534話 女子旅 part2 ⑯ (ドワーフ村 / 討伐隊)
銀狼亭を出たイシルとランとラプラス。
「ハンバーガー食いに行こうぜ、古竜」
ラプラスをバーガーウルフに誘うランに イシルがやんわり注意する。
「そろそろ警備隊の職務に戻らなくてはいけない時間じゃないんですか?ラン」
ランはまだ勤務中で、昼休憩は終わりのはずだ。
「大丈夫、この後は村の巡回だけど、
バンっ、と ランがラプラスの背中を叩いた。
「うむ、よかろう。真実を見極める為だ、同じ釜の飯も食った事だし、力を貸そう」
真実を見極めるって、ハンバーガーの?
同じ釜の飯って、食堂にいた全員ですよ?
力を貸そうって、そんな事のために 神の目″千里眼″の力を使うと?
呆れるイシルをよそに、ランとラプラスは連れだってバーガーウルフへ行ってしまった。
(まあ、あの二人が行けば女性客が増えるからいいか)
今日はアイリーンとヒナのかわりに、ヒナの従魔ジョーカーが召喚した『狂った帽子屋マッド』と『三月ウサギのマーチ』が店に出ている。
マッドのおかげで今日は女性客が多かったが、あの二人が行けば さらに、ドン!
女性客が増えれば男性客も寄ってくる。
イシルは二人はほっといて、森の家へと帰って行った。
森の家に着くと、イシルはキッチンへと向かう。
晩御飯の準備だけしておこう。
(さて、サクラさんは食べてくるだろうけど)
カトレアまでの旅で疲れて帰って来ることだろう。
疲れるとサクラはお味噌汁を飲みたがる。
ランには肉でも焼くとして(←テキトー)、サクラには軽くつまめるものを用意しておこうか。
(しかし、古竜もサクラさんに執心とは、、)
イシルは先程のラプラスとランの会話を思い出しながら保冷庫を開ける。
獣魔になって 傍にいたかったラプラス。
サクラと 心の繋がりが欲しかった神の使い。
(サクラさんは自分はモテないと思ってるから厄介だな……あれ?ネギ、なかったっけ?)
ネギはよく使うので切らしたことがないのだが、思い違いか?
イシルは不思議に思いながら、寝かせてある肉塊を手に取った。
きめ細かく柔らかいリブロース。
(はぁ……)
肉を持ち、少し憂鬱な気分でまな板の上へ置く。
古竜ラプラスを外へ連れ出したのはサクラだ。
ラプラスは自らサクラに名を教え、サクラ以外はラプラスの名前を呼ぶことすら出来ない。
それを考えれば、ラプラスが当然サクラに好意を寄せている事がわかる。
ラプラスはこの世界の監視者。
視ているだけで、この世界の者とは深く関わりを持たない。
だけどサクラはこの世界の人間ではない。
もしかしたら、サクラはラプラスが深く関わっていい唯一の人物なのではないのか?
(ただ面白がってるだけだと思ってたのに、ライバルだったとは……)
イシルは 包丁を持つと、すうっ、と、肉に刃を入れて3センチほどのステーキの厚さに切り分ける。
霜がおりたような白い斑点模様になっている上質霜降り肉だ。
ステーキは2センチ以上の厚切りがいい。
外はこんがり焼けて、中は美しいピンク色。
少しレアな状態が、肉の脂肪が熱で程よく溶け、お肉自体が柔らかく、旨みとコクが引き出されて ジューシーになる。
そりゃあラプラスはサクラの心配はしないだろうと イシルは思う。
四六時中見たいときにサクラが何してるか視れるんだから。
そう言えば風呂も……(←367話)
イシルがダンッ、と、まな板の上の肉塊に八つ当たり。
スパッと肉に線が入る。
切れていないようで、切れてるんです。
切れ味よすぎて切られた肉塊の方は気づいていないようですが。
サクラとのイチャイチャは見せつけてイイとしても(←?)
風呂は駄目だ!
結界を強化してからは無いと言っていたが、たんこぶ1つですませるんじゃなかった……(←同じく367話)
″キラッ″
(あれ?)
肉塊に八つ当たりしていると、キラリと星の瞬きのようなものが保冷庫のそばで きらめいた。
イシルは、保冷庫を開けてみる。
(味噌の壺が、無くなっている……?)
″キラキラ……″
そう思っていると 今度は野菜かごの近くで 銀色の光。
(サクラさんの魔法だ)
見ると、常備惣菜のキンピラを作るために置いておいたゴボウがなくなっていた。
そして――
″キラッ、、ひょいっ″
そのまま野菜かごの中を見ていると、銀色のきらめきと共に、むっちりお手手が現れて、イシルの目の前で 生姜を掴み、ひゅっ、と 消えた。
「……何やってんだ、あの
カトレアに着く前にお腹へって野営でもしてるのか?
しばらく見ていたが、サクラの手はそれから現れる事はなく、イシルは再び肉へと向かう。
(サクラさん……)
朝食が足らなかった?
重力魔法を使ってスターウルフに乗ったから疲れてお腹へっちゃった?
僕がいなくて、ちょっとは寂しく思ってくれてる?
……気になる。
ヨーコがついているから心配はいらないだろうが、気になる。
ラプラスに何と言われようが、気になる。
気にするなと言われても、気になる!!
「……あ」
そんなこんな考えながら、ふと、手元を見ると、極上ステーキ肉が いつの間にか細かく刻まれていた。
◇◆◇◆◇
「旨いっ!」
イシルの心配をよそにニュクテレテウス(たぬき)の討伐隊に加わったサクラ。
サクラの手直ししたしし汁をひと口すすり、ハイドンが唸った。
「なんだ、これは、初めての味だが、旨いな!」
「『味噌』です。豆と麦を発酵させて作る、ジパングの調味料ですよ」
森のイシルのキッチンから拝借した味噌と食材です。
「ふわっと柔らかい味で、なんだかホッとするなぁ~」
本日の料理担当ミケーレも感動している。
(そうか、サクラはこれでイシルの胃袋を掴んだのか)
と、ハイドンがそう思いきや――
「このたありにはない調味料でしたが、イシルさんがオーガの村に製造所を作ってくれて、今はオーガの村で味噌ラーメンが食べられますよ、是非食べに行ってくださいよ」
「イシルが?」
「はい、イシルさん、料理上手なんですよ~」
うふふ///とサクラが笑う。
どうやら胃袋を掴まれてるのはイシルではなくサクラのようだ。
しかし、うまい。
待機中ではあるが、戦地だというのに手が止まらず、ハイドンはしし汁を口にする。
″はふっ、あむ、、″
ノシシの肉は煮込めば煮込むほど柔らかくなる。
サクラが魔法を使い、鍋の時を進めたおかげで、イノシシの肉は ほぐれる感じで柔らかく、優しい口当たりになっている。
それをこっくりと包んでいるのが『味噌』だ。
″コリッ、もぐっ″
優しい味の中に、素朴な、田舎臭い味がする。
少し土臭いような、でも、イヤな香りではない。
これは、ゴボウの味。
料理に木の根を入れるのかと驚いたが、しし肉とも味噌ともよく合う。
どっしりとしたゴボウの味わいが土台となり、地に足がついたベースとなっている。
大地の香りだ。
少し歯応えがあり、繊維質な食感も、いい。
″しゃくっ″
(んっ!?)
ゴボウと似た食感の、ぴりりとしたこれは、なんだ?
「あ、生姜、辛かったですか?」
「ショウガ……」
「本来は細かく刻んだり、すったりして入れるんですけど、肉のニオイいが強いので厚めに切ったんですよ。私はこの食感と生姜のぴりっと感が好きだし、合うかなと思って……」
「合う!合うよ、サクラ!」
ハイドンではなくミケーレが賛同、絶讚する。
しし肉は精がつき、それだけで体が熱くなる。
更にショウガの効果で体が火照り、元気が出る。
野営にはうってつけだ。
ハイドンは大満足で食べ終わり、感心してサクラを見た。
サクラはまだ食べている最中だ。
「はむん、、もぐっ、、もぐっ」
(しかし、旨そうに食うなぁ、サクラは)
「んぐっ、ふふっ///」
(旨そうに、、というか、幸せそうだ)
「はぐっ、、あむっ、、むふっ///」
まるで、恋人と戯れているかような微笑みを浮かべ しし汁を食べるサクラ。
「ずずっ、、んぐっ///ごっくん」
ほんのり赤く上気した顔、
うっとりと潤んだ瞳、
濡れたくちびるから漏れる――
「んっ///ふはぁ」
甘い、吐息。
(はっ!?)
いつの間にかサクラの食べる姿に魅入ってしまっていたハイドンが我に返った。
ミケーレを見ると、しし汁を食べる手が止まり、ボーッとサクラを見つめている。
(これは、、イカン!)
ハイドンは思わず自分の背にサクラを隠した。
(これか、これにやられたのか、イシルは!!)
サクラを隠したハイドンは、ゴツンとミケーレの頭に拳骨を落とす。
「何をボーッとしてる!ミケーレ!食事の最中も気を抜くな!戦地だぞ!」
「す、すみません、ハイドンさん」
「食事の最中もゆっくりできないなんて、大変なお仕事ですね、お疲れ様です」
サクラは気づかず呑気にそんな事を言ってくる。
「う、うむ」
「あ、そうだ、私、皆さんにしし汁配ってきましょうか?」
「いや、そんな事せんでも……」
「私に出来ることはそれくらいですから。それに、お腹がすいてたら力なんか出ないですよ」
そう言いながら、しし汁を器によそい、盆にのせ、ちゃかちゃかと配膳していく。
ミケーレもサクラを手伝って 一緒に配り出した。
(気がきくな。そして、優しい心の持ち主だ)
ハイドンは、イシルがサクラを選んだ理由がわかる気がした。
異世界(に行ったつもり)で糖質制限ダイエット 金目猫 @kinme96
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