第23話 サライの軍

———ガル湖駐屯地。駐屯地とは言え、ガル湖を一周する魔物よけの結界と防壁の維持管理、街道警備を行う城壁を持った立派な城であった———


 ガル湖駐屯地は、ほぼ壊滅状態だった。門は開けられ兵士の遺体が其処彼処に転がっている。不意打ちを食らったのだろうと想像できる。


「シーク先生を探せ、駄目でも探せ」

と私は先生の事が頭を過り、探すように指示した。


「生存者がいました」 

と将校から報告があった。


「シーク先生か? 」

「いえ、商人のようです」


 確かに駐屯地には商人が出入りしており、泊まることもある。襲撃に巻き込まれたのだろうか。


「正気なら、連れてきてくれ」

と指示した。


 そして、砦内を検分したら、有る事実が分かった。アルバ兵の遺体が一つもないのだ。奇襲とはいえ、駐屯地の兵士達は鍛え抜かれた者たちだ。切り結んだ形跡があるのに敵を一人も討てないはずはない。


’我が兵は何と戦ったのだ? ’ 

と疑問がよぎった。


 その時、商人らしき者が将校に連れられて来た。


「商人、名前は? 」

と聞くと、


「ふふふふ、へへへへ」

と笑い出し、とうとう気が触れたかと思った。


「我らが真の聖霊に、この命を捧げます」

と言って、何かを口の中に放り込んだ。


 私の両脇の近衛が前に出て、その商人を突き飛ばした。


 転がった商人は、よろよろと立ち上がり、また、

「我らが真の聖霊に、この命を捧げます」

と叫ぶと、まるで噴水のように血を吹き出した。


 その血は、生き物のようにうねりながら、地面を這いずる。


「これは、ロージの死霊魔術! 火をかけろ、あの血を焼け」

と私は咄嗟に指示したが、その血はもの凄い速度で、死体を求めて散らばった。


「皆、遺体から、離れろ! 」

と言った矢先、兵士達の遺体が起き上がり、近衛と騎兵達を襲い始めた。最早混戦状態である。


 先週までここで笑い、酒を酌み交わした同僚、上司、部下たちが、アンデッドとなって襲ってくる。裏切ったわけではない。本人の意思に関係なく、こうして襲ってくるのだ。襲われた方は心の整理がつかないまま、反撃に手元が狂い、被害が大きくなっている。


「くっ、サライ! 我が兵士を死してまでも、冒涜するのか!」

とサライに怒りを覚えた。


 シン王国王都軍の剣と鎧は聖素が多く含まれており、アンデッドなど消滅するが、突然の混戦状態立て直しできない。一方でアンデッドは湧いて出てくる。


「魔物対策用の聖水のタンクがあるはずだ」

と私は近衛に叫んだ。


「駄目です。穴が開けられ、枯れておりました」

と団長が答えた。


 私の回りにアンデッドが殺到し、兵達と分断された。


「おのれ、サライ」

と叫んだその時、


ドドド

っと、近衛と私の周りを円を描くように火の壁が現れ、アンデッド達を一掃した。


「誰が、助けてくれた? 」

と隣にいる近衛に聞いたが、首を振った。


「陛下、大丈夫ですか? 」

と屋根の上から顔を覗かせる者がいた。


「シーク先生」

と声をかけたあと、

「すべて焼け。アンデッドには、すでに心も魂もない。焼くことが解放することだ」

と、離れている兵にも聞こえるように、大声で命じた。


 アルバ兵の遺体がない理由、それは死ぬとそのままアンデッドとなって従っているのだろう。生者と死者の混成部隊がサライの軍だ。


   ◇ ◇ ◇


———シン王国王都は、ミクラ湖畔の外城壁に囲まれた市街地と、大きな島の聖島から成り立っており、その間は人が百人並んでも余るほどの巨大な橋で結ばれている。そして聖島には聖霊樹が群生しており、その中でも特に巨大な四本の聖霊樹の間に王宮と聖教会が建っている———


「王妃殿下、外城壁に敵が現れました。その数は一万を超えております」

「一万を超えているとは、どう言うこと? 」

とサイモン将軍に聞いたが、首を傾げるばかりだった。


 すると、先ほど報告してくれた将校が、

「兵士以外の一般市民が加わっております。さらに死体が増えています。動物の死体、魔物の死体、それらのアンデッドが加わっています。アンデッドと人属の混成部隊です」

と青い顔で答えた。


 ファリー大公の人属の反乱ではないと言う事? ロージの後ろにはファリー大公いたってこと? それに一般市民まで加わっているとは一体なぜ。


 そして、

「外城壁が破られました」

と驚愕の第二報がもたらされた。


「馬鹿な! 敵は到着したばかりだぞ。一体何故だ? 」

と今度は、サイモン将軍が椅子から立ち上がり怒鳴った。


「領内の市民が、開けました。口々に『真の聖霊に命を捧げます』と唱えております」

と将校が答えた。


「サライじゃ」「じゃ」

と瞑想していた最高司祭様が、私が疑問の声を発する前に答えた。


「サライの信者は、サライこそが聖霊と言うのじゃ」「のじゃ」

と今度は目を開けて、私を見つめて答えた。


「何か、忌まわしい予感がしていたのじゃが、サライは復活したようじゃ」「ようじゃ」


 それを聞いた私は、

「すべての兵は聖島まで後退。橋を封鎖せよ。聖フレイの聖廟はなんとしても守るのだ」

と即断した。


   ◇ ◇ ◇


「グルカ、お前の用意周到なお膳立てには、とても満足している。フレイの信者に絶対服従の呪いを掛けておいたのは痛快だ」

と、今やサライその者になったロージが、シン王国の外城壁をくぐりながら感想を述べた。


———グルカは、ガル湖の悲劇でサライの復活が不発に終わったあと、ロージという格好の器を探し、憎しみだけの狂人に変える作業をしていた。一方で、不満や憎しみのある人物に近寄っては、この日のために死霊魔術の絶対服従の呪いを掛けていた———


「しかし、物足りない。殺し合いが見たい。憎悪と憎しみの殺し合いが必要だ」

とサライは、後ろを歩いているグルカの方へ、首を少し回して命じた。


「サライが望むようにしましょう」

グルカが手を上げた。


 ———魔除けの結界を発している塔が狂信者達に破壊され、市街地を守ってきた結界が消えた。すると、外にいたアンデッドや、アンデッド化した魔物が一斉に市街地に流れ込み、逃げ遅れた一般市民を殺し始めた。そして殺された市民は、そのままアンデッドとなって、また殺し始めた———


 大通りに出たサライは、大橋の先にある王宮と教会を指差しながら、

「どうだフレイ? 光が強ければ強いほど、その影は暗く深い。その深淵で憎悪が蠢くのだ。ある意味、これはお前が作り出した結果だよ。フフフ、ハハハハ」

と高笑いした。


   ◇ ◇ ◇


「ロッテ、おねえちゃまは? 」

と王都から高速艇で対岸に逃れてきたナントは、メイド長のロッテに背負われていた。


———サルモス指揮下の五十人ほどの護衛に守られて、ナントとメイド長のロッテの他にエレサ、メイド達、使用人、聖職者、そして、ミキアとロキアが上陸していた———


「姫様は、サルモス様が負ぶっていらっしゃいます。ナント様は、お下は如何ですか? 」

とロッテは逆に聞いてきた。


 これまでロッテの背中に何度お漏らししたか分からないナントだが、王宮の小さな森で守護聖霊に会ってからは、キチンと言えるようになった。


「チーチ、したい」

と思い出したように答えて、ロッテに下ろしてもらい、トイレをした。


 手を洗ったあと、ロッテに身繕いをしてもらいながら、対岸を見ていたナントは、煙が上がっているのを見つけて、


「ロッテ、あれ」

と指差した。


 振り返り、それを見たロッテは、

「サルモス殿、王都から煙が上がっています」

と悲鳴にも似た声でサルモスに知らせた。


「むむ、外城壁を守る結界の塔だな。こんなにも早く落ちるとは」

と言った後、余計な心配をさせないように

「大丈夫、王宮のある聖島までの橋はもっと強固になっている。魔物など一歩も渡ることはできない」

と励ますように言った。


———実際、聖素を多く含んだミクラ湖の水に魔物は触れるだけで消滅してしまう。その湖上にある聖島に渡るには、そこにかかる橋を渡る必要があるが、橋にも聖霊魔法による多くの仕掛けが施されている。対魔族、魔物に対しては絶対的な防御を誇っている———


「さあ、もう少し森の中に移動だ。ここも聖霊樹が生い茂り、魔物は近づけません」

とサルモスは皆を励ました。


 『ドラゴン以外の』と言う言葉は使わなかった。

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