第2話 再会イベントの荷が重すぎて 前編

 目の前で起こっている光景に理解が追い付かず、ひとまず考えるのをやめて机に突っ伏した私だったが……しかし。

 そうは言ってもやはり気になるものは気になるわけで。

 いやいや、ひょっとしたら私の勘違いかもしれないしと、別に誰に責められてるわけでもないのに、脳内で1人様々な言い訳を並べ立て改めて彼の顔を確認しようと顔を上げる。

 するとそこには一体この短時間でどこから噂を聞きつけてきたのか、期待に目を輝かせた音羽が立っていた。


「聞いたよ~? 転校生が来たんだって?」

「ああ、うん」

「よかったじゃん! これこそまさにちーちゃんの求めていたイベントごとにドンピシャでしょ? しっかし、なんでまあこんな中途半端な時期に転校してきたんだろうね~? 謎いよね」


 言葉の端からウキウキしていることが伝わってくる彼女に返事を返すのもそこそこに、私は、彼はどこだろうと、きょろきょろと教室を見渡す。

 すると彼は窓際の1番後ろという、俗に言うところのラノベの主人公席に陣取って、そこで早速クラスメイトに囲まれての質問攻めにあっていた。

 いや、なんであんたがそこに座るのさ。

 この作品の主人公、一応私なんですけど?

 などとメタいことを考えていると、音羽が「どしたの、ちーちゃん」と肩を叩いてきた。


「え、な、何?」

「『何?』じゃないよ。私の話聞いてた?」

「ああ、ごめん、なんだっけ?」


 むーっと頬を膨らませる音羽。


「なんだけっけじゃないよ。あの子なんでしょ、その転校生ってさ。ちーちゃん、さっきから私が何話しても上の空で、あの子の方ばっかり凝視してるんだもん」

「私、そんな凝視してた?」

「そりゃあもう。もしかして、知り合いだったりして?」

「まあ、ちょっとね……」


 言葉を濁しつつも、私は振り返って彼の方に向き直る。

 『谷塚たにづかあらたです』と、確かに彼はそう言った。


「谷塚、あらた……」


 その名前を、私はよく知っている。

 それは、誕生日どころか生まれた病室すら一緒という、絵に描いたような私の幼馴染にして、小学校の時の転校で離れ離れになってしまって以来、疎遠になっていた人の名前だ。

 彼と最後に話したのはいつだったか、それすらもすっかり忘れてしまっていた私だが、しかし、谷塚新というその名前を聞いた瞬間、すぐに幼少の彼の姿が私の脳裏には映し出されていた。

 おそらく名前を言われなかったら思い出せなかっただろうけど、クラスメイトの質問攻めに遭いつつも、笑顔で対応するその姿には、かつて共に笑い合った時の面影があった。

 ニコニコと笑う彼の横顔を見つめるうちに、ふと、それは例えばとある日の放課後、彼の家に行って一緒にゲームを遊んだことだとか、またある日、彼と2人で夜の学校に忍び込もうとして、でもあっさり大人に見つかってしこたま怒られたこととか、そんな大小様々な思い出が一斉に私の頭を駆け巡った。

 そういえばそんなこともあったなぁ……。

 こうして一旦思い出してしまうと、どうして今日まで彼のことをすっかり忘れられていたのだろうかとすら思えてしまう。

 しかし、そんな彼が何故?


「もしかして……一目惚れでもした?」


 すると、藪から棒に音羽がそんなことを言いだす。


「は……? ば、バカなの?!」

「その慌て方は怪しいなァ」

「いやいや、音羽がいきなり変なこと言うから!!」


 とは言いつつも、自分でも変な反応をしてしまったことに少し動揺してしまった。

 どうどう、落ち着け、私。


「転校生の彼ね、名前、谷塚新っていうんだけどさ」

「へぇ、谷塚くんね」

「うん。その……なんていうか、私の思い違いじゃなければ、彼、私の幼馴染なんだよね」


 しばしの沈黙。


「……っていう夢を見たの??」


 あまりの予想外のリアクションに思わず声を裏返らせて「違うよ!」と言うと、思いの外声がデカかったようで、周囲のクラスメイトが何事かとこちらを向く。

 慌てて声を押し込めて音羽に「現実リアルな話!」と念を押す。


「いくら私がアニメ的漫画的ラノベ的イベントを欲してるからって、そんな言ってて悲しくなるような嘘はつかないよ。願望とかじゃなくて、本当の話!」

「本当って……じゃあ冗談抜きに彼は、谷塚君はちーちゃんの幼馴染ってこと?」

「だからそう言ってるじゃん!」


 私の態度に少しは真剣味を感じてくれたのだろうか。声のトーンを少し下げる音羽。


「多分……まだ確認したわけじゃないから何とも言いにくいけど、でも面影はあるし、多分間違いないと思う」

「面影はって……ちーちゃん、彼とはいつぶりなわけ?」

「えーっと……確か小4とかの時に彼が転校して離れ離れになっちゃった訳だから……6年ぶりくらいかな? それこそ昔は『あらた』なんて呼び捨てにしてたくらい仲もよくてさ……って、音羽? 何その顔?」


 見るとさっきとは一転、何故か呆れ顔の音羽。


「えーっと……じゃあ何? ちーちゃんはその、かつて別れた大親友の幼馴染の彼と、こんなところで偶然6年ぶりの再会を果たしたってこと?」

「そうなるね」

「ラノベか!!」


 いや、ラノベかって。


「そりゃあ確かに結構びっくりだけどさ」

「びっくりするどころじゃないでしょ?! これがもし本当なら、そう滅多にある話じゃないよ!? 一生に一度レベルの、SSレアのイベントごとだよ!?」

「SSレアって」


 言葉のチョイスに呆れる私の肩に手を置いて「まあそれは置いておいて」と、言葉を続ける音羽。


「何にせよ早く確かめておいた方がいいって! 彼が本当にちーちゃんの幼馴染なのかどうか!」

「そう、なのかなぁ」


 再びちらりと新の方に目をやってそう呟く。


「でもさ、あんたは茶化すだけだから気楽だろうけどさ、流石に6年ぶりだと……」


 話しかけるにも結構勇気が、と、私が言葉を言い終える前に、音羽は「ヤバッ!」と時計を見るなり自分のクラスに飛んで帰ってしまった。

 ここから先は1人でやれ。そういうことかぁ……

 1限目の先生が教室に入ってくるのを視界の端で捉えつつ、私は「はあ」と再度大きなため息をついて教科書を開いた。

 ……まあ、なんとか頑張ってみよう。


 *


 そして、気が付けば昼休み。

 私は未だに彼に話しかけられずにいた。

 それなりにチャンスはあったのに、我ながらチキンすぎる……

 一緒にお昼食べようよ~と教室にやって来た音羽の笑顔が、一気に曇ったのもそりゃそうだって感じだ。

 当たり前と言えば当たり前のことなのだが、休み時間になる度に、新は先生のところに何か手続きをしに行ったり、クラスメイトから引き続き質問攻めにあっていたりと、始終忙しくしていてとても話しかけるタイミングなど見つからなかった。

 

 ……というのが言い訳なことくらい私にもわかっている。

 彼が結構忙しそうにしてたのは半分ホントだが、それにしたってチャンスは他にいくらでもあった。

 単に勇気が出なかっただけだ。

 そんな私の内心を見透かしたかのように「そのクラスメイト達に交じって聞けばよかったんじゃ」と言う音羽。


「いやいや……みんなが『どこに住んでたの?』とか『部活ってどうすんの?』とか聞いてる中で、私だけ『新、私のこと覚えてる?』なんて声掛けるわけにいかないでしょ」

「『新』ねぇ? やっぱり今でも呼び捨てなんだ?」


 ……しまった。つい。


「いや音羽、それは」

「あ、でもそれ逆に使えるんじゃない? 放課後にでも彼のこと、後ろから『新!』って呼んでみたらいいんじゃない? そしたら向こうもちーちゃんのこと思い出すかもよ?」

「あ、確かに」


 と、ふと新に「千代!」と呼ばれるところを想像してしまい、ボッと顔が熱くなるのを感じて机に思いっきり突っ伏す。


「……ッ!」

「どしたの、ちーちゃん」

「ナンデモナイヨ」


 ……これじゃあ、まるで私が「千代」って呼ばれたいみたいじゃない!


「……でも、それもまあ悪くないか」


今度こそはと心を決めて、私はぱくりと目玉焼きを口に放り込んだ。

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