第24話 タン老師の脱出

「何か、騒がしいな」

とタンは何時も使っている宿からでて、周りを見回した。アルバが反乱を起こしたとかで、避難命令が出ていたので、荷物をまとめていたところであった。


「ニコラスは、王宮から戻ってこないし、仕方ない。ニコラスの工房に行ってるか」


———タン・ユアンジア。オクタエダルとは学生時代からの友人で武術家。主に長剣の使い手で有名。ユアンジア家は、猫属の亜人の血を色濃く残した人属で、その身体能力の高さから、昔から武術の名門であった———


 すると、中央大門の方から、罵声が聞こえてくる。


「えっ、門が開いている! 」

と言うや、長剣を背中に背負って、音もなく駆け出した。


「おい、お前達、何をしているのだ? 」

とそこにいた、人属を問い詰めると、その後ろには門を守る兵の死体が転がっていた。


「邪魔だ。我ら真の聖霊のために門を開けた。ヒヒヒヒ、破壊がもたらされ、真に解放される時が来たのだ」

と男の一人が、可笑しなことを口走り始めた。


 一人ではなく、周りの男、そして女までも

「真の聖霊に …… 」

と口走り、ついには、タンに向かって、

「異端者だ、異端者だ、異端者を殺せ」

と指さし、襲ってきた。


 タンは、意味が分からず、襲ってくる者を躱し、

「何を言っている? 」

と何度も聞き返した。


 タンは、剣を抜くこともなく、襲ってくる一般市民を躱していった。


 そして、異端者扱いされて襲われている市民がいたので、襲ってくる市民を躱しながら、近づき、

「あんたは、正気か? 」

と聞いた。


「ひいいい、お許しを。聖フレイのお導きを」

とその男は最初、タンも襲撃者と勘違いして、頭を抱えてうずくまった。


「ああ、聖フレイの加護があらんことを」

とタンは応えた。


 すると、

「助かった。あんたは、悪霊の奴らじゃないだな」

と言いながら、少し気を取り直して、

「あいつら、サライを信奉している狂信者だ。突然、周りの人を殺し始めて、大門を開けちまった」

と震えながら応えた。


「分かった。あんた、一人で逃げられるか? 」

と聞いたが、その男は首を振った。


「うん、じゃあ、ついてこい」

とその男を立たせて、タンは先を歩いた。


ドカーン

———何かの爆発音———


「何が爆発した? 」

と後ろの男に振り返り聞くと、男はまた青ざめて、

「結界を守っている塔が壊れた」

と応えた。


’魔物が入ってくる’

とタンは咄嗟に思った。


   ◇ ◇ ◇


「お願い、お願い、殺さないで。聖フレイ様、お助けください」

と親子が逃げ惑っている。


「我が偉大な真の聖霊は、異端者も解放する」

と狂信者の兵士が、市民に手をかけようとしていた。


 西門に向かう途中のタンがやって来て

「兵士、市民を守らず、何を守っているのだ」

と声を発しながら、長剣を軽々と振り、兵士の剣を弾いた。


「くそ、お前も解放する」

と今度は、タンに斬りかかってくるが、長剣の剣先がいち早く、兵士の喉元を牽制した。


「目を覚ませ、何の信者でも良いが、兵士が市民を守るのが先決だろう? 」

と諭そうと試みた。


 しかし、兵士は一歩下がり、

「真の聖霊に命を捧げます」

と言い残し、何かを口に入れた。


 すると、口から血を噴き出し、その血がうねるように這いずり回った。


「面妖な」

とタンはその様子を見ていたが、這いずり回った血は何処かに消えた。そして次には裏道から死体が歩いてきた。


「アンデッド」

とタンは呟き、長剣を回しアンデッドを切り飛ばした。長年魔物退治に使ってきたタン愛用の長剣も聖素を多く含んだシン王国の剣である。アンデッドなら、一振り当てれば、そこが砂の様になって消えてしまう。

 そして、よく見ると兵士の死体も砂のようになり消えていくところだ。


「そりゃアンデッドが、王都の兵の鎧を着れば消えるだろうよ。なあ」

とさっき助けた男に振り返り、話しかけると、もうその男は恐怖で頭を抱えてうずくまっていた。


「おい、大丈夫か? この剣を持っていろ。これらなアンデッドには効く」

と兵士が持っていた王都の兵の剣を拾って渡した。


 そして、親子に向かって、

「聖フレイの加護があらんことを」

と合い言葉の様に応え、安心させた。


   ◇ ◇ ◇


「不味いな、西門から、腐った魔物達が入ってくるぞ」

タンの後ろには既に何十人もの市民が付き従っている。中には兵士達もいて、市民の護衛に回ってくれてので、救助が少し効率よくなった。しかし、ここに来て、魔物が入ってきた。


「もう少し、西の小門に向かおう。あそこはアルバからの街道からは外れるので、少ないかもしれん」

と皆を励ましながら、西の小門に向かった。


 兵の中には、タンが武術の手ほどきをした中々の強者もいたので、殿をお願いし、自信は先頭を注意深く進んでいく。


 前方に人型アンデッドと魔獣のアンデッドと腐ったトロールが現れた。アンデッドは共通して、敵を発見しないときは、何もしないで突っ立っているのは同じだ。人属なら座るだろうし、背伸びする。魔獣も普通の動物のように背伸びしたり、寝っ転がるが、奴らは、ただ突っ立っている。


「あの程度なら何とかなるだろう。ちょっとここで皆を守っていてくれ」

と最初に助けた男に声を掛けた。でもその男は剣を抱えて、うんうんと頷くだけだった。


 タンは、まずトロールに音もなく駆け寄り、足を掛けて、頭上に飛び乗った。そして、長剣をトロールの脳天から差し入れて、半分上を砂にした。次に人型アンデッドの頭にも飛び乗り、肩の窪みに心臓に向かって刺す。これは、生きている人属でも即死の急所である。


 数体の人属に飛び移った後は、魔獣の前に転がって、サッと振り払う。


 最後にさっきの男のところに戻ってきて、

「さあ、行こうか」

と言った。


 魔獣を片づけるのに、数十秒しか掛かっておらず、対象のアンデッドも全く動かず突っ立ったままであった。


   ◇ ◇ ◇


 タンはオクタエダルの工房近くに来ると、その中庭には多くの人たちがいることが、分かった。

 すると、口々に

「聖フレイの加護があらんことを」

と会うたびに、合い言葉の様に言っている。


「狂信者を見分けている様だな」

と横の男に言うと、もう安心したのか安堵の顔で

「そのようです。私は聖フレイとタン老師の加護を受けました。有り難う御座いました」

と言った。すると、従った人たちが皆口々に同じように言いちょっと照れくさい思いがした。


 工房から出てきた男をみて、

「ロニー、これは避難民か? 」

と聞くと、

「ええ、そうです。ご主人様から匿う様にと。まだ、狂信者やアンデッドが来るので警戒しておりました。老師がこられて心強い」

とお辞儀した。


「ニコラスも活躍しておるだろう。奴のことだ。髭を靡かせ飛び回っているだろうな。儂はここを守ろう」

と王宮の方をみて呟いた。

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