お嬢様は結婚相手の理想が高い

▼▼▼




 午前中の仕事はほぼ終わり、昼食前のお茶をフィオナ様のお部屋へ運ぶ。

 ティートローリーには大きめの封筒も何通か乗っている。


 駄目と解っていて尚こんなものを寄越してくるような頭の持ち主が、お眼鏡にかなうはずないのに。


「フィオナ様、お茶です」

「ありがとう、ヘラルド」

「それと、縁談が」

「お断り申し上げて」

 お茶を置いたテーブルの前に淑女らしからぬ機敏な動きで座ると、優雅な仕草でカップを傾ける。

 この短いやり取りを以って、フィオナ様の中で縁談の話は終わっている。

 僕は封も切られないままの封筒に目を落として、こっそりため息をつく。


 断りの返事の用意や、理由を問い詰められ時に「なんとかしろ」と怒鳴られたり「なんとかしてくれ」と懇願されるのは僕の仕事だ。

 僕の仕事でありフィオナ様のためとはいえ、何度も繰り返すと些かうんざりしてくる。


 フィオナ様が結婚相手に求める条件は、単純だ。


「私の仕事に一切口出しせず、当家の財産に一切手出ししない方」


 つまり夫となる人は、フィオナ様とは別の仕事を持ち自力で稼ぎつつフィオナ様の側にいるだけでいい。

 こんなに簡単な条件なのに、フィオナ様がお年頃になってすぐ届き始めた縁談の釣り書きには、


「私ならば財産をもっと有効活用できます。共に経営しましょう」

「私の手腕を持ってすれば、今より財を成せます」


 等、お前それ絶対食いつぶすだろこの野郎……失礼、つまりフィオナ様の条件を蹴り飛ばすようなことばかり書いてあるのだ。


 ロズマリー家は初代から商いを続け、歴代の当主たちで堅実に財を増やしてきた。

 フィオナ様もしっかりと家を守り、且つ事業を上手く取り仕切っている。

 そこへよそ者が入ってきたとして、どうやってフィオナ様を上回る案を出すのだろう。

 そんなことができるならば、自分で事業を立ち上げて勝手に一財産築けばいいのに。



「ヘラルド、どうしたの?」

 一人で考え込んでいたら、フィオナ様のカップが空になっていた。

 僕としたことが。慌てておかわりを注いだ。

「失礼しました」

「いいのよ。でも、珍しいわね。何か考え事があるようだけど」

 フィオナ様とはお互いに幼少期からの付き合いになる。

 お互いに気分や体調を見抜いて気遣うのは日常だ。

 執事である僕が主人に見抜かれるのは、修行が足りない証拠だけれど。


「個人的なことです。お気遣いなく」

「……そうかしら?」


 フィオナ様が疑問形なことに疑問を抱き問い返そうとした時、昼食の支度が出来たと伝えられた。




◆◆◆




「というわけで、協力してくださいませんか」

 通信石の相手は、隣町ツェラントの豪商、フィオナさんだ。

 メルノが縫製の仕事でお世話になっていることもあり、家にはフィオナさん直通の通信石を置いてある。

 皆で聞いてほしいとフィオナさんに頼まれたので、会話は僕とメルノ、それからラクとマリノ、必然的にヴェイグも聞いている。


「上手くやれる自信ないですよ」

 何かと良くしてくれるフィオナさんのお願いだから、是非とも協力したい。メルノも快諾済みだ。

 でも、その内容がちょっと僕には難しい。

「気負わず、フィオナの言うことにそれらしい返事だけしておればよかろう」

 ラクとマリノも協力者、というか事情を知るべき人たちだ。万が一この作戦が他所に漏れたらフォローしてくれる役でもある。

「ラク様の仰る通りですわ。アルハ様がいてくださるだけで、成功したも同然ですので」

「そこまで言うなら、わかりました」

 なるようになるかな、と引き受けた。




▼▼▼




 アルハさんが屋敷へやってきた。

 伝説レジェンド冒険者のアルハさんは僕の憧れであり、目標だ。

 奥様であるメルノさんはフィオナ様に縫製の腕を買われて、よく仕事の話をしにくる。

 アルハさん本人が屋敷へ来るのは随分久しぶりだ。


 部屋にはフィオナ様とアルハさんと僕のみになった。

 お茶の用意をして、フィオナ様のそばに控える。

 はじめは世間話をしていたお二人だったのだけど、なんだか様子がおかしい。

 具体的に言うと、アルハさんの目が泳いでる。

 僕が訝しんでいると、フィオナ様が突然おかしな話を始めた。


「このところ縁談がひっきりなしに舞い込みますの。正直言って、信用ならない方を夫にするくらいならば、どなたかの妾にでもなったほうた良いのではと考えておりますして。アルハ様、私を妾にしていただけませんか?」

 フィオナ様は一片の曇りもない笑顔でそう言い切った。


「いいですよ」


 耳を疑った。あのアルハさんが。女性はメルノさんしか眼中にないアルハさんが、フィオナ様を妾に迎えるというのか。


「だめですっ!」


 そして僕も、大きな声が出てしまった。



「ヘラルド?」

「……あっ!?」

「だめ、とは?」

「え、えっと、アルハさんには奥様が」

「そうね。でも、妻を何人も持つ方はたくさんいるわ」

 とある国では一夫一妻制といって、伴侶はひとりまでしか持てないと決められているそうだけど、この辺りは違う。

 全員の合意があれば、夫や妻を複数持つことはおかしくない。ただし、そうしてる人は滅多にいない。


「……フィオナ様は、フィオナ様には……」

「なあに?」

 フィオナ様には夫が必要だ。フィオナ様のお仕事に過剰に口出しせず、支え合って、信頼できる人が。

「ねえ、ヘラルド」

「は、はいっ」

 考えがまとまらなくて、頭の中がごちゃごちゃする。

 でもフィオナ様から声がかかると、反射的に返事をして、その目を見てしまう。


 フィオナ様の瞳は少し潤んでいた。

 どうして貴女が泣きそうなのですか。


「アルハ様では駄目かしら。これ以上信頼のおける方、いらっしゃるかしら?」

「そういうことではなくて」

「では、どういうこと?」


 フィオナ様が誰かと結婚する、妾になる。

 誰が相手でも、どの選択肢も、僕自身が納得できないということに、気づいてしまった。


「僕が、フィオナ様を支えます!」


 これが僕の、プロポーズとなった。




「あー、よかった。おめでとう、ヘラルド」

 アルハさんが僕に微笑んでみせた。

 同じ部屋にいたことを知ってたはずなのに、存在を忘れかけていた。途中から、気配消してましたね?

「フィオナさんが話と違うこと言い出すから、ヘラルドが決心してくれなかったらどうしようかと」

「話? 何の話ですか?」

「こちらの話よ、ヘラルド。……ありがとう」


 何かを有耶無耶にされた気分は、フィオナ様の微笑みで掻き消えてしまった。

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