第25話 王都騒乱(1)
———シン王国王都、市街地には、腐りかけのトロールなど、大型魔物が跋扈し、建物を壊し、アンデッド化した狼などが市民を狩りだしている。サスリナは、遠目の魔法具で王宮の櫓から、悔しい思いで見ていた———
「何か手立てはないのかですか? 」
とサイモン将軍に聞いた。
「正規軍が来るまでのご辛抱です」
と実は一番歯ぎしりをしながら、この光景を見ていたのはサイモン自身であることは、私にも分かっている。
そして、逃げ遅れた子供も含む市民達が、狂信者たちによって、狩り立てられてきた。橋の袂の付近の漆黒のローブの者と、平民服の女のところに。
「あれは、ロージ」
と私はつい口に出して呟いてしまった。そのロージは、私が遠目の魔法具で見ているのを知っているかのように、此方を見つめて笑った。それは、遠い昔、ロージが私にいたずらをする時と同じ、冷たい笑いそのものだった。
そして目を背ける事態になった。狩り出された一般人を殺し始めたのである。子供を守ろうと必死になっている母親から子供を引き剥がし殺していくなど、信じがたい光景である。それもロージは笑いながら、一人一人、殺していくのである。
見ている方も正常な精神を保てない。
「兵をだして …… 」
と私は叫んだ、その時、階下が騒がしくなった。
怒声と剣戟の音、そして、
「真の聖霊に、命を捧げます」
と声が聞こえた。
「王宮内にも狂信者が? 」
と私は絶句した。
「王妃様、ご避難を」
とサイモン将軍が私の盾になり、自分の腹心の部下だけをつれて教会聖堂に移動を開始した。途中数名の狂信者に襲われたが、何とか教会正門についた。
そこには、異端審問官達に縛られている狂信者達がいた。すると一人の異端審問官が将軍に近づき、頭を下げた後、
「聖フレイの加護が、有らんことをお祈り申し上げます」
と問いかけた。
言葉をかけれた将軍は、少し考えたが、
「そういうことか。『聖フレイのご加護を』と復唱した。皆の者、狂信者は聖フレイと言葉に出来ない。狂信者でない証に、我らの聖霊の御名前を唱えろ」
とそこにいる兵士全員に聞こえる様に言った。
すると、皆、異端審問官の問いに対して答えた。そこかしこで、御名を讃えて、
「聖フレイのご加護を」
と木霊した。
◇ ◇ ◇
「陛下、しばらく、しばらく、もうしばらく、お待ちください」
とアイスメイルと近衛団長が邪魔をした。
「私は、シン王国の王なのだ! 市民があのような目に遭っているのに、何もしないなど出来ない」
私は、つい先ほど、ガル湖の駐屯地をあとにして王都に帰還した。しかし、そこには信じがたい光景が広がっていた。
例え、十万を超える敵であっても、あの外城壁を越えるには、一ヶ月はかかる。ファリー大公の軍がどんなに精強でも数千では城門を破ることは、ほぼ不可能と思っていた。
だから、私は、サライの軍は、外城壁に取り付いて城外に軍を展開しているだろうと予測していた。死霊魔術を用いようとも、そう簡単に落ちるはずがないと、確信に近い思いがあったのである。それはアイスメイルも近衛団長も同意見で、外城壁を攻めあぐねているサライの軍を翻弄し、シン王国正規軍の到着までの時間稼ぎをするという計画を練っていたのである。
ところがである。城壁には傷一つなく、三つ有る大門は、どれも開け放たれた状態で、結界を発する塔は破壊され、市街地には魔物が跋扈しているのである。
「ええい、離せ! 王家が守らないで誰が守るのだ! 」
と私はアイスメイルを蹴飛ばした。
それでも、騎士団が私を羽交い締めして、突撃させない様に抑えてくる。
「ええい、無礼者! 」
と家臣に対して、これまで一度も使ったことのない言葉も発して暴れた。
「陛下、陛下のお気持ちは十分に分かります。しかし、このアイスメイル、ここは命を賭しても陛下をお止めしなければなりません。どうか、正規軍が到着するまでお待ちください」
と必死の形相でアイスメイルは、私を止めにかかった。
すると、そこへ、シーク先生がやって来た。
ガル駐屯地が襲われたとき、茨の冠の影響で魔法が使えなかった先生は、責任者の機転で屋根裏部屋に移されていた。そして、私が到着する少し前に、魔法が蘇り私をアンデッドから救ったのである。
「陛下、オクタエダル先生と魔法通信が繋がりました。先生によると、最高司祭様と共同で聖素慈雨の祈りを発するとこの事です。魔族やアンデッドはそれで滅びます」
と少し早口に大きな声で、報告してくれた。そして、私が少し落ち着いたのを見て、
「それから、風竜は同意し、今、エレサ様のところに向かっているとの事です」
と今度は、少しユックリと話してくれた。
◇ ◇ ◇
少し前、
「何じゃ、罪のない子供に手を出すなど、儂は許さん! 」
と光る雲に乗ったオクタエダルは、魔法を使って声を大きくし、サライに向かって怒りと供に、警告した。
そして、錬金術を使って、サライ周辺の空気を壁に変化させ、市民と分断を試みた。
手が、何かに当たり、子供を殺せなくなったサライは、
「へー、おかしな祈祷をするのだな。何だ? あれは? 」
と隣にいるグルカに聞いた。
「あれは、サライの時代の後に発達した錬金術と言う魔術だ。もの性質を変えることができる」
「ふーん。魂も変えられるのか? 」
サライは、さらに聞いた。
「いや、そのような事は聞いた事がない」
とグルカは答えた。
「ならば 」
とサライは、肩慣らしに首を一度回して、手を市民に向けて広げて、
「我が手に転魂せよ」
と祈祷した。
すると手を向けられた市民は突然倒れた。魔法さえも跳ね返すオクタエダルの空気壁が全く通用しない。
「おい、そこの錬金術を行う者、私は真の聖霊だぞ。生殺与奪は私の意のままだ。お前の魂も頂こう」
とオクタエダルに手を向けた。
しかし、オクタエダルは咄嗟に、空間を歪めて、自分の周りに陽炎を作り、その場を一旦離れた。
「風竜が言っていたのはあれか。厄介なことじゃわい」
と言いながら、王宮に向かった。
すると、
”ニコラス、戻ったか。ちょっと手伝っておくれ”
と最高司祭のミリーから魔法通信が入った。
◇ ◇ ◇
”我らが『聖素慈雨の祈り』を発する。聖素が多いミクラ湖の水を使えば、普通より短い時間で出来るじゃろ”
と今度はレミーから提案があった。
———『聖素慈雨の祈り』は、森の木々、大地、天、空気から聖素をもらい、それを集めて、広範囲に渡って聖素を雨のように降らせる。体力と時間がかかり、術者の周りにしか降らすことができない。聖素を生命エネルギーとしている人属他の動植物には癒やしを与えるが、アンデッドのみならず、魔物に対して威力は絶大であり、浄化力が非常に強い———
”ふむ、分かった。儂もひと味付けようかの”
とオクタエダルは、上空に止まり髭を扱きながら答えた。
オクタエダルの回答を聞いて、聖壇にいた最高司祭は、
「では始めようぞ」「ようぞ」
とうなずき合って瞑想に入り、歌を歌い始めた。
♫🎶
———教会を中心として、上空に正確な模様の聖霊陣が現れた。これら魔法陣の正確さが魔力の強さに比例するが、大きな陣になれば、なるほど細部がおろそかになったり、全体が扁平したりして威力は半減する。最高司祭の聖霊陣は、極めて緻密で、正確、そして広範囲だった———
オクタエダルは、
「ならば儂もするかのう」
と呟いた後、指輪の賢者の石を摩り、
「我、ニコラス・オクタエダルが命ずる。彼の地の水を気体化せよ」
とオクタエダルにとっては造作もない錬金術を発した。すると、湖の水は加熱沸騰ではなく、直接気体化し、大量の聖素が輝きながら空中に放出された。
大地や草、花、木々、人属、例え狂信者であっても、そこからユラユラと輝く聖素が立ち上っていく。特にミクラ湖の水面からは、多量の聖素が立ち上り、辺りは暖かい光で満たされた。
「さて、もう一つ」
とオクタエダルは呟き、最高司祭の聖霊陣と同じ位、正確で広範囲の錬金陣を発現させた。
◇ ◇ ◇
「なんだ、あれは、上のはフレイの聖霊陣だな。下のは? 」
とサライは見上げて、疑問を口にした。
「錬金陣だ」
とグルカが答えた。
「フレイとさっきの爺の悪あがきか」
と言っても余裕の表情だ。
「それより、さっき、我を憎む怒りに満ちた魂を感じたな」
と周りの情景には、気にすることもなく、グルカに問いかけた。
「城外からだ。王ではないか」
グルカも仮面同様に感情に高ぶりも恐怖もない。
普通であれば、聖素のみが降るところだが、今回は聖素を多く踏んだ雨も降り始めた。
「フレイの癒やしの魔法か。だが、それでは我が下部には効かないぞ」
とサライはニヤニヤしながら、周りを見回した。
「サライ、雨粒が流れない」
とグルカのローブが、水で重そうな鉄のようになっていた。
「面白い祈祷だ。奴らに、仲間を殺すほどの度胸があれば、我も危ないがな」
と多少髪の毛や、衣服が重くなってきたサライは相変わらずニヤニヤと笑っていた。
「見よ、グルカ。奴らは、その子供を殺せない。つまり、もうこれ以上重くはできない。はははは、滑稽だ」
◇ ◇ ◇
———サライの判断は半分当たっていたが、オクタエダルは違うことを狙っていた。腐りかけの魔物とアンデッドは聖素により消滅したが、その雨粒は、花々に降りる朝露の様に、あらゆる物に粒のままくっ付いて流れない。狂信者が死んでもアンデッドになった時点で消滅してしまう———
私は馬蹄が鳴り響く音を聞いた。正規軍先遣隊が到着した。
王宮での状況とオクタエダル先生の考えを聞いた私は、少し落ち着きを取り戻して、正規軍先遣隊の前で馬を走らせた。
「我がシン王国兵士諸君、我らの都に入った賊を一掃する。
もはや賊は不死身ではない。
我らの聖フレイをお守りするのだ。
そして、我らの聖フレイのご加護は我らにあり。
皆の者、御名を唱えよ。
我らの聖霊、聖フレイのご加護は我らにあり」
———御名が唱えられない者は、拘束されたことは言うまでもない———
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