第113話 妖精の民

「もう大丈夫ですオリビアさん、すみません。ここまで運んでくださったようで」

「いや、そんなことよりも君が無事で良かった。倒れている君を見た時は度肝を抜かれたがね」


 何せ君の傍にあった墓場だった場所に大穴が開いていたのだから、と彼女は続けながら苦笑を浮かべる。

 そして当然一体何があったのかとオリビアは尋ねてきたので、


「あの大穴にモンスターがいたんですよ」

「何?」

「どうやら例の意識消失事件の原因はそのモンスターらしく、これがなかなかに強敵で。やっとこさ倒したところで」

「倒れてしまったということか。医者も尋常ではないくらい疲労が溜まっていたと言っていたが……」


 まあその疲労は負の感情による精神疲労ではあるが。


「とにかく大元はもうあそこにはいません。安心してください。もう旧市街に行っても倒れる者はいないと思います」

「そうか。あとは眠っている者が目を覚ませばいいのだがな。……いや、それよりも本当によくやってくれた。ただ一人で無茶し過ぎだぞ」

「すみません。助けを呼ぼうにも、あの穴に落ちてしまって逃げられなくなっていたんで」

「私こそ、君の窮地に駆けつけることができなくて本当にすまない」

「気にしないでください。これでクエストは終了ってことでいいんですか?」

「今の話を聞いて、もう一度事実確認をしてからだな」


 まあそれもそうか。俺の言葉が正しいなんて鵜呑みにするのは危険だ。ちゃんと事件の原因が取り除かれているか調べるのも必要なのである。


「今日はゆっくり休んでくれ。ソーカ様もご心配していたし、元気そうなら明日にでもホームに顔を見せて欲しい」

「はい、分かりました」


 彼女はまだ仕事が残っているということで、俺に挨拶をするとそそくさと去って行った。


 そして俺はその日の夜に、リモコと合流してからオルルが待つ【ユエの森】へと向かったのである。









「この度はアタシのようなものを迎え入れてくださり感謝致しますわ、イシルロス様」


 ……あれ? この子、誰?


 いや、目の前にいるのは間違いなくリモコなのだが、オルルと対面した直後に淑やかな感じになって、礼儀正しく挨拶をしていた。


 もっとこう陽気に、「アタシはリモコよ! よろしくしてあげてもいいわよ!」的な感じになるかと思ったが、これは意外だった。


「こちらこそ、アオス様がお世話になったようで、本当にありがとうございます」

「いいえ、『導師』のご誕生、誠に喜ばしいことでございますわ。アタシども『フヨンの民』もこの時代に巡り合えて嬉しく思っております」


 ああ……何だか身体がムズムズする。やっぱりあのリモコを知っているからか、どうにもこんな畏まった彼女に慣れない。


「なるほど、あなたは『フヨンの民』だったのですね。道理でそれほどの導力を持っているはずです」

「? オルル、『フヨンの民』って何だ?」

「ちょっ、アオス! アンタ今のそれ……もしかしてイシルロス様の真名なんじゃないでしょうね!?」

「へ? ああ、そうだが……」

「そ、そんな軽々しく呼ぶなんてダメに決まってるんでしょうが! この方は妖精女王様なのよ!?」

「いや、そんなこと言われても、許可はもらってるしな」


 俺の言葉を確かめるように、物凄い形相でオルルに顔を向けたリモコ。するとオルルはニコッと笑みを浮かべて「その通りですよ」と口にした。


「そ、そんな……『導師』といえど、まだ二十歳にもなってないガキなのに……!」


 確かにオルルの精神年齢や存在価値から考えると、おいそれと呼び捨てにして良いような存在じゃないかもしれない。


「ていうかリモコ、ようやくいつものリモコに戻ったな。俺はそっちの方が好きだぞ」

「なっ!? い、いいいいいきなりにゃに口説いてんにょよぉっ!」


 はて、口説く? ただ俺は素直に今のリモコの方が接しやすいと思っただけだが。


 しかし何故なオルルも頬を膨らませて俺を見ているし、妖精さんたちも「浮気―!」とか言いながら俺の頬を引っ張ったり突いたりしている。……どういうことだ?


「そ、そんな……好きとか……まだ会ったばっかだし? まあ『導師』と妖精は相性良いから、いずれはそういう関係になってもおかしくはないっていうか……」


 真っ赤な顔をしながらブツブツ早口で何かを口走っているリモコ。


 するとクイッと服を引っ張られる感触があり、見るとオルルが近くにいて、不安そうに目を潤ませて俺を見上げていた。


「ど、どうしたんだオルル?」

「アオス様……わ、私のことはお嫌いですか?」

「は? 一体何を……?」

「お嫌いですか?」

「…………大好きだぞ?」


 嫌いなわけがない。むしろ好きしかない。だって家族だと思っているんだから。

 俺の解答に満足したのか、オルルは満面の笑みを浮かべながら「えへへ~」と喜んでいる。


 また次に妖精さんたちも同じような質問をぶつけてきたので、同じように好きだと伝えた。


「うへへ~、アオスさんにスキっていわれちゃいましたぁ~」

「うふふ。これでケッコンですね。こどもはなんにんほしいですかぁ?」

「フハハ! やはりアオスにはこのわたしがひつようなようだな! しかたない! これからもずっとそばにいてやろう! ありがたくおもうのだな!」


 三人もまた先程とは違って上機嫌になっている。


「あ、あのオルル、ところで『フヨンの民』のことについて聞きたいんだが……」

「ふぇ? あ、ああそうでしたね! ……おほん。『フヨンの民』というのは、妖精族において三つに分かれた一族の内の一つなのです」

「三つに分かれた?」

「はい。『フヨン』、『オラク』、『メキア』。妖精というのは、この三つの一族のどれかに在しています」

「じゃあ……この【ユエの森】にいる妖精さんたちも?」

「はい。ここにいるのは『オラクの民』たちです」




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