リースの昔話

▼▼▼




 以前は別のパーティに在籍していた。

 剣士が二人、弓士が一人、槍使いが一人、それから魔法使いの私。

 剣士のうち一人は「将来英雄ヒーロー、いや伝説レジェンドになるんだ!」と言って憚らない人だった。


 目指す高みがあるのは良いことだけれど、間違った方向性の「努力」を、周囲にまで押し付けるのは如何なものかと。



「今日はこれっ!」

 英雄ヒーローを目指す剣士ことイデオは、難易度Aのクエストメモを私達に見せる。

 イデオ以外が溜息をついた。

「ねえ、一昨日も難易度Aを達成したばかりよ。ローリの怪我も治りきっていないし」

「怪我は平気よ。でも、難易度Aはしょっちゅう請けるものじゃないわ」

 弓士のローリは女性寄りの男性だ。このパーティで女は私一人だけど、ローリを女性扱いすることで宿屋の部屋を割り振ることはよくあった。


「いつもどおり俺が突っ込むから、援護だけ頼むよ」


 イデオはキラキラした笑顔でさらりと言う。顔と態度と勢いだけは英雄ヒーロー冒険者だ。

 ローリの怪我の原因はイデオなのに、そのことをもう忘れたのか。



 ソロでの限界を感じたときに声をかけてくれたのが、ローリだ。

 このパーティとはその時からの付き合いだ。

 イデオが時折無茶なクエストを請けてくる以外は、居心地のいいパーティだった。


 私が加入してすぐ、難易度Cのクエスト中に遭遇した難易度Bを討伐することができた。

 油断していたイデオの背後にいた魔物を、偶然気づいた私が魔法で先制攻撃に成功し、全員で倒した。

 その出来事から何かを勘違いしたイデオが、頻繁に高難易度のクエストを持ってくるようになったのだ。



「その援護でローリは怪我をしたのよ。弓士が前衛で体を張るなんて異常事態だわ。身の丈にあったクエストにして」

 もう、無理だ。

 ローリや他のみんな……イデオ以外にはお世話になったけれど、付き合いきれない。


「同意だ。イデオ、俺はそのクエストを請けない」

 もう一人の剣士が立ち上がり、ギルドハウスを出ていってしまった。

「俺も」

 槍使いも立ち上がり、後を追った。

「お、おい、お前ら」

 この期に及んで理解できていないイデオを放置して、私とローリもその場を離れた。



 ギルドハウスから少し離れた場所に、イデオ以外の四人で集まった。

「ごめんなさい」

 このままではパーティは崩壊だ。一人ギルドに残ったイデオが、解散申請をしているかもしれない。

 ことの発端を作った私は、みんなに謝罪した。

「リースが謝ることないわ。私も同じことを考えていたのよ」

「俺もだ。むしろ言ってくれて助かった」

「こっちこそ、リースに言わせてしまってごめんね」


 それから四人で話し合い、私とローリは正式にパーティを離脱することにした。

 ローリは以前から冒険者を辞めたかったのだそうだ。

 冒険者が他の職業に就くのは難しいけれど、今までの蓄えや最近出来たギルドの転職支援制度を使ってしばらくやってみるとのこと。

 他の二人はイデオのところへ戻った。イデオと二人は幼馴染で、私とローリがパーティから抜けたという現実を突きつければ無茶はしないだろうとのこと。

「ま、これで駄目なら俺たちも抜けるさ。リースはどうするんだ?」

「私は……」

 パーティに入る前はソロでやれていた。

 そこにまた、戻るだけ。


 皆にお礼を言い、イデオに「今までありがとう」と言付けて、パーティを離脱した。



 とはいえ、この町にいる限り、どこかで顔を合わせるだろう。

 気まずい。


 荷物をまとめて、目についた乗合馬車に飛び乗った。

 行き先は、ジュノ国城下町のジュリアーノだ。



 町に到着した翌日、冒険者ギルドへ向かった。

 以前いた町よりもにぎやかで、冒険者とクエストの数が多い。

 路銀に余裕はあるけれど、このあたりの地理を把握するついでに簡単なクエストを請けるつもりだった。


 取ろうとしたクエストメモに、別の手が重なる。

 手の主を見ると、背の高い女性だ。

 意思の強そうな瞳と目が合う。

 女性と私は同時に手を引っ込めた。

「失礼、どうぞ」

「いえ、こちらこそ。私は他のクエストで構わないの」

 お互いに譲り合っていたら、私達の後ろに大男が寄ってきて、そのクエストを取ってしまった。

「これ、請けるなら一緒に請けないか?」

 難易度Dのクエストで、討伐数は一匹。ただし、倒した数と同じ回数、クエストを達成したことになるタイプのものだ。

 ソロで請けるならば一匹討伐すれば十分。

 しかし、パーティで請けるならば、パーティの人数より多い数を討伐できる可能性が広がる。


「そういうことね。私はオーカ。こちらはエリオス。あともう一人、ライドという男とパーティを組んでいるの。どうかしら?」

 クエストを奪ったように見えた男は、女性……オーカの仲間だったのだ。

「リースよ。ここには来たばかりだから、地理に不案内なの。それでもよければ」

 魔法が使える冒険者は希少だ。ソロの時もよく臨時のパーティに誘われた。

 同じ調子で、私は安請け合いした。



 この出会いが、冒険者人生の殆どを捧げる出会いになるとは、このときの私は露ほども思っていなかった。




***




 ラクはいつも服のセンスが良い。話を聞いたら、行きつけの服屋に連れて行ってもらえた。

 異界を通るって本当に便利。

 ジュリアーノからメデュハンまで、普通なら船と馬車で何日もかかるのに、5分で到着した。


「あら、いらっしゃい、ラクさん」

 大きな体の店員から、聞き覚えのある声がした。

「今日はこちらのリースの服も見繕ってくれぬか」

「リース?」

 大きな店員がこちらを見下ろす。

「……ローリ?」

「ええー!? ちょっと、久しぶりじゃない! どうしてメデュハンにいるの?」

「こちらの台詞よ、まさかこんなところで会うなんて」

「なんじゃお主ら、知り合いか」

 ラクに説明しつつ、ローリの話を聞いた。


 冒険者を辞めた後、私と同じようにあの町に居るのは気まずくて、わざわざ大陸を渡った。

 以前から冒険者の服ももう少し可愛くならないかと考えていて、服飾の仕事をはじめたのだとか。

「おかげさまで順調よ。ラクさんに宣伝塔をやってもらえるから売上もいいし、以前はあの伝説レジェンドにも服を着てもらえたの」

 アルハは何をしてたのかしら。

「よかった」

 引退した冒険者は、冒険者のうちに稼いだ貯蓄を遣り繰りしながら余生を過ごすか、ギルドの職員になるしか道はないと思っていた。

 こんな華々しい転職成功例があるなら、喜ばしいことだ。

「リースはどう? 見たところ、続けているのよね」

 ローリの心配は、冒険者の辛い部分をちゃんと解っている人の言い方だ。


 だから、楽しさもちゃんと知っている。

「私は今、楽しいわよ。良い仲間を見つけたの」

 この一言でローリは納得してくれた。



 あとは私を着せかえ人形よろしく何着も着替えさせなければ、もっとよかったのだけど。

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