終章 刀工と騎士の戦後
刀工と騎士の戦後
赤く熱せられた鉄に、鉄鎚を振り下ろす。
カンッ、と甲高い音が響き、火の粉が散る。
腕を伝った衝撃に、ギレイは成功を確信。赤く染まった鉄を、水を溜めた桶に浸した。じゅぅーという音を聞き、一息ついた。
何となく、天井を見上げる。お世辞にも綺麗とは言えない、廃材利用そのものの、少しボロい天井――自分の、森の中にある鍛冶小屋だ。
ギレイは口元を緩めた。
(ハサンに借金、返したからな~直せないな)
返さなくていいと怒った、親友の顔を思い出す。
(ルーさんにも、なんか、怒られたけどなぁ~)
工房を出る意味と利益は何だ、と問いつめてきたルーキュルクを思い出し。
(でも、僕はここがいいんだ)
この小さな鍛冶小屋は、自分に似合っているようにさえ思った。
鉄床に火ばさみと鉄鎚を置く。一息つく。水でも飲もうかと立ち上がりかけて、ふと、鉄床の台となっている切り株に、触れた。
「……」
切り株にかけてあった、不出来な指輪を手にして見つめる。彼女に渡さなかった不出来な指輪だった。あれから、彼女を見送った日のことが、ずいぶんと遠くに感じられる。
「――」
思い出に浸りかけた時だった。
ふと、鍛冶場の木扉が気になった。
懐かしい、酷く懐かしい感覚に、ギレイは思う。
(やっとかぁ~待ってたよ)
思って、根拠もないのに――そう思って、ギレイは慌てて不出来な指輪を鉄床に置く。そしてまた慌てて、切り株にかけてあったもう一つの指輪を手に取る。
「……うん」
あれから修練を重ね、銀細工師もやってたりする。彼女に、相応しい指輪だと、確信してもいる。
「やっと、この指輪を渡せるぞッ!」
我慢できずに叫んでしまった――木扉の向こうで、笑い声がした。
久しく、麗しい、彼女の声だ。
(しまった……バレた)
きっと全て彼女にバレた――でも、良いと思うのだ。彼女の笑顔を出迎えられるのだと身体中が幸せを感じているのだ。
バレてはいても、もう渡してしおうと思った――だって。
(やっと――僕は)
「やっと、この指輪を渡せるぞッ!」
鍛冶小屋から響き渡る彼の奇声に、ミシュアは笑ってしまった。
だから、戦争の記憶を一時、忘れられた。
彼の剣があっても、戦場は――どうしようもなく、ただの殺し合いでしかなかった。
彼の剣が支えてくれなければ、身体が、心が壊れていたはずだった。どころか、戦争に勝ても、した。だから、本当は城塞都市へと凱旋しなければならないのだ……が。
(いや、今は……今だけは戦争を忘れよう)
だって、約束通りに――彼の信頼に応えて、今、ここに居るのだ。
戦争から生きて戻った――彼のところに帰って来られた喜びに、全身が満ち溢れているのだから――木扉に手をかける。
(……ふふっ、)
どうやら指輪をくれるらしい、彼を想う。
ようやく、想うことを許されて。
(わたしはやっと――)
愛している、と言えるんだ。
戦場に行くキミのために、僕は剣を鍛え上げる クロモリ @wakawak
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