第26話 王都騒乱(2)
———王宮でサライの狂信者達が反乱を起こした頃、対岸に逃れたエルサにも危機が迫っていた———
「真の聖霊に命を捧げます」
と従者と兵士達の半分が反乱を起こした。
「貴様ら、聖フレイを信奉しながら、この狼藉はどう言うことだ? 」
とミキアが、怒りの形相で、長い杖を向けて詰問した。
「フレイ? あれは偽物だ。本当の聖霊は、サライ様だ」
と叫び、兵士の一人が斬りかかってきた。
あまりに唐突に狂信者達は、さっきまで会話をしてた仲間達を殺し始めたのである。特に聖職者は真っ先に襲われ、疑問の顔のまま理由も分からず死んでいった。
「ミキア殿、ロキア殿、エレサ様とナント様をお守りしてください。私はこの不埒者どもを成敗致します」
サルモスは、エレサを負ぶっていながらも、ロキアに斬りかかってきた兵士の首を一刀のうちに切り捨てた。そして、エレサをロキアに渡し、四人の前に立ちはだかった。
「お前はどっちだ? 聖フレイの加護を受けたいのか? 」
と聞きまくった。
「聖フレイの加護があらんことを」
と答えた兵士達はサルモスの横につき四人を守る。しかし、サルモスはこの時、愕然とする。
「十人 ………… 以下」
使用人ならいざ知らず、生き残った兵士のうち、味方は、わずか八人だった。
それでも、サルモスは奮起し、
「ミキア、ロキア殿、奥へ、奥へお逃げください」
と叫んだ後、倍以上の反乱者を前に死ぬ覚悟で対峙した。
◇ ◇ ◇
「ちゅごちゃま、おねえちゃまをおもまりくだちゃい」
とロッテに抱えられたナントが小さな声で呟いた。
すると、ロッテが、
「大丈夫ですよ。聖フレイと勇者エストファが守ってくださいます」
と息を切らしながら答えて、
「お下、少し我慢してくださいね」
と付け加えた。
サルモスの防御を迂回して、狂信者の何人かが、四人に迫る。
ミキアとロキアは満身創痍になりながらも、二人の子供と初老の女性を守って森を逃げた。
「ロキア、三人を頼む」
とミキアは、杖を使い周りの木々の成長を促し林の壁の様にして、追跡者を阻んだ。
「ちっ、聖霊師は人属の狼藉者には、この位しかできない」
ほんの少しの時間の足止めは出来たが、敵は火を放ち、林を切り開き進んでくる。そして、ついに囲まれた。
「真の聖霊に命を捧げます」
と口々に言う様は異様だった。その言葉を発しながら、次第に囲みを狭めてくる。
ロキアはエレサを背負い、ロッテはナントを抱いてしゃがみ込み、ミキアは杖を構えて、さらなる抵抗を試みようとした。
その時、囲みの一角から悲鳴が聞こえ、狂信者たちが何者かに吹き飛ばされた。
”我の森で狼藉する者、人属であっても許さん”
と強烈な思念が、敵味方関係無しに頭の中に鳴り響いた。狂信者達は一瞬おののいたが、すぐにその者に斬りかかった。
そして、牙と巨大な目を持ったその者の長い尻尾が鞭の様にうなり、挑みかかった狂信者達は吹き飛んだ。残った狂信者達は、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「狂信者の次は、竜」
とミキアは困惑して呟いたが、後ろのロキアの背中から、
「風竜、またしても、邪魔立てするか」
と声がした。
ナントが状況が良く分からないのは勿論だが、ロッテも、ミキアもロキアも、何処からその声がしているのか、最初は信じることが出来なかった。
ロキアは自分が負ぶっているエレサの方に首を回して、
「エレサ …… 様? 」
と声をかけた。
すると、
「下ろせ、フレイの下部! 」
とその声が響き、ロキアは背中に強烈な衝撃を受けて吹き飛んだ。
ミキアが、ロキアを助けお越して、そこに見たものは、左目全体が瞳のような黒い目で、異様なオーラを放って立っているエレサだった。
◇ ◇ ◇
「どうした、サライ」
とグルカが、虚空を見つめているサライを不審に思い聞いた。
「風竜の奴が、また、しゃしゃり出てきた。あっちの森だ」
とサライは、竜の森に方角を示して答えた。
森の方を睨み付けながら、
「グルカ、後ろの軍を何とかしろ。今度こそ、風竜の魂を貰う」
「分かった」
グルカは、外城壁の方角に向き、両手を大きく広げると、仮面の縁から黒い霧が吹き出した。そして、右手を大きく回して軍がやってくる方角を刺した。
霧は、右手の動きに追随して円を描き、大きな渦となってシン王国正規軍の方に向かっていく。そして、それを躱し損ねた兵や馬は、鎧や馬具に火がつくことなく、皮膚と肉だけが焼けただれた。
◇ ◇ ◇
「風竜、また、私に負けたいのか? 魂を取られそうになり、人属に泣きを入れたのを忘れたのか? 」
とエレサの左目を通してサライは言った。
”サライ、もう何百年も経つが、お前の魂は相変わらず邪悪そのものだな”
と風竜は小さなエレサの前で羽を広げて威嚇した。
「ほう、また私と戦うというのなら、今度こそ頂こうか。その魂を」
とエレサは右手を出した。
その構図は、巨大な竜の前にいる少女にしか見えない。ミキア、ロキアは如何すべきか迷った。ロッテは風竜が現れたとき、既に気絶している。
そこへ、
「おねえちゃまをゆるしてあげてくだちゃい」
と腕を広げて、エレサと風竜の間に割って入ったのはナントだった。
風竜は、魔法陣を唱えるのを中断し、顔をしかめて、
”小さいの。怪我をするから、大人達の所に行きなさい”
と諭した。
しかし、ナントを突き飛ばしたのは、サライだった。
「ちび、邪魔だ。後でそこのフレイの下部と一緒に殺してやろうと思ったが、お前から殺してやる」
と突き飛ばされて、うつ伏せになっているナントにサライは近づいた。
まさか、エレサに突き飛ばされるなどと思ってもみなかったナントは、うつ伏せのまま泣き出した。
「いいね、その泣き声、恐怖した声だ」
とサライのエレサはニヤけながら、ナントに近づく。
”悪しき魂のサライ、我との勝負が先だ”
とナントとエレサの距離が近すぎて手が出せない風竜は、サライを挑発した。
しかしサライは、全く取り合わず、
「何なら、この王女とこのチビごと殺してもいいだぜ」
とナントにさらに一歩近づく。
そして、手を上げてナントの背中に突き刺そうとしたその時、
「止めて、ナントを虐めないで」
とエレサのエレサが声を上げた。
先ほどまで、サライに操られていたエレサが、エレサ自信の声をあげた。
「もう、貴様は許さない」
ともう一声上げた瞬間、エレサの身体全体が、強烈な光を放った。
風竜でさえも、目がくらむほどの光が森の広い範囲を覆い尽くす。
そして、光が止んだ後、エレサは左目を押さえて、
「痛い、痛い、お父様、お母様、目が痛い」
と叫びながら転げ回った。
エレサの左目からは、血が噴き出し止まらない。
”聖霊師、見てないで、癒せ”
と風竜は、我を忘れて立ち尽くしているミキアとロキアを一喝し、そして自分の左目に鋭い爪を突き立て、魔法陣を口ずさみ始めた。
ミキアとロキアが、懸命に回復魔法を掛けて痛みを和らげる。少しずつ痛みが引いて来て転げ回るのを止めたエレサだが、左目は抑えていた。
「エレサ様、お気をたしかに」
とロキアがエレサを気遣い抱える。ミキアは、左目を抑えているエレサの手を上から、回復魔法で、痛みを和らげようと必死に呪文を唱えている。
一方で複雑な魔法陣を完成させた風竜は突き立てていた左目から、小さな水晶の様な結晶を取り出し、
”聖霊師、しばし、娘の手を退かせ”
とロキアに命じた。
風竜が、エレサの顔よりも大きな爪をユックリとエレサの左目に近づけると、爪の先にある結晶は淡い緑色の光が出て消えた。
”聖霊師、今のことは、この子が成長するまで、黙っているのが良かろう。何時か、我が能力を解放するまで”
と良い、ナントに向かって、
”小さいの、良い国王になるだろう”
と言い残して飛び去った。
◇ ◇ ◇
”エストファ、あれで良かったのか? 危ない所だったぞ”
と背中に現れた、淡く光る影に向けて、風竜は語った。
「ああでもしなければ、君は認めないだろ? 風竜妃? 」
とその影は語った。
”しかし、もし覚醒せず死んでしまったら、如何するつもりだったのだ? ”
「その時は、朝露の一粒が消えただけさ。長い長い君の寿命からしたら、一瞬の出来事だろう? でもきっと君は助けると思ったけどね」
”ああ、人属は、本当に我ら竜をこき使うわい。しかしあの娘、お前を見ている様だった。きっと辛い道を歩み大業を成すであろうよ”
風竜妃は飛び去った。
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