第27話 王都騒乱(3)
「エレサに何かあった」
とサスリナは、顔を青ざめて叫んだ。光が教会の窓に差し込んだとき、エレサの声が聞こえた。
もはや、王妃の冷静さはなく、
「すぐに高速艇を用意して」
サイモンに命じて、竜の森に行こうとする。
しかし、サイモンは、
「お待ちください。今、王妃様が指揮を執らねば、この城は持ちません。全員があのサライの術に恐怖しております。兵の心が折れないのは王妃がおられるからでございます」
と懸命に諫めた。
「エレサ ……」
と呟き、少し冷静さを取り戻したサスリナは、
「サイモン、救援を出して欲しい。今、兵が少ないのは分かっている。しかし何とか」
とサイモンに懇願した。
「今は兵はさけぬ。ましてや王妃殿は、王が不在であれば、ここの指揮を執らねばなるまい」「なるまい」
と最高司祭のミリーとレミーが近づいてきて諫めた。
そこへ、
「王妃よ、儂が行ってこようぞ」
と一緒に来たオクタエダルが近づいてきてサスリナの言葉に応えた。
「大丈夫じゃ。エレサもナントも生命の声はしっかりしておる」「しておる」
と今度は、優しく安心させるように語りかけた。
「ニコラス、最大の危機は風竜妃殿のご尽力で回避しておるようじゃ」「ようじゃ」
と今度はオクタエダルに向かって話し、
「しかし、まだ、狂信者が残っておる。サルモスが奮闘しておるが、助けに行って欲しい」「欲しい」
と付け加えた。
「心得た。しかし、サライはまだ、諦めんじゃろうな」
とオクタエダルは最高司祭に向かって答え、うなずきあった。
◇ ◇ ◇
「があああ」
とサライは、苦悶の声を上げた。
森の一部が光りで覆われたとき、サライの左目からも強烈な光が出てきた。
風竜が仕組んだ事と勘違いしたサライは、
「風竜め、何をやった? 」
と訳が分からず、左目を押さえて悪態をついた。左目は、そこには窪みしかない。
「ふん、私の左目を奪って、逃げたか。それで勝ったと思うのか?」
とサライは言い、近くにいた狂信者の一人に掌を向けて、
「目をよこせ」
と言った。
その狂信者は何のことか理解する前に、目玉が飛び出て、血を噴き出し倒れた。狂信者の左目を自分の窪みに入れて、祈祷するとその左目はサライの物となった。
「くそ、また逃げた。こうなったら、王宮のすべての魂を頂く」
左目を取られた腹いせに、王宮の人属から魂を抜く為の祈祷を始めた。
◇ ◇ ◇
森が光った。
そして、サライの目から光がでた。
そして、エレサの助けを呼ぶ声が聞こえた。
「サライ、貴様、エレサに何をした? 」
グレンは、歯ぎしりしながら怒りを乗せて声を出した。
遠目の魔法具で、そのサライをみると王宮に向かって両手を広げている。そして、王宮、いや、聖島全体を覆うような巨大な魔法陣が現れている。その魔法陣は、最高司祭様やオクタエダル先生の様な精密な幾何学模様ではなく、奇妙な文字のような模様や動物のような象形が現れた魔法陣だった。
「サライ、我が王宮に何をするつもりだ? 」
と今度は、心配と恐怖が心の中に宿った。
「師団長、腕の立つ長距離弩弓隊を用意させろ。聖水ではなく、普通の火矢にするのだ。まずは、あの黒いローブの奴を倒す」
先ほどから、黒い霧に翻弄され、大きな損害を挽回するためにも、先ずはあの黒いローブのガリー女史、いや『本』を焼き払う必要がある。
そう、相手は魔族ではなく、死霊魔術法典という『本』なのだ。シーク先生によると、もともと、サライの死霊魔法の呪文は、配下のアンデッドの皮膚に書かれていたが、その皮膚を剥がして、ページにし、一冊にまとめたのが、あの死霊魔術法典らしい。あの法典には、法典自体が魂を吸い取る呪文が組み込まれていて、読み手は知らずしらすのうちに、魅了され、魂が吸い取られるらしい。そして多くの魂を吸収した本は、それ自体が、主人、サライの復活のために人を利用し始めたと推測していた。ガリー女史は、誰かにあの本を読むように仕向けられたのではないかと言うことだ。
「いいか、奴は私を狙う。弩弓隊の準備ができるまで、私が引きつける。私と供に駆ける命知らずの者はついてこい」
と騎兵達に号令した。黒い霧が私を追い回しているところを見ているアイスメイルも、今回は否とは言わなかった。
その代わり、
「陛下、私も騎乗すること、お許しください」
と何時もの三角帽を胸に当てて、お辞儀をしながら許しを請うてきた。
アイスメイル …… 何時も聖霊師や聖職者を『表の方』と呼んで悪態をつき、魔族を思わせるような風貌には不気味さも感じていた。もともと、先王の命令で異端審問官になり、ガル湖の一件では、先王や小さな私を救った実績がある。それが認められ、若くして長官になったが、今や、頭頂の禿と白髪が目立つ老人になった。今回のエレサの件に始まる一連の事件で、最初はこの男を疑っていたが、この数日で本当の心根が見えた感じがする。
「許す。余の背中をお前に託す」
と私が即断すると、心なしか、喜びに震えている様に見えた。
騎馬隊の指揮官の後ろは副官であり、背後を守るだけではなく、指揮官の手と言葉の短い指示を、声を出して隊全体に的確に伝える役目を負っている。アイスメイルは、異端審問官でありながら、馬術に秀でていることは知っていた。あの年齢で、今でも其処らの若い伝令にひけを取らない速度で乗りこなしているのである。
異端審問官か。本当は教会の組織だが、各国にある諜報部門の任も負わせているな。改善の余地があるところだ。それにアイスメイルは近衛の方が向いていたのかも知れない。
そして、私は、
「皆の者、シン王国騎馬隊の縦横無尽な走りを見せつけてやろうぞ! 」
私は、手で合図を出すと、数十騎が、大門を駆け抜け、大通りを魚鱗の陣で疾駆し始めた。
騎馬には決して広くはない道を、乱れずに疾駆するには相当の技量が必要である。
黒い霧が大きく旋回して、前方からやってくる。やはり私に一直線に進んできた。騎馬隊はまさに接触直前で左右に分かれ、霧を躱す。そして、一方が後ろにつき、長蛇の隊列に変化する。
後ろに抜けた霧は、上空に一度上がり、騎馬全体を覆い尽くすように広がって降りてくるが、私は騎馬を蜂矢の陣に近い形に変化させて、構わず突進する。
霧が我々に到達するのが早いか、我々が敵に到達するのが早いか。
魔法使いは術を使っている間、集中するため動きが鈍い。もし、逃げるために動くと術が途切れてしまうのだ。
「突撃! 狙うはサライ」
と声を上げて牽制した。サライは、『本』の主人だ。今、サライも術を掛けている最中で、無防備に近い。
すると、霧は広がるのを止めて、針のように細くなり、先頭の私を狙ってきた。
「左右に広がれ」
と合図を送り、中央が開いた。
そこに後ろから、弩弓から発射された火矢が一直線に『本』の奴に向かって飛んで行った。
’やったか’
私は、馬を返しながら横目で、『本』の奴を見た。
しかし十数本の火矢は、左手を前に掲げたグルカの前で、すべて停止していた。
「私を見くびっているだろう」
と井戸の底から響く声が大地から聞こえ、火矢は地に落ちた。
「ちっ …… 全軍返せ、突撃隊形」
と舌打ちをしたあと、再度突撃体制にするべく、集結させ今度は本当に突撃に移る。
しかし、針のようになった霧は、十数本に分かれて、騎馬兵の心臓に突き立っていった。
周りの騎馬がドカドカと馬ごと倒れていく。
’アイスメイルは? ’
と後ろのアイスメイルが気になった。
「陛下、後ろはお任せください」
と声が聞こえた。
そして、『本』の奴に剣先が届くと思ったその瞬間、馬の速度が突然落ち、私は前のめりになり投げ出された。鋭い針のようになった霧が馬の心臓を貫いたのだ。
’くそっ’
と思ったときには大地が自分の顔の前に近づき、咄嗟に受け身を取る。
衝撃で、息が出来ない。目が眩む。目の前には、仮面にローブの『本』が立っている。
◇ ◇ ◇
「弓手殿、これを、私が合図したら、ローブの化け物に向けて打ち出してください」
とシークは一人の弩弓手に木の棒を渡した。
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