仕事
マデュアハンへ行って帰ってきた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
作業部屋からゆっくりと出てきたメルノが、僕を笑顔で迎えてくれる。
キッチンのテーブルの上には、ほぼ手つかずの朝食が布巾をかけられて置いてあった。
僕が飛び出してから二時間は経っているのに。
「まさか、メルノも食べてないの!?」
「すぐお帰りになると思ってましたから」
「ごめん、遅くなって」
「いいえ、私が勝手に待っていただけです」
「とにかく、食べよう。スープ温めなおしてくるよ」
「私が」
「いいから、座ってて」
キッチンから温め直したスープを持ってテーブルに戻ると、メルノが立ったまま待っていた。
「どうしたの? 座ろ?」
スープを置くと、メルノが僕を後ろからふわりと抱きしめてきた。
「アルハさん、ありがとうございます」
何かしたっけ。スープのことにしては、大袈裟すぎる。
僕が疑問符を浮かべていると、メルノが続けた。
「また守ってくださいました」
「ええっと……、お礼を言われるようなことじゃないよ」
放っておいたらこの世界、メルノやお腹の子、マリノやラクたち、他の皆にも被害が及ぶと思ったから、僕が勝手に倒してきた。
たったそれだけの話だ。
守ったと言えなくはないけれど、全部自分の我儘でやってることだ。
メルノは額を僕の背中にぐりっと押し付けた。
「私より、アルハさんの方が冒険者に向いていません」
「えっ」
「冒険者は、人に害をなすもの全てが相手です。倒したら、感謝されて讃えられて当たり前です。アルハさんは倒すのも讃えられるのも、苦手じゃないですか」
確かにどちらも苦手だ。
魔物を倒すのだって、放っておいたら他の生き物を殺し尽くすと聞いているから、なんとか倒している。
それを褒められるのは違うと、毎回思っている。
とはいえ、今更冒険者以外の仕事に就くのは難しい。
メルノのように生産系の技能は持っていない。
商売なんてもっと向かない。
力仕事は、なにかの事情で冒険者が続けられなくなった人たちの職場だ。
身体をヴェイグに任せれば医者になれるだろうけど、ヴェイグが承知しない。
向き不向きは別として、僕は冒険者ができるから、やっている。
「だから、いつもありがとうございます」
メルノはもう一度感謝を口にして、僕から離れた。
「どういたしまして」
ぎこちなく返礼すると、メルノは満足そうに笑った。
数日後。
ジュリアーノ近郊に、難易度Sの魔物の群れがあらわれ、冒険者ギルドに呼びだされた。
しかし、討伐するのは僕じゃない。
以前、未来の
クラインの現在の冒険者ランクは、
同時に修行していたレウナも
レウナと僕は、クラインのサポート役だ。
クラインが単独で難易度Sを数体討伐できれば、
難易度Sの魔物の群れは、年に1、2回ほどの頻度で世界の何処かに発生する。
それがたまたまジュリアーノの近くだったから、ジュリアーノを拠点にしているクラインに順番が回ってきた形だ。
「すみません、師匠。奥様が大変な時に」
クラインとレウナは僕を未だに師匠と呼ぶ。
「妹やラクもいるし、大丈夫だよ」
本人は「大丈夫です」と言い張っているものの、僕がいない間はマリノ達の他にも、トイサーチ商店街婦人会の皆様が総出で見守ってくれているので安心だ。
それでも、産気づいたら即座に帰るということは、クライン達や冒険者ギルド側も全て承知の上だ。
「僕の方は心配いらないから、クラインこそ気合い入れて……いや、少し肩の力抜いたほうがいいかな」
「はいっ」
相変わらず素直な返事だ。
魔物が現れた場所まで、馬で一日掛かった。
日が暮れる前に発見したので、クラインはそのまま討伐に挑戦する。
相手はドラゴニュートという、二足歩行の竜みたいな見た目をした奴だ。
竜と違って鱗の色は全員殆ど同じ緑色。
手に持った武器はひと目で業物とわかるものばかり。
発見が遅かったらしく、巣食った洞穴の内部には全部で五十体ほどいる。
僕が手を出していいのは、クラインに命の危険が迫った時のみ。
洞穴から挑発するのも駄目だ。僕にヘイトが集まっている隙にクラインが倒したと見做されてしまう。
レウナはクラインと正式にパーティを組んでいるから、サポート役として柔軟に対応できる。
しかし今回は、まずクラインがひとりでやることになっている。
「多いけど、いける?」
事前情報より数が多いけれど、正確な数を教えるわけにもいかない。
クラインはあらゆる状況を想定して討伐に挑むことも求められている。
「いけます」
クラインは一度深呼吸をすると、潜んでいた茂みから飛び出した。
スキル[武具生成]は僕が最後に見た時より、威力と精度が格段に上がっていた。
見張りの二体の首をあっさり斬り落とすと、内部に向かって剣をいくつも放った。
洞穴の中から断末魔と、ドラゴニュートが外へ走って向かってくる足音が響く。
洞穴の入り口は、あまり広くない。ドラゴニュートたちは体格が良すぎて、入り口は二、三体ずつしか通れない。
クラインはそれを利用して、洞穴の入り口に立ちふさがり、殺到するドラゴニュートたちを順に屠っていく。
「クライン、すごいすごい!」
レウナが興奮を抑えきれない様子だ。こちらの気配を気取られないよう、ヴェイグがそっと気配遮断の結界を張ってくれた。
僕も慎重に洞穴内の気配を読む。順調に減っていて、最後にボスらしいドラゴニュートが入り口近くまで来ている。
ボスは他の個体よりも強い。
ついにクラインとボスの一騎打ちになるも、クラインは他のドラゴニュートと同じ様に、一撃で倒した。
クラインは晴れて
祝勝会でクラインを祝福し、ソフトドリンクを一杯だけ付き合って、場を辞してきた。
家へ帰る前に、異界へ入る。気配を消して、ラクにも気取られないようにした。
「ヴェイグ」
声に出して、話しかける。
〝どうした〟
どういう言葉にしたらいいか、頭の中で何度か考えてから、口にした。
「冒険者の引退って、どうやるの?」
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