オーカとイーシオン
▼▼▼
ディセルブの王族の血を引く人、イーシオンと正式に夫婦になってふた月。
イーシオンは昨日まで、ディセルブ国を町にするための事務作業に忙殺されていた。
タルダさんがすべて引き受けると仰ってくれたのだけど、イーシオンと私はタルダさんにこれ以上負担をかけたくない、と意見が一致した。
ジュノ国側は私、ディセルブ側はイーシオンに仕事を割り振り、先日ようやく粗方片付いた。
まだ多少の仕事は残っているものの、後はタルダさんやイーシオンでなくても事足りるものだけの状態になったのだ。
ディセルブからの飛空船は、ジュノ城から少し離れた場所の森を新たに切り開き、そこで発着することになっている。
飛空船の技術はジュノ国に引き継がれ、早速技術者たちが増産や改良に取り組んでいる。
イーシオンが乗ってきたのは、一番最初に造られた、一番古いものだ。
「オーカ、久しぶり! 変わりない?」
イーシオンは私を見つけると、猟犬のように駆け寄ってきた。
正装しているのに、よくそれだけの速さで動けるわね。
「ないわ。イーシオンは元気そうね」
イーシオンは私の目の前まで来たかと思うと、いきなり私を抱き上げた。
「きゃっ!?」
「やっとオーカと一緒に暮らせるね!」
イーシオンは満面の笑みを浮かべて私を横抱きにしたまま、くるくる回る。
後から追いついてきた侍従たちが温かい目でこっちを見てる。
「ちょっと、恥ずかしいから!」
「ごめんごめん、嬉しくてつい」
回るのはやめたのに、おろしてくれない。
「先に行ってるから、適当に片付けておいてー」
イーシオンは侍従にそう言うと、そのまま、つまり私を抱き上げたまま城へ向かって走り出した。
「おーろーしーてー!」
私の叫びを聞いてくれる人は、誰もいなかった。私、次期女王なのに。
「どうなってるの?」
イーシオンは笑顔をはりつけたまま、私の部屋に入り私をソファに下ろすと、部屋の扉に鍵をかけた。
お互いに真面目な顔になる。
「それが、あちこちにお金をばら撒いて、暗殺者を雇ったようなの」
婚約を発表したときから、私の周囲に不穏な気配がまとわりつくようになった。
最初に気づいたのはアルハだ。
アルハは簡単に「捕まえようか?」と尋ねてくれたけど、丁重に断っておいた。
その時は実害もなかったし、なにより婚姻前に揉め事を起こしたくなかった。
私が未熟なのは、イーシオンに矛先が向くことを想像出来なかったことね。
飛空船に小細工されて空から落ちかけたのが一度。
イーシオンに出された食事に毒が入っていたのが二度。
婚礼衣装が引き裂かれていたのが一度……これは、イーシオンの身長が急激に伸びて作り直していたから、問題にならなかった。
そして今日、イーシオンがいつもよりはしゃいで私をあの場から無理やり連れ出したのにも、理由がある。
私を狙った殺気があったのだ。
イーシオンが私を抱き上げたのは、それを私に伝えるため。
「普通にオーカを抱きしめたかったし。アルハがメルノにべったりな理由、今ならわかる」
夫の戯言を聞き流して、話を続けた。
ジュノ国はここ数代、後継者争いとは無縁の国だった。
王が配偶者を一人しか持たず、子も一人しかつくってこなかった。
私には兄弟がおらず、従兄弟は父方に三人いるだけ。
その従兄弟のうち一人が、どうやら私を狙っていたようなのだ。
時折部屋の前に落ちていた数本の花が、私への恋文だったらしい。
毎回夜中に置いていくので、朝には萎びていたそれを、侍女がゴミと勘違いするのも仕方がない。
従兄弟に花を捨てたことを詰られて青ざめた侍女を私とイーシオンで庇い、彼女に非はないと周知しておいた。
「ほんっと、気持ち悪い奴だよねぇ。僕が勝負を挑んでも言い訳して逃げるくせに」
イーシオンが憤っている。
従兄弟とイーシオンは対面済みだ。そもそも、一連の事件の犯人は従兄弟とその手先だと判明している。
一度は正式に裁いて軟禁した。期間は五年のはずだった。
「オーカのことが好きなのに、オーカの命を狙うの?」
「私があなたのものになるくらいなら、ということじゃない」
「なにそれ」
「独占欲というのよ」
イーシオンは人の気持ちの機微に疎いところがある。
でもちゃんと教えれば理解してくれる。
「独占欲かぁ。うーん……なるほど、わかった」
顎に手を添えてしばらく考え込んだかと思うと、ぱっと私を見つめて頷いた。
「そいつは馬鹿だってことだね」
理解してくれていると、思う。
「とりあえず、片付けてくるよ」
イーシオンが物を整理整頓してくる、みたいな調子で言いながら立ち上がる。
一瞬の後、確かに鍵をかけたはずの扉が開いていて、その向こうから、男の鈍い悲鳴が聞こえてきた。
「捕まえたー」
イーシオンが黒ずくめの男を三人、片手で引きずって帰ってきた。
男たちはぴくりとも動かない。
「やってしまったの?」
「ううん。僕、[威圧]を使えるようになった。動きを止めてから意識刈っただけ」
[威圧]というスキルは、相手に精神的な圧力をかけて動きを制限することができる。
アルハが使うと本当に動きを封じてしまえるけれど、イーシオンのものは動きを鈍らせる程度だと、後で言っていた。
普通の人間相手ならば、鈍らせるだけでイーシオンには十分。いえ、[威圧]すら必要なかったはず。つまりこの暗殺者たちはイーシオンの実験台になったというわけね。
念の為に暗殺者たちを縄で縛り上げ、衛兵と父を呼んだ。
「後はお任せを。イーシオン殿は船旅でお疲れのところを、ご迷惑をおかけしました」
「気にしないでください」
「ありがとうございます。では、ごゆっくり」
暗殺者と従兄弟のことは、父たちに任せておけば問題ないだろう。
父たちを見送り扉が閉まると、部屋に私とイーシオン、侍女が整えてくれたお茶と軽食が残された。
「オーカっ!」
「ひゃっ!」
またイーシオンに抱きつかれる。
「仕方ないとはいえ、会いたかったよ」
まっすぐすぎる好意を向けられて、自分の頬が赤らむのを感じる。
元々、イーシオンに結婚はどうかと迫ったのは私で、その時イーシオンは「恋愛?」という状態だった。
時間をかけて気持ちを説明すると、イーシオンの方から「僕もオーカがいい」と言ってくれるようになった。
ただ、ディセルブの王政や王族が瓦解していたのは現実で。
イーシオンは王族の教育は受けたものの、一般常識には少し疎い。
私は再び抱き上げられ、イーシオンは私ごとソファーに座る。
「今日は何をしようか?」
この、「何を」というのは……。
アルハの話をするか、スキルの実演をするか、遊技盤に興じるか、冒険者としてクエストを請けにいくか……。
つまり、未成年の庶民が友人と遊ぼうと言っているのと同じものだ。
同じ空間で生活できるのを喜んでいるのは、遊び仲間と常に一緒にいられることを喜んでいるのだ。
私たちが夫婦のあるべき形になるには、もう少し時間がかかった。
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