異界の魔王 1/2
冒険者の仕事が落ち着いてきた。
一時期は月に十回以上、世界中の冒険者ギルドから呼び出されていたのが、最近は以前のように月に一、二回程度だ。
魔物の数が極端に減ったわけではなく、ハインに言われて冒険者の指導を引き受け続けた結果、対処できる人が増えたためだ。
指導していたときはギルドからの呼び出しも重なって、家にいる時間が殆どないほど忙しかった。
でも、そのお陰で異世界エンジョイライフを過ごせているのだから、準備は大事だと実感した。
朝起きてメルノと一緒に食事と家事を済ませると、メルノは縫製に使う道具や素材を持ち込んである仕事部屋に篭る。
僕は自室で本を読んだり、異界に入って体を動かしたりする。
マリノがついてきて、ヴェイグと一緒に精霊召喚魔法の修行をすることもある。
時々、トイサーチの冒険者ギルドに呼び出されてクエストや冒険者たちへの助言を求められたり、僕が指導した冒険者がわざわざ会いに来てくれて話をしたりする時は、昼食は外で食べてくる場合もある。
異界にいても用事があっても夕方までには終わらせて、夕食はまた家でメルノと一緒だ。マリノやラク、ハインが一緒のときもある。ハインが来るときは大抵美味しい手土産付きだから嬉しい。
この世界に来て早五年。未だに日本で過ごした日々が夢に出ることもあるけど、普段は自分が日本出身であることをすっかり忘れている。
その証拠に、何かメモを取るときの言語は、ナチュラルにこちらのものだ。
日本語は〝興味があるから教えてくれ〟とヴェイグに頼まれて書いた時は既に、漢字がだいぶ怪しかった。
そのことをヴェイグに予め謝ると、
〝勿体ない。忘れぬうちにまとめて書いてくれ〟
と真剣にお願いされた。ヴェイグの知的探究心が凄い。
折角だから、本を読み切ってしまった時や、予定が無い日の暇つぶしに、思い出せる限りの日本語をメモに書き綴っている。
こんな感じで、充実した日々を送っている。
その日は特別な予定の無い日だった。
朝食はメルノが作ってくれたサンドイッチだ。
マルアオオウサギの――いい加減自分で折り合いをつけて、かわいい動物のお肉も美味しく頂くようになった――ローストを薄切りにしたものと、青菜とチーズが挟んであり、ピリ辛のソースがよく合う。僕のお気に入りの一品だ。他にスープと、フルーツ。この二つは、メルノの妊娠を聞いた商店街の皆さんが、妊婦に良いという食べ物をこぞって持ち寄ってくれるので、それを使っている。今朝は五種類の豆のスープと、マンゴに似た果物だ。
あ、メルノは妊娠七ヶ月です。つわりは軽めに済んで、「多少は動いたほうが良いので」と仕事を休むことなく続けている。家事も料理は殆どメルノが担当だ。でも冒険者はこれを機に引退してもらった。流石に本人も納得してくれた。
朝食のサンドイッチを手にした瞬間、遥か頭上から攻撃魔法に似た何かが降ってくるのを察知した。
僕の[気配察知]の範囲外なのに、それの気配が尋常じゃなくて、メルノまで不安な顔で上を見上げるレベルだ。
身重の妻の精神を不安にさせないで欲しい。
サンドイッチを手に持ったまま、外へ飛び出し上空へ飛んだ。
〝あれは何だ〟
「わからないけど、危ないよね」
攻撃魔法に似ているけれど、魔法どころか魔力なのか何なのか。
邪悪なもの、という言葉がしっくりくるような得体のしれない何かだ。
対処できるかどうか。
勿論可能だ。
上空のそれへ向かってヴェイグが消滅魔法を放ち、あっさり消し去った。
するとすぐに二発目、三発目と続き、消し続けていたら一度に降る数も増えた。
僕とヴェイグは自己研鑽を積み重ねた結果、体内で魔力を渡す術を身に着けてある。
魔力の消費量が多くなってくると、ヴェイグが無言で僕に確認をとり、僕も無言で了承する。
ヴェイグは僕から魔力を引き出しながら魔法を使いはじめた。
僕はまだ手にしていたサンドイッチをその場で頂いた。
そうしている間にも、まだまだ降ってくる。
〝アルハ、また魔力が増えたか?〟
「あー……うん」
僕からいくら魔力を引き出しても有り余っていることに気づいたヴェイグが尋ねてくる。
実は百
これ以上強くなる必要なさそうなのに、修行すればするだけ数字が増えるものだから、開き直ってカンストを目指すことにした。
そしてカンストが見えない。一体何処へいってしまったんだ、カンスト。
僕の魔力の一割を消費した頃には、僕もサンドイッチを食べ終えていた。
サンドイッチは一つしか持ってこれなかった。もう少し食べたい。
なのに、上からの未確認エネルギー体は止む気配がない。
僕の朝食を邪魔するとは、けしからん。
「大元を消しに行こう」
〝わかった〟
未確認エネルギー体を消しながら、更に上空へ向かう。
危険なものを地上に向けて放ってくるのは許せないけど、行くべき方向はわかりやすかった。
辿り着いたのは、浮遊大陸マデュアハンだ。
呪術の問題が解決してからというもの、特に用事はないし、ここに来られるのは僕くらいだから完全に放置していた。
その間に、様子が一変していた。
豊かだった緑は全て枯れ果て、川や湖は泥の沼と化し、嫌な臭いまで漂ってくる。
土の色に見覚えがある。
「腐ってる……」
この大陸は、大陸自体が生き物だ。
最後に気配を探ったときと同じく、現在も仮死状態に見える。
ただし、病気になってると表現するのが適当だろうか。仮死状態のときは動物が冬眠しているみたいだったのに、今は明らかにおかしい。
大陸に降り立つと、目の前に僕と似たような体格の、角と翼の生えた人型の魔物がやってきた。
マデュアハンをこんな状態にして、且つ下に攻撃を仕掛けてきた犯人は、こいつに違いない。
気配がエネルギー体と同じだ。
「この世界にも、なかなかできる者がいるのだな」
そいつはニヤニヤと笑みを浮かべている。
「下に攻撃するの、やめてくれないかな」
少なくとも言葉は通じるようだから、こちらの要望を伝えてみる。
「攻撃? 我輩はやったのは攻撃ではない」
ヴェイグが消さずにいたら、最初の一撃でトイサーチは更地になっていたはずだ。
「攻撃じゃないなら何のつもりだ」
腹立たしい予感しかしない。でも話は聞きたいからぐっと堪える。
「掃除だ。ゴミは邪魔だからな」
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