第114話 三つの思想
知らなかった。前の人生では、そんなことを妖精さんたちに教えてもらってなかったから。
「へぇ……でも何で三つに分かれてるんだ? 同じ種族なんだし、一つに統一する方が良いような気もするが」
そんな俺の疑問に答えたのが、正気を取り戻した様子のリモコだった。
「無理よ。妖精にだって人間と同じように派閥があるんだから」
「派閥?」
「そもそも妖精っていうのは、創世の時代から存在しているのは知ってる?」
「いや、ずっと昔から存在してるらしいことは知ってたが、まさか世界の始まりからいるのは初耳だ」
「妖精も生まれたばかりの時は、統一されてたらしいわ。けれど長い年月が経ってくると、妖精も多くなってきて、それぞれの価値観にも違いが現れるようになったのよ」
なるほど、それはまさしく人間と同じような歴史だな。
人間の祖先だって数が少ない時代は、やはり皆がともに暮らし統一が保たれていただろう。
しかし数が増えるにつれて、少しずつその統一に亀裂が生まれるようになる。それが激しくなると戦争が起き、次第に人間は幾つもの部族に別れていき、今のような体系になった。
「妖精には女王を絶対として崇める『オラク』と、その逆に女王ではなく……『導師』を絶対とする『メキア』がいるわ」
「『導師』ってことは……」
「そう、アンタのことよアオス」
まさか妖精の中でも、そんな立場の者たちがいるとは……。
「ん? じゃあ『フヨン』っていうのは? 何を崇めてるんだ?」
「……言ってみれば中立ってところかしら。元々『フヨン』は両者の極端な思想に嫌気がさして離れていった民だからね」
「なるほど、中立か。……ん? その割にはリモコは、ずいぶんと女王であるオルルを敬ってる気がするが」
「まあアタシはね。ていうかやっぱり妖精にとって女王様っていうのは特別な存在だものい。もちろん『導師』もね。だから尊敬だってするわよ」
「にしては俺に対しての態度は凄くフレンドリーなんだが……」
「そ、それは…………だってアンタってば普通の人間みたいなんだもん」
「いや、人間で間違いないんだがな」
「アタシは小さい頃からお婆様に女王様と『導師』についていろいろ聞かされてきたのよ。何ていうか……こうアタシの中でイメージみたいなのがあって……」
「オルルはピッタリだったが、俺はそうでもなかったと?」
プイッと顔を背けるリモコ。それちょっと傷つくぞ。
まあ言いたいことは分かる。幼い頃から恐らく二人の存在の逸話などを聞かされ、リモコの中では英雄化してきたのだろう。無論見た目もそれ相応の風格を持ったような存在に。
しかし俺は確かに『導師』としての力を持ってはいるが、見た目はどこにでも普通の人間だ。その落差から敬いにくいというのは理解できる。
「まあ今更リモコに畏まられても気持ち悪いし、そのままで良いけどな」
「き、気持ち悪いとは何よ、バカ!」
ポコポコと俺の頬を殴りつけてくるが全然痛くない。むしろ微笑ましささえ感じる。
「……あれ? でもここにいるのは『オラク』で、オルルを崇める子たちなんだよな? にしては俺も結構歓迎されてたぞ?」
「それはここにいるのは『オラクの民』ではありますが、女王であるわたしが常に『導師』の素晴らしさを教え伝えてきましたから」
オルルが目をキラキラと輝かせながら胸を張っている。
「そ、そうなのか……」
きっとそれは何代にも渡って伝えてきたのだろう。宗教めいたものを感じるが、そこは無視しておこう。
「……? じゃあ『オラクの民』はもう『フヨンの民』と同じってことじゃないのか?」
「何言ってるのよ。ここにいる『オラク』は、ほんの一部よ。それぞれの民は、それぞれの隠れ里を持って、そこに住んでるんだし」
へ? これで一部……?
俺は周りを見回し唖然としてしまう。
少なくともここには数百人の妖精さんたちが住んでいる。これで一部の民というのはさすがに驚いた。
何せ妖精というのは元々数が少ない存在ではあるのだ。だからこそ一部という言葉は衝撃的だった。
「じゃあ世界のあちこちに住んでる妖精さんたちも、それぞれいずれかの民ってことだよな?」
「そうよ。アタシみたいに世界を飛び回ってる子たちもいるしね」
「……その三つの民はお互いのことをどう思ってるんだ?」
俺の言葉にオルルの表情が少し陰る。リモコも若干顔をしかめながらも答えてくれた。
「そうね……良くは思ってないかも」
「そう、なのか?」
俺にとっては結構ショックなことだ。妖精さんたちは俺にとってかけがえのない存在だし、できれば皆が仲良くしてほしいと思っている。
「別に人間たちみたいに価値観が違うからって言って戦争したりはしないわよ? でも……やっぱり思想が違うから、一緒に住むのは難しいのよね」
そこが分からない。崇める対象が違うだけで、何故そんなことになるのか。
例えばあれだろ? 仕える王が違うというだけの話じゃないのか? それだけで国民同士が仲違いをするだろうか?
もしその国王同士が仲違いしていたなら話は別だ。敵国だというなら、国民同士も慣れ合わない方が良いかもしれない。無駄な争いに発展することもあるだろうし。
しかし少なくとも俺とオルルはこうしてともに過ごす間柄だし、今後もこの繋がりを断ちたいとは思わないし断ちたくはない。
なら何故……。
「! ……もしかして過去、オルル……女王と『導師』との間で諍いみたいなものがあったのか?」
「「……っ!?」」
俺の言葉に、オルルとリモコの表情が強張った。
ああ、これは図星だったかと思えた瞬間である。
「……これがあくまでも先代のお話です」
オルルが粛々と語り出す。先代の『導師』の話を――。
逆行から始まる〝ざまぁ〟成り上がり人生 ~無価値と呼ばれ家を追放されたが狙い通り~ 十本スイ @to-moto
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