第28話 王都騒乱(4)
「あの魔法陣は何でしょうか? 」
とサスリナは、教会の窓から僅かに見える空を見上げて呟いた。
「死霊魔法じゃ。我らも詳しくは分からん」「からん」
と最高司祭は、空を見上げることもなく答えたあと、
「…………」
双子の聖霊師は、お互いの顔を見合わせて黙り込んだ。
そして、声を上げて、
「サイモン、生き残っている者達、すべてを教会に集めよ」「めよ」
と命じた。
さらに、
「メリルキン! メリルキンはおるか? 」「るか?」
と、二人同時に周りを見回しながら、メリルキンを呼んだ。
「ここに、参上致しました」
とホモンクルスで、最高司祭の従者をしているメリルキンがお辞儀をして立っていた。
「ふむ、我らを聖廟の大扉の前に運ぶのじゃ」「じゃ」
と矢継ぎ早に指示を出す。
「最高司祭様、何が? 」
とサスリナは、何時になく聖霊師が慌てているのを見て、疑問を口にした。
「聖フレイから啓示があったのじゃ。詳しいことは、後じゃ」「後じゃ」
とメリルキンの両脇に抱えられた双子の聖霊師が答えた。
「急ぐのじゃ」「じゃ」
とメリルキンを杖で小突いて急がせた。
メリルキンは、聖壇の裏手の小さな扉を足で蹴破り、長い階段を二人を抱えて走り降りた。
◇ ◇ ◇
「さてもじゃ、サルモス殿、エレサとナントはどちらじゃ? 」
とオクタエダルは聞いた。
オクタエダルは、狂信者達が立っている地面を液状にして、首だけを残して地面に埋めた。
「奥の方にいらっしゃるかと。此方です」
と言いつつ、駆け出して行った。
エレサの悲鳴が聞こえて来て、心配になっていたサルモスだが、狂信者達の対応に戸惑っていたのである。
森を抜け、林を抜けた二人は、エレサとロッテを介抱しているロキアとミキア、それにエレサを心配そうに見ているナントを見つけた。
「おおお、ご無事で …… 」
とサルモスは、緊張と心配から一気に解放されて、その場に座り込んだ。
「ナント、良く、お姉ちゃんを守ったな。偉いぞ。ふむ、偉い子じゃ」
とオクタエダルは、ナントを抱え上げて褒めた。
そして、ロキアとミキアに向き直り、
「其方達も
と既に分かっているかの様に質問した。
———ミキアもロキアも次の最高司祭である。現在の覚醒したミリー、レミーほどではないにしろ、人の心を読む力がある———
「はい。いらっしゃいました。最初は驚きましたが。そうなんですか。勇者エストファのお導きですか」
とミキアは答えた。
「そうじゃ、で、成功したか? 」
とオクタエダルは聞いた。
「はい、大丈夫なご様子です」
と今度はロキアが答えた。
「ふむふむ、黙っていろと言っていたじゃろ? 」
「はい、そのように仰っておりました」
横で聞いていて、何のことだかさっぱり分からないサルモスは、キョトンとしていた。最高司祭とミキア、ロキアの会話も分からないが、オクタエダル先生との会話も、さっぱり分からないサルモスであった。
「サルモス殿、急がすとも、そのうち分かるだろうよ」
とオクタエダルは、鼻に掛けた丸眼鏡の上からサルモスを見て、そして諭した。
オクタエダルは、寝ているエレサに近づき、
「儂の弟子達と供に次代を担う者になるじゃろう。辛い道のりかもしれんが、勇者が認めた子じゃ」
と額を優しく撫でた。
そして、横にいるナントに向き直り、
「其方もじゃ」
とほっぺたを指で優しく突っつくと、周りに空気壁を作り、
「しばらくの間、持つじゃろ」
と言い残して、また、王宮の方に飛んで行った。
◇ ◇ ◇
ミリーとレミーを、大扉の前に下ろしたメリルキンは、
「お嬢様方、先ほども大魔法を発動されましたが、お体の方は大丈夫ですか」
と二人を気遣って聞いた。
「今は、そのような事を言っている場合ではあるまい。例え我らの魔力が尽きようとも、せねばならぬ」「ならぬ」
と答え、
「良いか、誰も入れてはならぬ。お主もじゃ」「もじゃ」
とメリルキンを杖で突っついて、追い出した。
そして、ミリーがレミーに
「レミー姉さん、始めましょう」
と言い、
「そうですね」
と答えた。
二人は大扉の方に向き直り、
「お待たせ致しました」「した」
と言ったあと、互いに向き合って座り、呪文を唱え始めた。
◇ ◇ ◇
「む。あれは、フレイの奴の祈祷! 」
と大転魂の祈祷の最中のサライが呟いた。
———サライの魔法陣の下側に大きな花びらのような魔法陣が現れた———
「フフフ、ハハハハ、フレイ、お前の魔力が殆どないことは知っているぞ。お前への信仰の力が少なくなっているにも拘わらず、一方的に慈愛を与え続けてきたからな。これは、下部の祈祷だろ? 何処まで持つか試してやろう」
とサライは、呟き、そして祈祷を続けた。
王宮にいる人属に異変が起き始めた。如何ともしがたい頭痛に続き、身体から力が抜けていく感じがし始める。
「ううう、これは何」
とサスリナは、椅子に座り込み、最早動くことができない。見回すと兵達も聖職者達も、床に座り込み、頭を抱えている。
一方で、ミリーとレミーは、必死に聖フレイからの啓示に従って、古い祈祷でサライの大転魂の祈祷に対抗した。
◇ ◇ ◇
数本に分かれていた針のような霧は、落馬したグレンめがけて集中して襲ってきた。間一髪で転がって避けたグレンだが、まだ立て直しができない。
「陛下! 」
とアイスメイルは馬首を巡らせて、グレンを助けるために黒いローブの『本』めがけて突撃を試みる。しかし、後少しの所で、馬ごと跳ね飛ばされた。
「アイスメイル、この私に勝てると思っているのか? くくく、試してやろう」
と漆黒のローブの『本』はガリー女史の声で侮蔑した。
そして、グレンに集中していた霧は、今度はアイスメイルに向かって殺到し、いたぶるように、足や手を少しずつ傷つけていった。
◇ ◇ ◇
「良いわ、今よ! 発射して」
とシークは声を上げた。
弩弓の前に、矢の速度を上げるための三重の魔法陣を作った。弩弓から発射された、木の棒のような矢は通常より数十倍の速度に達し、漆黒のローブめがけて、一直線に飛んで行く。
飛来した矢に気づいたガリー女史は、
「幾ら飛ばしてもむだだ」
と、また、飛んできた矢を止めるために手を前にだした。
しかし、その矢は止まることなく、手のひらを突き抜けて、胸に刺さった。
そして、漆黒のローブのガリー女史は、声を上げることなく、砂が崩れ去るように、消えていき、杭が刺さった『本』が地上に落ちた。
すると、サライは
「グルカ、ぬかったな」
と一言言い、
「まあ良い、王宮の奴らの皮を使って、また作ってやろう」
とさらに呪力を強めた。
王宮上空のサライの転魂の祈祷は明らかに強くなる。
そこへ、剣に持たれて立ち上がったグレンが、
「貴様、王宮に手を出すな! 」
とサライに向かって剣を振り下げた。
しかし、
「そんなものが、効くと思っているのか? 」
とサライは全く動じることなく、祈祷を続けている。
聖素が多いはずのシン王国の剣を幾ら振り下ろしても全く効かない。確かに切りつけているはずだが、サライの身体はすぐに修復してしまうのだ。
そして、
「五月蠅いな」
とサライは指一本動かさずにグレンを吹き飛ばした。
「ほう、魂が剥がれないか。中々強い信念を持っているようだな」
とサライは、祈祷をする一方で、半透明の顔を向けて喋りかけた。
すると、グレンは、また、外からの圧力ではなく、身体の中が先に吹き飛ばれる錯覚を覚えた。
”王よ、杭を取れ! そして、それを突き刺すのだ”
とグレンの頭に中に何者かの声が響いた。
”陛下、杭を握って”
と声が響いた。
そして、
”我が末裔、グレンよ、杭をとれ”
とまた響いた。
吹き飛ばされ転がったグレンの指先に、本に刺さった杭がある事に気づいた。
それを何とか握りしめ、そして、杭を腹の辺りでしっかりと持って、サライに向かって突進した。
サライの半透明の顔がグレンに向いて、
「何度やっても無駄 ……」
と言い、先ほどよりさらに強い力でグレンを吹き飛ばしたが、
「む」
と大転魂の祈祷を止めて、腹の辺りをサライはみた。
杭が刺さっている。
「これは、封霊杭」
と呟くと、淡く光る手が、一つ、二つ、三つと現れて奥へ、サライの身体の奥へ封霊杭を押し込んで行く。
「エストファ! 貴様」
とサライは叫んだ。
そして四つ目の淡く光る手が現れた。そこには、手だけではなく、グレンの姿があった。
”我が王家に手を出すことは許さない”
と言うと淡く光るグレンも杭をサライに押し込んだ。
サライは、大きく口を開けて、叫び声を上げた。
そして、封霊杭に吸収され始めた。
始めに、ロージの身体が縮み始め、紙をクシャクシャと丸めた様になると、血の一滴も残さず、封霊杭の中に消えた。
しかし、サライはロージから出て、逃れようともがき、這いずりまわる。
下半身は杭に吸収され、上半身で辺りの建物や、死体にすがった。
そこへオクタエダルが光る雲に乗りやって来て、八芒星をグレンとアイスメイルの身体に描き、体重を軽くして抱えたが、
「むむむ、王よ、間に合わなんだ …… 」
とオクタエダルは、無念の顔をして目を瞑りながらも二人を連れ出した。
サライのもがきは一層激しくなり、周りの物を道連れに引きずり込み始めた。建物は優に及ばず、橋の一部までつかみ、そして壊していく。
「い や だ …… 」
と断末魔の声を上げたサライだが、ついには完全に封霊杭に吸収された。
◇ ◇ ◇
”エレサ、お前が無事で何よりだ。辛い道を歩むことになるかも知れない。でも、これからはお前の時代が来るだろう”
”サスリナ、済まぬ。エレサを、ナントを、王家を、シン王国を頼む”
”ナント、健やかに育てよ”
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