異界の魔王 2/2
もう少し我慢しなくては。
頭に上りかけた血を、どうにか鎮める。
「どうして『掃除』を?」
「半端な喧騒は好かぬ。ならば静黙のほうが良い」
「それが命を奪うことになっても?」
「我輩以外の命など考慮に値しない。お前は少しだけ面白そうだから口を利いているが……もうよい、飽きた」
どこまでも傲岸不遜な態度だ。
飽きた、というのは本当のようで、僕に向かって例の攻撃を仕掛けてくる。威力は、今までヴェイグが消してきた分をすべて足したのより強い。
話しぶりから世界を渡れるほどの力をもっているはずなのに、どうして僕との力の差に気づかないかな。
僕の力を少し解放して、攻撃をさっくり打ち消しておいた。
「……何をした?」
そいつの顔から、笑みが消えた。
「まだ聞きたいことがある」
僕がした動作といえば、目前に迫った攻撃を左手で軽く撫でただけだ。
それだけで、マデュアハン大陸全体に衝撃波が及ぶ。
「別の世界から来たようなことを言っていたけど、どこから、どうやって」
僕の質問には、攻撃が返ってきた。さっきのより更に威力は上がっている。
それも、左手で呆気なく消し去る。
「質問に……ああもう!」
続けざまに攻撃される。一撃の威力はこれ以上強くならないらしい。
何を言っても無視される。
実力行使することにした。
攻撃をヴェイグに消してもらい、僕は本体に肉薄する。
左手で頭を掴み、強めに握りしめた。
「がっあああ!?」
砕かないように頭を締め続ける。
僕への抵抗は、拳や蹴りでの物理攻撃だ。当然効かない。
でも少しだけ痛いので、更に手に力を入れる。
「かひゅっ」
変な音を出して、ぐったりと動かなくなってしまった。
手足がピクピク痙攣しているから、死んではいない。
手を離すと、腐った土の上にべしゃりと崩れ落ちた。
「おーい」
足先でそいつの腹のあたりを突きながら、声をかける。
返事はない。完全に気を失っているようだ。
「やりすぎたかな」
〝それだけではなさそうだ〟
「え?」
〝恐らく、元いた世界ではこやつより強い者など居なかったのだろう。それがアルハに、完膚なきまでに叩きのめされた。精神的な衝撃が大きかった、というところか〟
「ふぅん」
僕より強い存在がいて、一方的にやられたら……確かに心が折れるかもしれない。
こいつはしばらく目覚めそうにないので、その間にマデュアハンの[解呪]を試みることにした。
腐った大地といえば、黒い麒麟を思い出す。麒麟が腐らせた場所は、[解呪]で綺麗になった。
まずは足元だけ。流石にすぐに緑は復活しないけれど、土の色は明らかに健康的になった。
自分で[解呪]を使うのは久しぶりだ。他の人に[貸与]する場面も、最近は殆ど遭遇しない。
念の為にはじめは少しずつ、勘を取り戻すにつれて徐々に範囲を広げる。
十分もしないうちに、足元に転がってるやつの周囲以外の大地は[解呪]できた。
「……だめだ、こいつから呪いが滲み出してる」
〝結界に閉じ込めてみるか。……むぅ。このまま地面から浮かせた方が良いな。アルハ〟
そいつはただ寝てるだけなのに、折角きれいになった大地がまたじわじわと腐っていく。
ヴェイグが結界を張っても地面に接している時点でアウトだ。
スキル[防具生成]で大きめの盾を創って浮かせ、そいつを盾の上に蹴り上げて乗せ、地面から離した。
盾は呪いに侵食されることなく、そいつを空に留めることに成功した。
僕が素手で触れても平気だったから、こいつの呪いは大地にのみ適用されるのかな。
「なんとかなったね。……っていうか、いつまで寝てるんだろ」
〝試してみるか〟
ヴェイグが右腕から、雷の魔法を使った。
電気ショックの要領だろう。
「ぎゃあああ!」
無事うまくいって、そいつは飛び起きた。
「……ひっ!」
出会ってから一時間も経ってないのに、そいつからは最初に見たときの自尊自大な態度が消え失せ、僕を見るなり青ざめた。
「ねえ」
「ももも申し訳ありませんでしたあっ!!」
この世界に土下座の文化はない。膝をついて頭を胸のあたりまで下げる行為が、最も
だから僕は、日本ですらされたことのない土下座を、生まれてはじめて目の当たりにした。
その後の会話は、自称『異界の魔王』の話がめちゃくちゃ回りくどく冗長だったので、要約する。
異界の魔王(以下、魔王)は、別の次元にある世界から自力でこちらへ渡ってきた。
別の次元とは、僕が扉で自由に行き来できる異界とはまた異なるそうだ。
これまでにいくつもの世界を、自分好みに作り変え、蹂躙し、飽きたら捨ててきた。
ここも、同じようにするつもりだったとか。
「……へぇ」
自分の声色が底冷えするように聞こえるのは自覚してる。
「も、もちろんもう二度といたしません! 絶対! 命を賭して!」
話を聞いている感じ、魔王は「こういう生き方をする生き物」なのだと、無理やり理解した。
魔王は、他者の命や尊厳を踏みにじることが、存在意義であり、生きる糧なのだ。
これまで「他者」から反撃されることがなかったから、増長してきたのだろう。
そんな奴の「二度としません」が信用できるわけがない。
「ヴェイグ、他に聞いておくことある?」
〝無い〟
土下座しつづける魔王を見下ろす。
今までの会話に嘘はなさそうだった。
有意義だったかと問われたら、首肯できない。
会話に頻繁に挟んできたのは命乞いだったし、回りくどかったのは少しでも命を永らえるチャンスを狙ってのことだった。
「この世界も同じようにするつもりだったって、言ったよね」
「は、はい、間違いありません……ですが、もう」
「ここから逃げ出せたら、また別の世界を壊すよね」
「し、しません、絶対」
「これまでお前が奪ってきた命は、もう戻らない」
「それ、は……その……」
魔王はこの世界で、誰の命も奪っていない。
誰の命も奪っていないけど、全てを奪うつもりでやってきたのだ。
魔王が最期に見た光景は、僕が腕を振り上げるところだったと思う。
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