第2話 再会イベントの荷が重すぎて 後編

 運命の放課後。

 クラスメイト達も1日中彼を質問攻めにして満足したらしく、放課後の教室には彼と数人の生徒だけが残っていた。

 今こそ好機。どうにかして彼に声をかけなきゃ……

 頑張れ、私!!

 ぎゅっとスカートの裾を握り締めて声をかけようとしたが……それでもやっぱりどこか怖くて。

 と、そんな私のチキンハートな願いが通じたのか(多分違うと思うけど)、何か用事でも思いついたらしく、新がふと席を立って教室を出て行った。

 今を逃したら次はない。

 なんとなくそう感じ、慌てて後を追いかけると職員室方向に歩いていく彼の後ろ姿が目に入ってきた。


「あ、あの!」


 若干声を裏返らせながらそう言うと、彼は「俺?」と振り返る。


「その……なんていうか……」


 ……どうしよう。午後の授業中ずっとどう話しかけるか考えてたのに、こう本人を目の前にすると言葉が出てこない……!!

 でも頑張れ!!

 勇気を出すのよ、笹原千代!


「あ、あらたっ! ……久しぶり!!」

「……ん?」

「私、笹原千代! 私のこと、覚えてないかな?」


 勇気を振り絞った結果、特に捻りも何にもないシンプルな聞き方に落ち着いてしまったが、しかしなんとか言えた!!

 心臓の鼓動が周囲に聞こえてしまうんじゃないかと、そんなことを気にしてさらにドキドキしつつ……当の新の方はというと、顎に手をやって少し考えた後、「ああ!!」と弾けたようにぱぁっと笑顔になって「千代ちよって、あの千代か!!」と教室にまで届くくらいの声でそう言った。


「そうそう! 思い出してくれた!?」


 喜びのあまり思わず声高らかにそう返すと、新は「幼馴染の!」と言葉を続ける。


「マジか! こんなことってあるんだな!! 久しぶり!!」

「こちらこそ、久しぶり! あら……ああ、ごめん、谷塚くん」


 さっきは作戦のこともあって「新」と勢いよく呼んでしまったが、しかし冷静になって考えてみるとそれもどうかと思ったので、言ってみて違和感はあったが谷塚くん呼びに直してみる。


「確か、小4の時に俺が引っ越して以来か?」

「うん、そのはずだよ。それにしても、どうしてここに? 親の仕事の都合とかって自己紹介の時言ってたけど……」

「おう。親の転勤が一区切りついて、それで戻ってこれたんだよ」

「へぇ、そうなんだ。朝のSHRで谷塚くんが先生に紹介されたときはびっくりしたよ! まさかって思ってさ」

「それを言うならこっちだって! 転校初日の放課後にクラスの女子から呼び止められて、さらにいきなり名前呼ばれるんだもん。俺にもついにモテ期が到来したかと思ったわ!」

「いやいや、谷塚くんにモテ期なんて、そんなもんあと1万年は来ないから大丈夫だよ!」

「全然大丈夫じゃねぇよ! 青春どころか氷河期に突入しちまうわ!」


 思わず音羽と話すようなノリで軽やかに返してしまったが、彼は特に気にするでもなく笑ってそう言った。


「しかし、こんなことってあるんだなぁ……転入した高校のクラスで幼馴染のお前に会うなんて」

「ね、ホントびっくり」

「ラノベみたいだな」


 ……なんだろう。しばらく会わない間に音羽と似たような思考回路の持ち主に育ったのだろうか?

 話しやすいといえばそうなのだが、なんだかなぁ……

 と、そんなことを考えて、はたと、いや違う、私が中学でも彼との会話のノリを求めた結果出会ったのが音羽なのかと気付いて妙に納得してしまう。

 なるほど、彼との会話がどこか心地いいわけだ。


「ちょうど席もラノベの主人公席だしね」

「それな」


 あそこの席が空いてるなんてマジであるんだなーと笑う新。


「それにしても、朝の時点で気づいてたならもっと早く声かけてくれればよかったのに」

「ああ……それは、そうだね……」


 何と返すべきか少し言葉に詰まったが……まあこんなところで彼相手に変な意地を張っても仕方ないかと考え直し、素直に「緊張しちゃって」と口を割る。


「ほら、いくら幼馴染で昔の大親友だとはいっても結構久しぶりだし、緊張しちゃって……それに、もしかしたら人違いかもしれないしと思って」

「なるほどな。でも、俺はお前のこと一発で千代だってわかったぜ?」

「いやいや、嘘つけ!」


 私が声かけた後数秒フリーズしてたじゃん!!

 っていうかその後「クラスの女子から」とか超他人行儀に話してたじゃん!!


「でも、そういう理由なら仕方ないよな。俺の方だって今日は1日ドタバタしっぱなしだったし」

「だねぇ」


 すると、ふと「なあ、少し話変わるんだけど」と真面目な顔をする新。


「さっき俺のこと『幼馴染で昔の大親友』って言ったじゃん?」

「言ったけど……?」

「なんかそれ、妙に距離を感じるっていうか、変な感じがするからさ、『谷塚くん』なんて他人行儀な呼び方じゃなくて、昔みたいに『新』って呼び捨てにしてくれよ」

「……へ?」


 あまりにも急なその申し出に、予想外すぎて脳内全私会議の会場は大パニックに陥り、司令塔としての役割を完全に失って沈黙してしまう。

 そんな私をよそに、「別に嫌じゃないだろ?」と追い打ちをかける新。

 いや、確かに全然嫌ではないけども!

 「谷塚くん」って言ってて違和感凄かったけども!

 っていうか、嫌だったらそもそも話しかけたりしてないから!


「俺と千代の仲なんだし、その方がしっくりくるっていうかさ」

「まあ、それはそうだね……」


 ……とはいえ、一旦変えた呼び名をまた戻すってのも……どうにも照れくさいというか、それって乙女としてどうかと思うというか……

 しかし、そんな私の葛藤をよそに、新(このバカ)は私の手を取ってぶんぶんと振って「じゃあ決まりだな!」とこれ以上ない笑顔を振り撒く。


「これからよろしくな、千代!!」

「……私の気持ちも知らないで……っ」


 無邪気なその笑顔に対して、私は困惑や動揺を通り越して音羽に抱くのに近いイラつきを覚え、そして、


「よろしくじゃないよ! このバカ新っ」と、全力で彼の脳天に一撃重いのをお見舞いしたのだった。


 *


 何だかんだで彼をひっぱたいた後も、私は新とこの6年間どうしていたかの話に花を咲かせることとなった。

 そしてその日の帰り道、彼と久しぶりに話すことができた喜びを音羽にメールで伝えた私は、何か言いようのない幸福感に浸っていた。

 相変わらず彼は無神経で、乙女心なんてちっともわかってなかったけれど、でも。


「……ホント、バカなんだから」


 あらた、と誰にも聞こえないくらいの声で呟き、思わず頬を緩ませてみたりして──。


「……高校生活、楽しくなりそうだな」


 何となくそんなことを考えながら、私は家の玄関を通り抜ける。

 と。


「おーっす、千代。おかえりさん」


 そんな私の視界に、隣の家からひょっこりと出てきた新の姿が映り込んできたのは、はてさて、神の悪戯か、それとも音羽の呪いか……。


「……ラノベかよ」


 ──思わずそう呟いた私を、一体誰が責められるだろうか──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

えげぶ!! ~演劇部で毎日バカしてますがなにか?~ 五月雨ムユ @SamidareMuyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ