第29話 遠き雷鳴
——— 十二年後 ———
風が流れる、景色が飛ぶ。あの時と同じように。
父の面影は薄らいでいるけれど、あの時、見上げた父の顔は、真っ直ぐ遠くを見つめていた。
そして、あの時、
「エレサ、しっかり、つかまっていろよ」
と言った優しい声が、今でも耳に残る。
あの時、
「エレサは、何故、馬が好きなんだ? 」
と聞かれた様に思う。
今なら、
「風が呼んでいるから」
と応えると思う。
◇ ◇ ◇
「…… 姉上 ……」
とナントは、馬で疾駆しているエレサを追いかけた。
「ふー、やっと追いついた。姉上、母上が呼んでるよ。エルメルシア王とその王弟がお着きだってさ。正装して謁見の間に来いって探しているよ」
とナントは馬上で、少し息を切らしていた。
「エルメルシア王には会ってみたいけど、謁見は嫌だな。ナントが代わりに出てよ」
と、エレサは馬に乗りながら馬の首をさすった。
ナントは、眉をひそめて、
「そんな事と言うと、また、母上からお小言もらうよ。それに僕は、まだ、正式な謁見の場には出れない年齢なんです」
するとエレサは、
「うーん、面倒くさい。あのチャラチャラした服に着替えるのが、特に面倒くさい」
と馬を並足にして、ナントの少し前を歩いた。
「姉上 …… 」
とナントはいつもの事ながら、姉の男勝りな所にあきれた。
すると思い出したように
「王弟? ジェームズ? …… ジェームズ・ダベンポート。 アルカディアで聞いた事があるわ。確か錬金術の大天才とか言っていたわね。あまり興味ないけど」
と並足を少し止めて、ナントに振り向いた。
「他に、いなかった? 」
「二人従者がいましたが、名前は知りません」
「あら、ナントもアルカディアに行っていたのに知らないの? アーノルド・カバレッジとシェリーよ。もの凄い武術の達人で有名よ。この二人には会ってみたいわね」
と言った後、何か考えを巡らし、
「分かったわよ。じゃあ行ってくるわ」
とエレサは、馬をダッシュさせた。
「ああ、待って、僕も、王宮まで行くから」
「遅いわよ、ナント」
———微かに雷鳴が轟くなか、少し冷たい風がエレサの頬をかすめる。エレサは父と同じように真っ直ぐ遠くを見つめて駆けた———
聖教会と死霊魔法 ー娘と家族を愛した王の物語ー 完
聖教会と死霊魔法 ー娘と家族を愛した王の物語ー 村中 順 @JIC1011
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