メルノの回想

●●●




 はじめてお会いしたのは、町中でした。


 私は普段からよく知らない人に声をかけられます。

 おとなしそうな見た目をしていると言われますし、多少の自覚はあります。

 だからといって、よくない理由で近づいてくる方のどなたにもついていったことはありません。

 無理やり暗がりへ連れ込もうとする方には問答無用で火炎魔法を使い、お引き取り願ってきました。


 その時は、立て続けにそういうことがあったので、町を歩くときはいつもより用心していたのです。


「すみません、ちょっといいですか?」

 頭上から、落ち着いた声が降ってきました。

 最近の出来事に警戒心を持っていたはずなのに、私は素直に振り返ってしまいました。


 見上げるとそこには、冒険者風の格好にボサボサの黒い髪の、背の高い方がいました。

 冒険者の男性は大きい方が多いです。

 でもその方は、横幅や厚みはあまり無くて、身長だけ高いのです。

 失礼な話ですが、細長い人だな、と思ったのが第一印象です。


 手をつないでいたマリノも、私と同じようにその方を見上げていました。その瞳には不安の色が全くありませんでした。


 話を聞くと、宿の場所を知りたいとのことでしたので、知り合いのおじさんのお宿を紹介しました。

 私達の亡くなった両親と親しかったおじさんは、いつも私達を気にかけてくれています。

 もし細長い人がよくない理由でお宿への案内を頼んだとしても、おじさんの前で私に手を出すことはできないと思ってのことでした。


 細長い人は私達に丁寧にお礼をいい、名乗ってくれたのでこちらも名乗りました。

 アルハさんの名前を知ったのはこのときです。



 アルハさんは不思議な方でした。

 後で知ったアルハさんの事情を鑑みれば仕方のないことだったと今なら理解できます。

 普通、冒険者になるならば、アルハさんの年齢では少々遅いのです。

 知らない町にやってきて冒険者をはじめるというならば、何か事情があるはずです。

 例えば他の町で問題を起こして逃げてきた等、良くない理由が多数です。

 でもアルハさんはそういう方には全く見えません。

 人は見かけによらないことはわかっています。それでもなお、アルハさんは違うと確信していました。

 マリノも同じ感想でした。

 マリノに「アルハさんをどう思う?」と尋ねると、

「お兄ちゃん」

 と一言だけ返ってきました。

 現在、正しく「お義兄にいちゃん」ですから、マリノには当初から感ずるものがあったのでしょう。



 何日かして、決定的な出来事が起こりました。

 マリノが大蛇に呑まれ、私も怪我を負って倒れていたところへ、アルハさんが駆けつけてくれました。

 アルハさんは私の怪我をあっという間に治療――後にヴェイグさんの魔法と判明しました――すると、少しも躊躇うことなく洞穴へ駆け込みました。

 このとき私達の接点といえば、お宿へご案内したときと、冒険者ギルドで少し会話をしたくらいです。

 なのに、人を丸呑みするような大蛇のもとへ迷いなく向かい、退治してくれたのです。

 私はといえば、足を引っ張ることしかできませんでした。あのときは本当に自分が情けなかったです。


 お礼を固辞するアルハさんに、家をお宿として提供するとお約束した後、少ししてからようやく、私は自分のしたことに青ざめました。

 アルハさんが男性だということは、理解していたつもりでした。

 でもなぜだかアルハさんには他の男性と違って、安心を感じるのです。

 つい先日まで見知らぬ他人だったのに、ずっと側に居てほしいと願っていました。


 日に日にギクシャクする私を他所に、マリノが積極的にアルハさんを引き止めました。

 アルハさんも私を気にしつつ、留まってくれました。

 七日が過ぎた頃、アルハさんが家へ入るときに「お邪魔します」ではなく「ただいま」と言ってくれた時、私も素直に「おかえりなさい」と言えました。




 アルハさんが私達と家族になると言ってくれて、三年が過ぎました。

 今は朝です。いつもより早い時間ですが、何故か目が覚めてしまいました。

 隣で眠るアルハさんを起こさないよう、そっとベッドを抜け出そうとしたのですが、アルハさんの腕が素早く伸びてきて、腰に巻き付きました。

「起こしてしまいましたか?」

「どこいくの?」

 アルハさんをよく見ると、まだ目を閉じたままです。

 受け答えは微妙にずれていますし、舌もよく回っていません。

 腕から抜け出すのを諦めて、再びベッドに横になりました。

 アルハさんの腕から力が抜けましたが、起きようとすればまた動き出すでしょう。

「起きてますか?」

 そっと声をかけますが、アルハさんは寝息をたてるばかりです。

「ヴェイグさん」

 アルハさんの中にいるヴェイグさんを呼んでみました。

 すぐにまぶたが開きましたが、雰囲気や目つきはヴェイグさんのものでした。

「アルハは寝ている。先程のは無意識のようだ。起きるか?」

「もう眠れそうにないので」

 私が身体を起こそうとすると、再び腕が伸びてきました。

「俺ではない。すごい執念だな、アルハ」

 ヴェイグさんが口角を上げて苦笑いしました。

「駄目だ、これ以上取れん。諦めてくれ、メルノ」

 アルハさんとヴェイグさんは同じ身体を使っています。元々アルハさんの身体であるため、アルハさんの方が主導権を取りやすいのだそうです。

「アルハを起こそうか」

「いえ、よく寝ていらっしゃるみたいですし」

「わかった。では俺も寝る」


 アルハさんと夫婦になってから、ヴェイグさんは以前より表に出ることが少なくなりました。

 私とアルハさんで「そんなに気を遣わなくても」と何度も言ったのですが、ヴェイグさんは

「気を遣っているわけではない。中にいたほうが快適だから、自分の意志でやっている」

と仰るのです。


 ヴェイグさんは身体を明け渡したようで、アルハさんは再びすやすやと眠っています。


 その寝顔を見つめているうちに、もう少し眠れそうな気がしてきました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る