズハの相手をしてくれている。カズハはハインが気になるらしく、ハイハイで絶賛ストーキング中だ。
それを眺めている間、自分がニヤニヤするのが止められない。
「抱っこしてみる?」
〝俺がか? 大丈夫だろうか〟
「もう一歳だよ。とっくに首は座ってるし、身体もしっかりしてきた」
〝む……いいのか〟
「是非。ヴェイグは僕に何かあったら、カズハの父親をやってほしいんだ」
〝……そうだな。俺にしても、カズハは息子同然だ〟
僕が交代したことに、その場にいる全員が気づく。
カズハはハインを追い回すのをやめて、不思議そうな顔でヴェイグを見上げた。
「気づいたか。俺はヴェイグという。宜しく頼む」
カズハはきょとんとした後、にぱっと満面の笑みを浮かべて、ヴェイグに両手を伸ばした。
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以上を持ちまして、本作は最終回とさせていただきます。
約一年に渡りお付き合いくださり、誠にありがとうございました。
よろしければ、ご感想等いただけますと、今後の励みになります。
では、また何処かで。
桐山じゃろ
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