Chapter 3

主要登場人物

宇津木 才華  物語の主人公。新米趣味人。自称クールなガール。

宇津木 保   才華の大叔父。高名な趣味人。故人。

店長      エイトプリンシズのホビーショップの店長。紳士的な物腰の人物。

“アカブチ”   エイトプリンシズ店の常連。本名はサトウ。眼鏡を着用。

“おあしす”   エイトプリンシズ店の常連。眼鏡を着用していない。

“ナベさん”   隣町メニーポリッシュ店の常連。タウエンパイア・アーミーを使用。

“イオタ”     隣町メニーポリッシュ店の常連。タウエンパイア・アーミーを使用。




――この章では我らが才華嬢が新たに知ったホビーに熱中していく様が描かれる。このホビーは様々な側面を持つのだが、そのいずれもが魅力的だ。日本語で読める資料だけでもこの世界の膨大さと歴史を窺い知るには十二分なほどであるが、知るほどに更に知りたくなることだろう。そんなとき趣味人たちは先達に話を請う。かくしてこの趣味の世界ではいにしえの時代の伝説を古老たちから口伝として聴くが如き体験があるのだ。――




 最近の私は、ちょっとおかしい。

 ものの置かれた机やテーブルを見掛けると、屈んで覗き込んでみたくなってしまう。

 今までこれっぽっちも興味が無かったプラモデルコーナーに、立ち寄ってしまう。

 欲しいと思ったこともなかった工具や塗装道具が、気になって仕方がない。

 サイコロなんてどれも似た様なものだと思っていたのに、お店に並んだ色とりどりのダイスたちをどれも魅力的に感じられる。

 最近、私はなんだかちょっとおかしい。



 大叔父の葬儀から3日目、私はこの日もホビーショップを訪ねていた。”1号”さんから大叔父の話をもっと聞き出そうと思ったのだ。しかし当てが外れて、その日私は”1号”さんに会うことは出来なかった。

「こんにちは!今日もいらっしゃいませ!」

 お店に入ると店長さんの大きな声が出迎えてくれた。店内には私の他に客がおらず、昨日の賑わいから打って変わって物静かな雰囲気だった。

 それにしてもこの店長さんともすっかり顔なじみになってしまった。流石に3日連続は来すぎだったかな……? などと考えながら店内をぐるりとし、棚に並ぶ商品を眺める。

 陳列されたパッケージの上を滑る様に流し見ていた私の目は、書籍コーナーに差し掛かると吸い寄せられる様に止まった。

 そういえば昨日ゲームしたとき、”1号”さんがゲームのウォーハンマーについて色々教えてくれたけど、あれはルールの細かい部分を省いた簡易版だと言っていたっけ。この本のどれかの中にゲームの遊び方も書いてあるのだろうか。“Sample”と書かれた何冊かを手に取ってペラペラとめくってみる。半分ぐらいが英語の本だ。できれば日本語のが読みたい。

 私は近くで商品を陳列し直していた店長さんに尋ねてみることにした

「あの」声を掛けると店長さんがこちらに気付く。

 私は本棚のほうと店長さんを交互に見てから訊いてみた。

「ゲームで遊ぶにはどれを見ればいいんですか?」

「40kならコアルールですね! これがコアルール。つまり基本のルールですね! これと同じ内容のPDFを公式サイトから無料でダウンロードも出来ますよ!」

 店長さんはそう言うと、折り畳まれた薄い冊子を持ってきてくれた。

 バラバラと開いて中を見てみると、昨日“1号”さんにゲーム中に教わったことがびっしりとした文字で詳しく書いてあった。これがタダでダウンロード出来るってこと? すごい!

「あとはご自分のアーミーのコデックスがあれば遊べますよ!」

 こでっくす……?

「コデックスはアーミー毎のデータや特殊ルールが載ってる本です! 40kのゲームするならご自分のアーミーのものはあるといいですね! 設定やお話も載っていますし!」

 ふーん? なるほどね。さっぱりわからない。とにかく読めばなにかわかるってことか。

「ええと……グレイナイト? のってありますか?」

 とりもあえずも肝心のものがなくては話が始まらない。

「グレイナイトはですね……ああ、あった! はいどうぞ!」

 店長さんが棚から探し出してくれた本を手渡してくれる。以前に大叔父の部屋で見たグレイナイトの書籍とは表紙の絵が違っている。

「ええっと……グレイナイトの本ってこれだけですか?」

「そうですね」と店長さん。

「前に別の場所で見たのは、表紙の色と絵が違った気がするんですけども……」

「その本、大きさはこの本ぐらいでした? 黒じゃなくて灰色っぽい表紙で? もしかするとですけど、それ前の版のコデックスかもですね」

「前の版?」

「このゲーム、数年ごとに版上げがあるんですよ。大きなバージョンアップですね。それで物語が大きく進んだり、ゲームのシステムやルールを刷新するんです。ちなみに今は第8版ですね。8版になって2年ほどなんですよ」

 へえー。ゲームのパッケージで時々見かける“2版”とか“3版”とかのことかな。ウォーハンマーにもそういうのがあるのね。歴史の長いゲームらしいしそれはそうか。

 私は手渡されたコデックスに改めて目を落とす。本にはぐるりとフィルムが巻かれており、中の様子を伺ってみることは難しそうだ。背表紙にはこの書籍の説明が書かれていた。英語で。

「ええと、ええと……もしかしてこれ、英語の本ですか……?」

「そうですね! グレイナイトは残念ながら日本語版が無いんですよね……!」

「え、英語……」

 自信が無いわけではないけれど、さすがに尻込みはしてしまう。

「最初は単語に慣れるまでややこしいんですけど、慣れちゃうとゲームデータの部分なんかは結構簡単に読めちゃうんですけどもね」

 その様子を察したのか、店長さんがアドバイスとも励ましともつかないことを言ってくれた。やや苦しいセールストークだと気付くまで時間がかかる。

 とはいえ折角お話も載っているのなら読んでみたい。みたいけれども、うーん、英語かあー。

「ちなみにこのコデックス、おいくらですか?」

 私は値段を聞いてから考えてみることにした。

「5800円です」

「えっ?」

 えっ?

「5800円です」

 店長さんが復唱する。

「ご、5800円!?」

 本ってそんな値段あるの!?

 高くても画集とか3000円ぐらいじゃなかった??

「あ、ありがとうございます……」

 本を抱える自分の手つきが急に慎重になったのを感じる。丁重に棚にコデックスを戻す。

 おそるおそる店長さんの顔色を窺ってみると、普通だった。ものすごく普通だった。目が合うと店長さんはこくりと頷いた。

「この趣味、ゆっくりと楽しめばいいんですよ……。とりあえず今日はコアルールのコピー、差し上げましょう」

 そう言って店長さんは店の奥から紙に印刷したコアルールのコピーを持ってきてくれた。私はお礼を言ってそれを受け取り、昨日のお客さんたち――“1号”さんたちに今日も会えるか尋ねてみた。あんなおじさんたちにも平日はもちろん仕事があるので、来ることが出来ても夜だけなのだという。そうか、そういえば今日って月曜だっけ……。この数日の目まぐるしさに私は曜日感覚がすっかり無くなっていたことに気付く。

 店長さんに私が今夜地元に帰ることを伝える。併せて“1号”さんたちにお礼を言いたかったことも伝えると、店長さんは伝言を快く引き受けてくれた。

「いつかご自分でお礼伝えられるといいですね!」

 店長さんが入口まで見送ってくれながら言った。まったく言う通りだ。次に来た時は彼らに会えるだろうか。会えるといいな、と思う。

「また遊びに来ます」

 そう伝えて私はホビーショップを後にした。



 祖父の屋敷に戻ると、出発まではまだ時間があった。私は早々に荷造りを終えてしまい、手持無沙汰であった。祖父に帰る前に大叔父の部屋にもう一度寄ってもいいか尋ねてみた。すると普段言葉少ない祖父が、私に鍵を手渡しながらこう言った。

「部屋の中に欲しいものがあったら、持って行きなさい。きっと保もそのほうが喜ぶ」

 祖父の言葉に少々面喰いながら、私は「うん」と答えて部屋の鍵を受け取った。


 この帰省中、何度目のこの部屋だろう。私は大叔父本人と話すことも叶わなかったのに、毎日大叔父の部屋に来ている。考えてみれば不思議なことだ。両親には屋敷を出る前に「出発までには戻る」と伝えてある。時間までまだ1時間はある。

 大叔父の書斎で祖父の言葉を考える。祖父は欲しいものを持っていけと言っていた。そのほうが大叔父が喜ぶから、と。つまりこれは祖父なりに形見分けの機会をくれたのだ。私は大叔父のなにを形見として持ち出すべきなのだろう。考える。

 

 結局私は、大叔父のミニチュアのほんの一部と本棚に収めてあった書籍を数冊持ち出すことにした。今だからこそわかるが、大叔父が私に与えてくれたのはいつだって機会と出会いだった。この帰省中の数日にですら、大叔父は去ってしまってここに居ないのに、まるで手を引かれているかの様に新たな出会いの連続だった。大叔父が連れ出してくれたこの入口の先に進むにもお供がいるのは心強い。

 かくして大叔父のグレイナイトを私は形見として預かることにした。他のミニチュアたちも連れ出したいのはやまやまだったが、量が多すぎてあまりに非現実的だった。それに、ここに戻ってくればミニチュアにはまた会えるのだ。

 こうして私の大叔父の葬儀のための急な帰省はひとまず終わりを迎えたのだった。



 祖父の屋敷から戻った翌日、1学期の通知表を貰いに、私は夏休みの学校に登校した。見慣れたはずの学校は、部活中の生徒の掛け声がグラウンドから聞こえてくるほかはひっそりと静まりかえっていて、なんだか不思議な空間だった。

 職員室で担任の教員から通知表を受け取ると、今日の用事は片付いてしまった。成績表と一緒に貰った”夏休みの諸注意”と書かれたプリントには、休暇に浮かれる学生に釘を刺す様に『見知らぬ大人についていくことのないように』と書かれていた。それを読んだ私は思わず苦笑する。まったく、小学生じゃないんだから。

 私は学校を後にすると、寄り道先へと進路を定めた。

 前の晩にベッドの中で発見したのだが、私の住んでいる市内にはホビーショップがあるのだ。しかも通学定期圏内という大変に都合のいい場所に。この街に住んで随分経つのに、私はその存在をこれまでまったく知らなかった。無関心というのは人の注意を奪い、興味は気付きを与えるらしい。現金なものだ。そして、ホビーショップの存在にひとたび気付いた私は、これは是非とも覗きに行かなくてはと居ても立ってもいられず、今日の登校を幸いと寄り道を決めたのだ。


 地図アプリを頼りに辿り着いたそのホビーショップには、黒地に白抜きで“WARHAMER”と書かれた、最近どこかで見た覚えが大変にある看板が掛かっていた。なぜか妙な安心感とも親近感ともつかない気持ちに背中を押され、私はためらいなく「こんにちは」と入口のドアを開けて中に入る。


「いらっしゃいませ」

 迎えてくれたのは口ひげを生やした背の高い紳士的な雰囲気の男性だった。私が店の入口できょろきょろしていると優しい声で「なにかお手伝い出来ますか?」と声を掛けてくれた。とりあえず大丈夫ですと応え、私は店の奥に進んでいく。

 フロアの広さやレイアウトに違いはあるとはいえ、“1号”さんたちと出会ったホビーショップによく似た雰囲気の店内だ。ここにならお目当てのもの、ちゃんとありそうだ。私は店の中をぐるりと一周してから、書籍コーナーへ向かった。

 目当てのもの、すなわち今日のターゲット、コデックス。

 私は書籍コーナーの棚で、狙い通りグレイナイトのコデックスを見つけることが出来た。万に一つも奇跡が起きていないかと片目でうっすら裏表紙を見やる。そこに書かれていたのは、やっぱり、当然、英語だった。まあ、わかっていたのだけど。

私はコデックスを手に持って、会計カウンターでノートPCに向かっていた店員さんにコデックスの価格を尋ねてみた。念の為。 あくまで念の為だ。

「こちらの商品は5800円になります」

 ですよね。実は知っていました。

 しかし!

 今日の私には備えがある……!

 貯金箱から出張してきた一葉先生が二人、今日の私にはついている。

 一葉先生、頼んだわよ……!!


 かくして店を出る私の胸には、グレイナイトコデックス(英語版)がしっかと抱えられていた。

 どうしよう。買っちゃった。

 どうしよう。買っちゃった!!

 家に着く前に読んじゃおうかな。お行儀悪いけど。

 でも帰ってからのほうがいいよね。辞書も部屋にあるし。

 でもでも、辞書無くても結構読めちゃうんじゃない? 私、英語得意だし。わからない単語は検索しても調べられるし。むしろ今読まない理由が無くない? だって今は夏休みだし!


 私は通り掛かった公園で、藤棚の下にベンチを見つけると駆け込む様に飛び込んだ。夏の強烈な日差しとの明暗差に、瞼の裏がチカチカと瞬く。

 ベンチに腰を落ち着けると、私は提げていた袋からコデックスを取り出した。改めてじっくり眺めるそれは、高価な本だけあって丈夫そうな装丁の施された立派な本だった。これが、辞書よりも高価な本……! 私が今まで買った中で一番高い本……!

 私は早く早く!とはやる手を意識して抑えて、ゆっくりと表紙をめくった。


 正直に告白します。

 私は1ページ目で読解を挫折してしまいました。

 だって難しいんだもの。単語が。

 知らない言葉ばっかりなんだもの。単語が。


 気を取り直し私はページをめくると、難しそうな文章だらけのページを読み飛ばし、5800円を取り戻さんと、アートワークを食い入る様に眺めてみて、ミニチュアの作例ページを舐める様に見つめてみた。いま私が感じているこの感情は、断じて空虚などではない。私は決して空虚なんて感じていない。認めないもん。

 夕方近い夏の日差しはなお高いままだった。

 蝉の鳴く声が今日はやけに大きく聞こえる。



 帰宅すると母が私を見るなり「なんだか元気なさそうね」と声を掛けてくれた。

 そんなことないよ、と言葉を返したものの、見るからに私は元気がないらしい。

 ははは、まさか。

 落ちこむ理由なんて、無い。大丈夫。

 私は英語の成績は悪くない。

 辞書だって部屋に戻ればある。大丈夫。

 なにも落ち込んでなんてない。

 大丈夫。


 部屋のベッドに仰向けに倒れ込んで、私はしばし天井を見つめる。

 視界の端に見えた貯金箱のことはあえて無視する。考えない。

 考えてない。

 なにも考えてないったら!

 頭を貯金箱と反対のほうに向けると、次はトランクが目に入った。

 そう言えば祖父の家から戻った昨晩、荷解きは最低限にしたので、トランクの中にいくらか入れっぱなしになっている荷物があるのを思い出した。その中には大叔父の書斎から持ち出した本とミニチュアもある。適当に選んできた本だけど、なんだったのかまだ改めてはいない。

 ベッドから体を起こしてトランクを開けに行く。

 ミニチュアたちの梱包を解いて机の上に並べてから、私は本に取り掛かった。

中に入っていたのは、分厚い本が1冊とアートワーク集、それから日本語のコデックスが数冊。コデックスにはそれぞれ「ダークエンジェル」「ネクロン」「ティラニッド」と日本語で書いてある。「グレイナイト」は見当たらなかった。折角なら一緒に借りてくればよかったのに。大叔父の部屋から持ち出す時には思いもよらなかった感情に、私は思わず苦笑する。そんなことを考えるほどに私はこのゲームに関心が向いているのだと気付く。


 分厚い本は本棚でひときわ存在感を放っていたので選んでみたものだった。これは一体なんなのだろうか? いわゆる設定資料集だろうか? なにより全編日本語になっているのがうれしい。(作者注:才華ちゃんが持ち出した分厚い本は、かの伝説の完全邦訳版6版ルールブックなのでした。強運!)

 分厚い本の目次を読むに、これはWARHAMMER40,000の世界とその大局の物語、そしてウォーハンマーというホビーの全般について網羅した本であるらしい。グレイナイトのコデックスはちょっとお休み(あくまでお休みであり、私は決して諦めたわけではない)して、これでウォーハンマーの物語を勉強してみるのはいい考えかもしれない。

 私はしばらく床に本を広げて眺めていたのだが、本格的に読もうと手に持ったら、そのあまりの重さに5分で腕が悲鳴を上げてしまった。改めて机に腰かけて読むことにする。机の上のグレイナイトたちが応援してくれているような気がした。

 夢中になって本を読み進めているうちに、部屋の中はだいぶ薄暗くなっていた。階下からはおいしそうな匂いも漂ってくる。気が付けばもう夕飯時だった。


 私が読んでいた分厚い本の正体は、どうやら前のバージョンのWARHAMMER40,000の本であるらしい。店長さんが言うところの“版”が古いものなのだろう。なぜか本のどこを見てもいくつの版なのかが書いておらず、どれくらい以前のものなのかはわからないのだけれど。今は8版だって言っていたから、7版か6版かな?。

 本に書かれた40千世紀の遠い未来の物語は、以前”1号”さんがゲームの前に突如口上として話してくれた内容をより詳しく書いたものだった。

 今よりずっとずっと遠い未来、人類は星の海を越え、銀河中に広がり繁栄の絶頂を迎え、そして衰退し、残ったのは迷信と狂信と戦争だけが文化となった宇宙だった。“歪み”と呼ばれるこの世界と異なる世界では悪神たちが現実世界を破壊しようと手をこまねき、人類は様々な敵と脅威を前に、分断され、もはや滅びの運命からは逃れえない。しかし座して滅びを待つほど怠惰でも臆病でもない。そして世界には絶えることのない戦争だけがある。これは暗黒の遠未来のダーク・グリム。

 そんな物語を彩るのが数多くの勢力たちだ。

 人類の<帝国>とその守護者スペースマリーンに、それに連なる人類の勢力。

 <帝国>に反旗を翻した人類の裏切り者、大逆者たち、ケイオススペースマリーン。

 混沌の禍つ神々の信奉者たち。

 “歪み”より出でし悪鬼、ディーモンども。

 人類とは別種の宇宙人たち。エルダー、オルク、ネクロン、そしてタウ・エンパイア。

 それぞれが単純な善悪ではなく、やむにやまれず事情を抱えて人類を裏切ったのだったり、人類の味方でありながら冷酷非道であったりと、一筋縄でいかないのが魅力にあふれている。

 ただ、どこをどうとっても悲惨で陰惨で凄惨な話ばっかりなんだけど。


 そう、このWARHAMMER40,000の舞台となる4万年後の暗黒の未来は、『暗黒』の枕詞に違わずひたすらに暗黒なのだ。どのぐらい暗黒かというと、どのお話も戦争、戦争、戦争で、宇宙の至るところで戦争をしており、とにかく常に戦争である。戦争じゃない話があった場合それは大小なんらかの小競り合いである。あまりに戦争にまみれた世界で、戦争以外の文明的なものが失われた結果、未来のおしゃれアイテムは髑髏で決まり!なんていう始末だ。パンクロック発祥の地だからっていくらなんでもそんなの冗談だって思うじゃない? これが冗談じゃないのよね。イギリス人、頭の中をちょっと見せてほしい。

 そんなわけでこの宇宙は名も無き無数の英雄たちの星の数ほどの英雄譚と悲劇に満ちたドラマと死体と髑髏と身の丈2.5メートルのおっさんで埋め尽くされている。誰が考えたのよ。こんな悲惨な世界の話。おのれ……おのれイギリス人……! 


 さてそんなこんなで、なにはともあれ、ともすれば怖くて泣いちゃうようなお話ばっかりの世界に、私は気付けばドップリと浸かっていたのでした。

だって……だって面白いんだもん!


 グレイナイトのコデックスを読むのを中断(断じて私は挫折なんかしていないし、冷静に判断して少し先延ばしにしているだけである)したのも、考えてみればWARHAMMER40,000の世界についての予備知識が無かったからかもしれない。

私は本棚からグレイナイトのコデックスを取り出し、めくってみた。コデックスの後半はゲームで使うデータ集になっている。そうだ、ゲーム。ゲームルールについても読んでみよう。そう言えばこの前貰ったコアルールのプリントがあったはず……。

 私はヌーマーズの店長さんに貰ったコアルールのコピーに目を通してみることにした。

 うん。日本語がまどろっこしい。

 図の類が無くて説明が概ね文章!

 専門用語で5行ごとにつまづく!

 読み……読みづらい……!!

 そんなコアルールを都合3度読み直して、私はゲームの流れを完全に把握出来た気がしていた。この前の“1号”さんとのゲームの経験があったからか、読みづらいながらもなんとなくイメージが沸くのはありがたかった。なんでもやってみるものね、なんて一人で変に納得してしまう。


 そんなわけで私はルール確認も兼ねてゲームをしてみたいのです。



 次の土曜、トランクの中の大叔父のグレイナイトと私のキャプテンと共に、私は電車に揺られていた。と言っても揺られていたのは5分程で、ホビーショップの最寄り駅についてしまったのだけど。

 いらっしゃいませ、と出迎えてくれたひげの店長さんは今日も紳士的だ。店は週末なこともあってか多くの客で賑わっている。

 店長さんに体験ゲームをしてみたいことを伝えると「もちろんよろこんで」と快く受け付けてくれた。幸いにもゲームに使えるテーブルが一卓空いていた。

「今日はご自分のアーミーはお持ちですか?」

 お店のテーブルをゲームが出来るように並べかえながら店長さんが私に尋ねる。

 グレイナイトを持ってきたことを伝えると、それは楽しみですねと店長さんが言う。私の気持ちはお見通しであるらしい。


「ゲームについてですが、いくつか種類があります。まずは手持ちのミニチュアをなんでも自由に使って遊ぶ『オープンプレイ』。なんでもありのダイナミックな遊び方ですね。初心者の方でもカジュアルに遊べます。

 お客様はグレイナイトでもうアーミーをお持ちですから、『ナラティブプレイ』や『マッチプレイ』もおすすめです。

『ナラティブプレイ』はアーミーごとに演じる役割を決めて遊ぶドラマ性の高いゲームです。例えば敵に襲われた惑星で仲間や市民を脱出させるため、要塞に立て籠り決死の戦いを挑む防衛側とそこに襲い掛かる侵略側、というゲームが出来ます。とてもドラマチックな展開が楽しめて私は大好きです。TRPGの様にロールプレイお好きな方にはとてもお勧めですよ」

 てぃーあーるぴーじー。きいたことはある。クトゥルフ、だっけ?

「『マッチプレイ』は競技性を重視したゲームです。ユニットや装備にポイントコストが設定されていて、双方の戦力ポイントを揃えることで、公平な条件で勝敗を決するように遊ぶ、というものです。人気のあるプレイスタイルで、お店に来るお客さまたちが良く遊んでいるゲームは9割がこのマッチプレイですね」

 ふうん。インターネットで見たプレイレポートによく出てきた“ポイント”というのは、このマッチプレイ用のポイントのことだったに違いない。

 私はまずはマッチプレイからゲームを覚えてみることにした。これならゲームをする相手も見つけやすいはずだ。私はトランクからミニチュアを一式取り出してテーブルの上に並べて店長さんに質問してみた。

「私が持っているグレイナイトって、どのぐらいのポイントぐらいになるんですか?」

「コデックスお持ちですか?」

「あります!」

 コデックス、念のためにと持ってきていてよかった。……重かったけど!

「ちょっと失礼。ポイントコスト表は巻末に……。ああ、これですね」

 店長さんがグレイナイトのコデックスのページを開いて教えてくれた。なるほどなるほど……。この表がポイント一覧だったのね。私はその表に改めて目を通してみた。前に見た時は何を意味しているのかよくわからずちらっと見るだけにしていたのだ。

 ふむふむ……。なるほど……。それで……私のミニチュアはこの表の中のどれ??

 これはもう恥ずかしがっている場合じゃない。素直に訊こう。

「あの……」

 意を決して店長さんに白状する。

「実はこのグレイナイト、人から譲って貰ったものなので、自分ではどれがどのミニチュアなのかよくわかっていなくて……」

 正確には大叔父から預かっているだけなのだが、私以外の人にとってはややこしいだけなので、そこは省略することにした。

 店長さんがフム、という顔をする。

「あっ! あのっ! これがブラザー・キャプテンなのはわかるんですけれども……」

 消え入りそうな声で私は続ける。

 店長さんはそんな私に優しい声で、一つずつ確認してみましょう、と言ってくれた。


 店長さんの手助けを得て、私はグレイナイトたちをやっと判別することが出来た。そしてミニチュアたちのポイントを計算してみると、おおむね750ポイントほどの規模になるのがわかった。

「グレイナイトはカスタマイズの幅が広いからちょっと難しいですよね」

 店長さんの言葉の意味がさっぱりわからないけど、店長さんなりにフォローしてくれているのはわかる。

「ところで、ロスターの組み方についてはわかりますか?」

 ろすたー。なんだっけ。蒸し焼きに使うオーブンみたいのだっけ? ……のことではないのは話の脈絡からわかる。なにかしら。

 私が顔に疑問符を浮かべているのを見て取り、店長さんが教えてくれた。

「“ロスター”はアーミーの編成表のことです。アーミーの詳しい構成を検討するのに使います。まあそう難しく考えなくても大丈夫。つまりユニットの種類と装備、そのポイントを詳しくメモしたものです。これでその編成の総ポイントを把握することが出来ます」

 ふうん。

「ミニチュアが増えてくると、対戦相手や戦術、ポイント規模によってミニチュアを取捨選択したりすることが出てくるんです」

 なるほど。

「実際的な話として、ウォーハンマーは多くのユニットを入れてアーミーを編成することが多いので、手書き・手計算でやるとなるとかなり大変です。なのでお家でパソコンの表計算ソフトなどを使うのがオススメですね」

 そう言って店長さんが苦笑する。

「試しに500ポイントほどで今からロスターを組んでみませんか? 500ポイントなら手書きもそこまで大変ではないので。ロスターが出来たら実際にゲームで使ってチュートリアルをやってみましょう!」


 そんなわけで私はロスターを組んでみることになった。

「あの……、ミニチュアに取りつけてある武器と私が選びたい武器が違う場合ってどうすればいいんですか?」

「そういう場合は『相手と相談』ですね。見た目と装備は一致しているのが望ましいのですが、そう用意するのが大変なことはよくあります。そういうときはゲームを遊ぶ相手と相談して『これは見た目○○だけど××なものと扱わせてほしい』と相談しましょう。大抵はOKしてくれますよ。『あたかもルール』といいます」

 あたかもルール、覚えておきましょう。

「それになにより、お互いが最も面白く遊べるやり方で遊ぶ。ウォーハンマーは確かに勝敗のある対戦ゲームですが、これが一番大事なルールですね」

 それはコアルールの中にも『最も大切なルール』として書かれていたことである。その考え方は私も好きだ。その欄外のルールを読んだとき、きっとこのゲームが長く愛されているのはそういう考え方が根底にあるからなんだろうな、と思えた。これは紳士たちのそして紳士たちだけの楽しみとさせることをよしとしない淑女たちのホビーなのだ。

 かくして、私は初めて自分の手でアーミーを編成完了し、戦闘準備は完了した。


 店長さんとのチュートリアルゲームは流れを確認しながら2ラウンド、自分の手番(ターン)を2度プレイして、1時間半ほどで終了した。

 小規模なので軽めのゲームとはいえ手順とデータを書籍で確認しながらするゲームは、想像以上に手間取る。なにせどの処理の計算と成功失敗の判定をするに、必要な数のダイスを振って、その結果から必要となるデータを見るためにコデックスのページを行ったり来たりするし、必要な相手のデータは教えて貰わなくてはならない。これがビデオゲームならボタン1度押すだけで次の瞬間には「20のダメージを与えた!」などと表示されるのが、人間がこの処理をするがために多大な手間がかかる。なんだか本当にとんでもないゲームを遊んでいる気がする。

 ええと、射撃の成功判定に使うのはこの数字。

 射撃の成否をダイスロールで判定したら、次は敵の耐久力と武器の攻撃力を比べて成功判定値を参照……あれっ、攻撃力ってどの数値だっけ? ああ、これか……。

 そしたら次は攻撃がダメージになったのかを、相手に防御のチャンスがある“セーヴィング判定”してもらって……えっ? 『貫通』?? それでセーヴィングの成功値が変わる? 『貫通』ってどれ?? 英語のデータシートだと『AP』って書いてある? えっ、どこ? どこ!?


 とまあそんな調子で私は一度の処理ごとにコデックスを開いて閉じて開いて閉じてとお世辞にもスマートにはほど遠かった。

「気にせずゆっくりと」と店長さんは言ってくれたけど、相手が待ってくれているのだと思うとやっぱり焦ってしまう。

 うーん、面白いけどこれは本当に大仰……贅沢……優雅なゲームだわ……。プレイヤーには心のゆとりが無いと大変だ。もちろん時間的なゆとりも。このゲーム、朝から遊んでも丸一日掛かってしまうんじゃないだろうか?(作者注:掛かります)


 チュートリアルゲームを終えて、店長さんは買い物の会計を待っていたお客さんの相手に向かった。レジカウンターの向こうから私に「ゆっくりしていってください」と声をかけてくれる。

 私は広げていた本や紙束を片付けながらミニチュアの広がったテーブルをボーッと眺める。グレイナイトたちの勇ましい姿が昨日までとはまた違って見えたような気がした。覚えることはたくさんだけど、これ、やっぱり楽しいな。


 ミニチュアを片付けようとしていると先程までペイントブースに居たお客たちがこちらへやって来た。

「こんにちは! かっこいいグレイナイトですね!」

「やべー」「ちょうかっけえー」

「あ、ありがとうございます」

 この趣味ではとりあえずやたらめったら褒められる、ということが割とある。

「見せてもらっても?」

 全身黒の服に身を包み、眼鏡のセルフレームだけ赤い男の人が私に尋ねる。

 どうぞ、と答えると男性は腰を屈めて、ミニチュアにじっと見入った。

「これを……君がペイントを……?」

 私は左右に頭を振って否定してみせる。

 男性はそれを見てちょっと安心した様だった。

 待って、それってなんか失礼じゃない? ……まあいいか。

 それにしてもなんだか似たシチュエーションに見覚えがある気がする。

 それもごくごく最近。

「私がペイントしたのは、こっちのキャプテンだけ。あとのミニチュアは大叔父のものを借りているんです」

「大叔父さん、大変な腕前ですね……。これはすごいな……」

「そうなんですか? 私は未熟でまだどうすごいのかわからないのですが、そう言ってもらえるなら大叔父も喜ぶと思います」

「素晴らしいものを見せてくれてありがとう! うーん、他のも拝見したいなあ。大叔父さんSNSアカウントなどはお持ちじゃないですか?」

 えっ、どうだろう。私もそれは思いつかなかった。SNSか。

「たしか『キラキラ大進撃』、とかなんとか……」

「あのキラキラ大進撃さん!?」

 ”あの”が”どの”かはともかく、大叔父は有名人であったらしい。

 私の心持ちもちょっと自慢気になるの、むべなるかな。

「大叔父さんに会ったら、ファンですと伝えてください……」

 アカブチメガネさんにやたら恐縮しながらそう頼まれる。彼はまだ知らないのだ。

「あの、ごめんなさい。実は大叔父、先日亡くなりました。なので直接伝えるのは叶いませんが、きっと大叔父も喜びます」

 呆然とした顔をしながらアカブチメガネさんが驚く。

「それは……大変残念です。惜しい方を。ご愁傷さまでした……」

「ありがとうございます。私、大叔父にこんな趣味があった事を知らなくて。大叔父の好きだったものが知りたくて、ウォーハンマーを体験してみようと思ったんです」

「そうだったんですね。今日がゲームは初めてですか?」

「チュートリアルをしてもらいました」

「それは良かったですね! 楽しめそうでしたか?」

「手順が多いのと、参照するデータを本をめくって探すので手間取ってばかりでした。」「最初はみんなそうですね」アカブチさんが微笑みながらそう言う。

「でも、楽しいです」

 アカブチさんはそれを聞いて何故か楽しそうな顔をしていた。そして何事かを思いついた様子で私の名前を尋ねた。

「あなたのお名前を訊いてもいいですか?」

「ウツギです」

「えっと、ウツギさん。改めまして、僕はサトウと言います。このお店でよく遊ばせてもらっています」

 そうなんですね。サトウさんが続ける。

「それで、なんですけど。次の土曜、よかったら僕らのゲームに参加しませんか?」

 いきなり突然、なに。


 アカブチさんが事情を説明してくれた。

「っていきなり誘われてもびっくりしますよね。実は次の土曜、朝から隣町のストアのお客さんたちと3vs3のタッグ戦をここでやるんです。ところが僕らのチームメイトが一人、仕事のトラブルで急な出張になっちゃって。それで日曜まで戻れないらしく困っていたんです。よかったらウツギさん代わりに出てみませんか? 僕ら<帝国>なので、グレイナイト大歓迎なんです。」

 そういうことか。お誘いは嬉しいけど、いきなり本格的なゲーム、しかも大勢でやるとなればさすがに腰が引ける。

「それに、対戦相手のチームにウツギさんと同じぐらいの年頃の子がいるんで、興味あるんじゃないかなって」

 それは確かに興味のある話だ。引けていた腰がやや戻ってくる。

「ゲームの経験が少ないのを心配してるのなら、むしろチーム戦はいいかもしれないですよ。ゲーム中に仲間と相談して動かせるから、色々とフォローも出来ますし」

 ふうん。そう言ってくれるなら、いい機会かもだしやってみようかな。

「あの、やってみたいです。自信無いけども……!」

「やったぜ! いいんですよ! 楽しんであそびましょう!」

 アカブチさん、いい人だな。


 かくして私はいきなり、なんだかすごそうなゲームをすることになったのです。



 アカブチさんに明日もお店に来られるかと尋ねられ、特に予定もなかったので了承した私は、そんなわけで今日もお店に来ている。お店でアカブチさんはもう一人のチームメイトを紹介してくれた。

「おあしすです。よろしく」

 ”おあしす”と名乗った彼は大学生ぐらいに見えた。髪色はセルフカラーっぽい金色で、海外バンドのロゴがプリントされたTシャツを着ている。アカブチさんとおあしすと私は3人で作戦会議と称した打合せをすることになった。


 私が改めてゲーム初心者であることを確認すると、アカブチさんは何か重大なことを打ち明ける様に話を切り出した。

「実は40kのゲームをする上で、初心者にとって一つ重大な問題があるんです」

 場の空気がにわかに緊張を帯びる。

「上級ルールが未翻訳。つまり日本語でルールの説明をしているものが無いんです」 「えっ??」

どういうこと?

「コアルールがルールじゃないんですか?」

 私は素朴に疑問を口にしてみた。

「コアルールはルールですね」

 私たちはいま、哲学的な会話をしている。

「コアルールはフェイズ処理や全体的なゲームの流れの基本ルールです。コアルールにはアーミーの編成についてのルールは書かれてなかったでしょう?」

 三回読み直した私にはわかる。書いていなかった。確かに。

「でもコデックスには編成の話が出てくるから不思議だったでしょう? “デタッチメント”ってなんだよ⁉ ってなったでしょう?」

 不思議だった。デタッチメントってなんだよ⁉ ってなった。

「そういう編成のルールやゲーム形式の詳しいルールが書いてあるのが、アドバンスドルール――上級ルールなんですよ」

 そうだったんだ。

 えっ、ちょっと待って?

「その上級ルールが未翻訳なんですか??」

 二人が頷く。

「えっ?? ウォーハンマーって日本でも結構人気あるんですよね??」

「そうらしいですね……」とアカブチさん。

「なんでそんな大事なものが翻訳されていないんですか⁉」

 アカブチさんとおあしすが顔を見合わせる。

「本当に、なんでなんだろうね……」

 その声には深い当惑と諦めが籠もっているように聞こえた。

 レジカウンターを振り返ると、店長さんがあからさまに私達と反対のほうに首を向けているのが見えた。

 私これからそんなゲームやるの⁉


 不安いっぱいになったところで、上級ルールについてはアカブチさんとおあしすが必要な部分をかいつまんでレクチャーしてくれることで、とりあえずクリアの目処が立った。というか上級ルールについてはお店や先輩趣味人が初心者をサポートして教えるのは割と一般的であるらしい。なのでわからないことは先輩プレイヤーに遠慮無く訊いてOKなのだという。質問を受けた先輩プレイヤーも親切に教えてくれるので、コミュニティに参加する導線としても機能するのだという。なるほど、するとこれはこれでいい文化なのかもしれない。ルールが英語しかなかったことの結果論だけども。

 さて、そんなわけで二人に解説してもらったことによれば、“デタッチメント”というのはアーミー内の編成の大きな単位で、デタッチメントに必要な員数を達成することでゲーム上のボーナスが発生するのだそうだ。このデタッチメントという編成の単位を達成したアーミーは”バトルフォージド”という形式であると見なされ、そこでも様々な特典が発生する。要するに「アーミーはデタッチメント単位で組んでおけ」ということらしい。私はゲームで使いそうな基本的なデタッチメントについて一通りレクチャーを受け、それをメモにしたためた。帰りに文具屋さんでノート買っていこう。今夜はおさらいしなくっちゃ。


 そしてやっと、土曜日のゲームに向けての作戦会議らしい作戦会議に話題は移った。


 議題① ゲームのルールの確認(先方と協議済み)

  1ゲームは3名vs3名のタッグ制チーム戦とする

  2)参加者は各人1000ポイントを上限としたバトルフォージドアーミーを編成すること

  3)コマンドポイント(CP)はチーム内で最も値が高いアーミーのものを使用し、CPはチーム内で共有とする

  4)策略・至宝の使用可、ウォーロードの設定可、各チームはウォーマスターを1体設定する

  5)手番はプレイヤーごとではなく、チームのターン中に任意の順で処理する

  6)勝敗は勝利条件により付与される勝利点の多寡にて決する


 今回のゲームの対戦ルールについて整理して教えてくれた。こういうのをレギュレーションと呼んだりするらしい。わからないことが多い。ルールの3)項と4)項はアーミー毎の特殊ルールや特別に強力な武装などを実行するためのルールだとアカブチさんが教えてくれた。「おいおいわかる様になるよ」とも。難しそうだ。


 議題② チームの戦力確認

 今回、私たちのチームは<帝国>のアーミーが集まったもの、という設定らしい。私たちの使うアーミーはそれぞれ以下の通り。

 アカブチさん:ウルトラマリーン。WARHAMMER40,000の代表アーミーことスペースマリーン戦団の一つだ。

 おあしす:アストラ・ミリタルム。超人兵士ではなく“普通の人々”からなる帝国の防衛軍。圧倒的な物量と強力な戦闘車両による火力が武器の強力なアーミー。

 私:グレイナイト。“歪み”から襲来する悪意の権化たるディーモン狩りを請け負う異端審問官にして666番目の戦団。皇帝陛下の鉄槌。

 対する相手チームは、銀河の東側辺縁(イーストフリンジ)を拠点とする新興の異星人国家タウ・エンパイア。SFテイストあふれる強力なロボット(バトルスーツ)が特徴の射撃特化のアーミーとして知られている。


 議題③ 私の不足ミニチュアについて

 私のグレイナイトは既定の1000ポイントに250ポイント程足りていない。この不足分はおあしすが自分のグレイナイトのミニチュアを貸すと申し出てくれて解決した。おあしすはグレイナイトをアーミーが組めるほど多く持っているわけではないものの、かっこいいミニチュアなどはつまんで作ってみており、何体か手持ちにあるのだそうだ。これで私のミニチュア不足はとりあえずなんとかなる目処がついた。


 議題④ 私のゲームの練習

 目下の課題として大きいのが。私のゲーム経験不足だ。「経験不足は気にしなくていいのだけど、大規模ゲームは時間がかかるので、処理に慣れて損が無い」とはアカブチさんの弁。

 そんなわけで私はこの1週間、何度かアカブチさんとおあしすにゲームの練習相手をしてもらうことになった。これってつまり特訓じゃない?特訓だって!すごい! とはいえ二人とも社会人なので練習は夕方からになる。それでも次の土曜までに今日を含めて3度はゲームをすることが出来そうだった。


 私たちは打合せと練習ゲームを終えると、別れる前にメッセージアプリの連絡先を交換し合うことにした。「こうすれば連絡や作戦の相談、会わなくても出来るでしょ」とおあしす。家族以外とメッセージのやり取りに使ったことが無かったのであまり考えてもみなかったが、確かに合理的そうだ。しかし趣味を通じて知り合ったとはいえ、二十代と三十代の男性と連絡先の交換なんてしていいのだろうか。私が少し躊躇していると2人もなにかにはっと気付いた様だった。私たち3人は互いの顔を見て頷き合った。今日をもってここに新たな紳士協定が結ばれた瞬間であった。紳士協定て。



 かくして自分の中でゲームへの関心が高まるにつれて、データ参照のためにグレイナイトコデックスを開く機会が多くなった。

 ミニチュアのゲームデータを参照していると私はちょっとした欲求を覚えた。

 今回のゲームで使うミニチュアが持つアビリティについてしっかり把握しておきたい。

 グレイナイトはサイキックが強いアーミーでもあるので、各サイキック能力についての詳細も理解しておきたい。

というわけで、私はコデックスを読むことに再度取り組んでみることにした。今度はデータの部分をまとめるためにも、翻訳しつつ併せて自分のメモを作ってみることにする。

 以前は序文から読んでしまい、一度は読むのを諦め……保留にしていたグレイナイトコデックスも、今は前提知識が多少頭に入っているからか、なんだか前よりも大分理解しやすい。とはいえそれなりの分量の翻訳は結構大変な作業だった。今朝もコデックスの翻訳に取り組んでいたものの、集中も切れたのかどうにも気が散ってしまう。私は気分転換も兼ねて喫茶店へ行くことにした。

 駅から反対方向に5分ほど歩いたところに、私のお気に入りの静かなカフェがある。時々読書に使うそのカフェでシート席に陣取りコデックスの英語と格闘していると「宇津木さん」と声を掛けられた。

 誰だろう?と顔を上げると、目の前に見覚えのある顔の女子が立っている。

 えーっと……、そうだ、同級生の子だ。店の入口のほうに目を向けると、もう二人女子が立っている。彼女たちの顔も教室で見た覚えがある。彼女たちの名前は……なんだっけ。声を掛けてきた子の名前を思い出そうとして顔を見つめていると、またも先手を取られた。

「カナイだよ。夏休みでしばらく会わない間に忘れちゃった?」

 冗談めかして“カナイ”さんが言う。うっ、ごめんなさい……。

「宇津木さんとこんなところで会うなんてね! なにしてたの? 宿題片付けに来た……ってわけじゃなさそうだね」

 テーブルの上と私の顔を交互に見ながら“カナイ”さんが尋ねる。

「えっと、ちょっと本を読みに……」

 こういうときどう答えるのがいいのだろう? 迷って歯切れの悪い感じになってしまう。

 “カナイ”さんはコデックスを見つけると大きな声をあげた。

「うわっ、これ英語の本だ! 宇津木さん成績いいのは知ってたけど、さすがだねえ」

 ”カナイ”さんが感心した様子で言う。なにがどう「さすが」なの、“カナイ”さん。

 コデックスの説明をどうしたら伝わるか逡巡する。

「あの、これは……その。ゲームの本で……」

 我ながら不明瞭なことを言ってしまう。

「ゲーム? 外国のゲーム? これ遊んでるんだ! すごいね! どんなゲームなの?」

「ええと、これはウォーゲームって言うシミュレーションゲームの一種なんだけど、ミニチュアを使って遊ぶもので、ミニチュア・ウォーゲームって呼ばれてて……」

 ミニチュア・ウォーゲームをどう説明するのがいいか私が考えながら喋っていたら、どうやらそれが言い淀んでいる様に聞こえたらしい。”カナイ”さんはなにかを察してくれた様子で

「あっ、いいよいいよ! 邪魔しちゃってごめんね! じゃあ私行くね! 次会うのは学校かな? 宇津木さん、またね!」

 と一息に言うと、入口のあたりで待つ二人に合流して店を出ていった。

 “カナイ”さんたちは帰ろうとしていたところで私を見つけて声を掛けたらしい。

 私は同級生たちの背中を見送りながら、自分が好きになったものを上手く説明出来なかったことへの後悔と、自分が同級生の名前を思い出すことが出来なかったことへのバツの悪さを感じていた。うーん、これはあまりよくないわ、才華。

 二学期が始まって“カナイ”さんに会ったら、今日のこと謝らなくっちゃ。



 2日間、計6杯のコーヒー代を出費して私はグレイナイトのコデックスになんとか目を通し終えた。

 努力の甲斐あって、各ユニットの能力、戦団の独自の戦術ルール、サイキック、至宝、策略についてまとめたメモで用意していた大学ノートのページの多くが埋められている。

それに加えて私はグレイナイトの戦団としての概要やバックボーン、そのストーリーを読むことにも成功したのだった。やった。知らない単語が多くて苦労したわよ!


 私が苦労の末に得た知識によれば、グレイナイトとはこんな人たちであるらしい。


【作者注:ここにはグレイナイトの説明をいれて読者の理解を助けたいのですが、困ったことに作者、グレイナイトが全然わからないんですよね……。どうしよう。がんばって調べるからちょっと待ってて。なのでしばらくここは空欄です。万が一情報提供して下さる奇特な方あれば、作者までご連絡頂けるとこの上なく大変にありがたいです】



 コデックス読んだり、アカブチさんやおあしすとゲームの練習したり、作戦について相談しているうちにあわただしく日々は過ぎていった。気付けばゲーム会の日は明日に迫っていた。エラッタの印刷も忘れていない。

 エラッタというのはルールの修正や訂正をまとめたもののことだ。アカブチさんたちの説明によれば、ウォーハンマーではこれが書籍ごとに適宜発行されている。それはルールの基本的な部分たるコアルールから、各アーミーのコデックス、対戦ルールまで至る所に発生する。このエラッタ、人と遊ぶ上では重要なものなのでグレイナイトの分だけは一応目を通しておいたほうがいいよ、とアドバイスされたのだ。しかしエラッタは英語書籍のみのものは英語でしか提供されていない。そしてグレイナイトコデックスは英語のみなのである。ええ、訳しましたよ、がんばって。

 夕飯後、私は明日に備えて荷物の用意をしておくことにした。ひとまず紙に持っていくものを書き出して、即席のチェックリストを作る。


 ・持っていくものリスト

   ✓私と大叔父のグレイナイトミニチュア 

   ✓グレイナイトのコデックス

   ✓コアルールの印刷したもの

   ✓グレイナイトコデックスのエラッタ(変更事項集)

   ✓明日のために作ったロスターを書いた紙

   ✓データをまとめたメモ帳兼用のノートとペン

   ✓12㎜ダイス36個のセット

    (クリアブルーの美しいダイスを見つけて買っておいたのだ)

   ✓16㎜ダイス10個のセット

   ✓ダイストレイ(「あると便利だよ」とアカブチさんがくれたものだ)

   ✓インチメジャー


 これでゲームに必要なものは全部。だと思う。不足しているミニチュアについては明日の朝おあしすが持ってきてくれることになっている。私はチェックリストを左手に持ち、ベッドの上に並べたものを右手で指差ししながら、忘れ物が無いか確認する。うん、大丈夫そう。荷物をトランクに詰めて準備完了だ。明日着ていく服ももうハンガーにかけてある。楽しみだな。



「なんで、時間ギリギリになっちゃったー!?」

 駅からホビーショップまでの道をトランクを引き引き足早に移動しながら、私は今朝何度目かの同じ自問を繰り返していた。まあ答えはわかってるんだけどね……。楽しみ過ぎて夜中まで寝付けなかったのだ。荷物を再度確認したり、ロスターを見直したりしていたら、空が明るくなってきたので慌ててベッドに潜り込んだのだ。次に目が覚めたのは集合時間の1時間前。大急ぎで支度して、そしてこの状況というわけ。

 ホビーショップに到着したのは、開店時間5分前のことだった。なんとか遅刻にはならずに息を切らしながらやってきた私を、チームメイトが笑って迎えてくれた。アカブチさんとおあしすはとっくに合流していたらしく、談笑しながら店の前で待機していた。


 隣町のストアから来たらしき3人は大きなカバンを各々抱えてひとかたまりになって立っていた。今日の対戦相手を私は横目に観察してみる。まず30代半ばぐらいの男性が二人。一人はリーダー格らしく、真ん中に立って左右の二人と話をしている。そして私と同じぐらいの年頃のショートボブの女の子が一人。ううん⁉ 女の子? えっ?私の見間違いじゃなくて? このあたり他にもお店あるし、そっちのお客さんがたまたまそれっぽい位置に立ってるだけじゃない? 2軒隣にタピオカ屋出来てたし。 えっ?だって女の子だし。女の子だよ?

 私の冷静な思考力が全力であらゆる可能性を検討しそこに女の子がいることを否定しているのに反して、その子はまずその辺を歩いている人が抱えているはずのないサイズの荷物を抱えていた。この出で立ちは……まさか? 本当に……? 前にアカブチさんが私と同年代の子がいるって言っていたけど、女の子だったの⁉ どうにも信じられずに周りを見回しても、私たちの他にはどっからどう見ても立派に成人している男性しか見えない。まさかまさか、まさかなの。


 なぜ私がこんなにも驚いているのかというと、それはこのホビーで見かける同好の人が、今まで訪れたすべての場所で大人の男の人だけだったからだ。正確には大人の女の人を1人だけお店で見たことはある。でもやっぱり大人の人だったし、そもそも私と同年代の子に今までどのホビーストアでも会ったことがなかった。だから漠然と今日来る子は男の子だろうと決めつけていた。なので、あまりに予想外な事態に私は動揺していた。えっあっ、変な服着てないかな。髪ぼさぼさになってないかな。友達に、なれるかな……。

 好奇心丸出しで見ていた私の視線に気付き、その子が怪訝そうに声をかけてきた。

「なに?」

「あの!えっと!」

 私があたふたしているとアカブチさんが遮る様に言った。

「やあ揃いましたね」

 みんなが揃ったので最初に挨拶しようということらしい。

「今日はお越しいただきどうも。僕がサトウです。よろしくどうぞ!」

 先方のリーダーらしき人が応じる。

「こちらこそお招きどうも! サトウさん今日はギッタンギッタンにしちゃうから!」

 えーナベさんこわーい、とおあしす。彼はナベさんというらしい。

 “ナベさん”は私のほうに向くと声を掛けてきた。

「君がキラキラさんの姪っ子さんかあ。よろしく」

 大叔父のことを彼も知っているらしい。

 もう一人は”ヨシオ”と名乗った。

 どうやら向こうの3人とアカブチさんたちは面識がある様で、この挨拶の時間は私のために設けてくれているものらしい。

「イオタです。今日はよろしくお願いします」

 向こうのチームのショートボブの子が自己紹介をする。”イオタ”。ギリシャ文字のι(イオタ)? タウがτ(タウ)だから? イオタさんか。

 そして最後が私の番だった。

「ウツギです。サイカでもいいです。ウォーハンマー初心者です。ご迷惑たくさんお掛けするかもですが、今日はよろしくお願いします!」


 私たちは開店と同時にお店の中に入ると、予約していたゲームテーブルの周りに陣取った。各自ごそごそと荷物を広げていると、店長さんがテーブルにやってきて「今日は楽しみですね」と声を掛けてくれた。大人たちが談笑している脇で、私はイオタさんに話しかけてみることにした。

「あの……、今日はよろしくね!」

「あ、うん。よろしく」

「私、ウォーハンマーやってて同年代の子って会ったことなかったから今日は楽しみにしてたの! まさかそれが女の子だったなんて!」

「珍しいよね、お互いに」彼女は笑いながらそう応えた。

 やっぱり珍しいんだ、私たちみたいなの。

「私実はタウとゲームするの初めてなんだ! タウかっこいいね!」

 イオタさんのミニチュアに視線を向けると、そこにはずらりとタウのロボット――じゃなくて“バトルスーツ”が並んでいた。装甲部分に明るいグレーのペイントを施されたバトルスーツたちは<帝国>の機械たちとはまた違った印象で、いかにもSFのロボット然としていた。うわあ、こうやって実物見るとタウもかっこいいなあ。

「まあね。そっちはアーミーなにを使うの?」

「私はグレイナイト」

「へえ」イオタさんがこれは予想外という調子の声を上げる

「珍しいアーミー使ってるね。グレイナイトもかっこいいよね」

「うん!」

「後で見せてよ。楽しみにしてる」

「うん!!」

 あれっ? 会話が終わりそうな雰囲気になってしまった。

 まずい。これじゃ仲良くなれないのでは……? 私は意を決して一歩踏み込んでみる。

「あっ、あの! イオタさん!」

「なに?」

「イオタって呼んでいい? 私のことはサイカでいいから!」

「えっ? う、うん。 別にいいけど……」

 よし。やった。やったわ! 私、よくやった! わあ、新しい友達出来ちゃった!!



 サイカと呼んでくれ、と突然言ってきた子のなぜかゲームをする前から満足そうな背中を見送りながら、あの子もやっぱり変な子か……と五百田悠里(イオタユウリ)は一人いつもの様に得心していた。この趣味始めて以来いろんな大人と知り合ったけど、なんかみんな個性的なのよね。なんでなんだろ。まあいいか。でもグレイナイト使いってことは相手はマリーンとグレイナイトとアストラか。グレイナイトとは正直予想してなかったな。うん、でも、今日は面白くなりそう。



 私も実際にやってみて初めてわかったのだけど、ミニチュア・ウォーゲームというのはゲームを始めるまでに結構時間がかかる。

 というのも実際にミニチュアを使うのもそうなのだが、なにより基本的にすべての準備を人の手でしなくてはいけない。

ゲームの準備にも段階があって、ゲームをプレイするために新しいミニチュアを用意する必要があるなら、そのミニチュアの“製作”から必要なのだ。みんなは「組立ててあればそれでもいいよ」と言ってくれるし、ペイントしたからと言ってゲームでの性能に差は無い。

 しかし趣味人に伝わる伝説によれば、ペイントするとダイスの出目が良くなる、らしい。なにそれ。

 また“ペイント・オア・ダイの聖人“という伝説もある。グレイモデル(未塗装で組立てただけのモデルのこと)で遊ぶプレイヤーのもとには聖人が夢枕に立ち、ものすごい形相で「塗らねば大変なことになる」と言い残していくのだそうだ。なにそれ怖い。

 とまあ伝説と言いつつ実際は与太話なのだけど、だけどもミニチュアは塗装されているとテーブル上でとても映える。これは誇張ではなく本当に映えるのだ。そして纏う雰囲気が抜群にかっこよくなる。これを自分が作ったミニチュアで見てしまうと「やっぱりペイントしないとな」とつい思ってしまうのだ。私はまだキャプテンしか作ったことはないけれども、キャプテンや大叔父のグレイナイトたちを並べると浮かび上がってくる景色はとても魅力あるものに感じる。そんなこんなでそもそもゲームに辿り着くまでで既に時間がかかる。

 そして相手を見つけてテーブルに着き、さあゲームをしよう! となっても簡単にはいかない。事前にルールのすり合わせをしていたとしても、まずは戦場となるステージを用意(セットアップ)するところからなのだ。

 これにはテーブルのどこからどこまでを戦場とするかの取り決めに始まり、戦場に配置する“テレイン(情景)”と呼ばれる大小の建物や設備、その他戦場に散らばる障害物の配置である。テレインを配置することで戦場はぐっとドラマチックな場所になるし、障害物よって射線や視界、移動を制限することでミニチュアの移動や配置に意味が生じる。

このテレイン配置を行ってから、自陣を決めるためにどこを中心としてテーブルを分割するかの取り決め、そして先行後攻をダイスロールで決める。

 そうしてやっとアーミーのミニチュアの出番がくる。先行のプレイヤーがまず自分のアーミーのミニチュアを配置し、後攻プレイヤーはその配置を参考に自分のミニチュアを自陣内に布陣させる。そうして双方ミニチュアを配置し終わったら、最後に各々の使用するミニチュアについての説明と確認、質疑応答を経て、お互いのミニチュアの鑑賞タイムがはじまる。

 この鑑賞タイムでは相手のミニチュアのいいところは素直に褒め称えることが大いに推奨されており、とにかくお互い褒めるし褒めてもらえる。

 そうして一連の儀式を終えてようやくゲーム開始の準備が整う。もちろん初対面同士だったり、大規模なゲームだったり、今回みたいに特殊なルールを導入するゲームなどの場合にはこれだけでかなり時間がかかる。しかしこのゲームを始める前の準備はとても大事なのだ。というのも実質この準備タイムは相手とのゲームするうえでのすり合わせの時間でありお互いどういう遊び方に合意するかを確認する合意形成の時間でもある。ここで共有されない遊び方はゲーム後の消化不良の“しこり”になったりする。だからしっかりやって損は無い。とアカブチさんは教えてくれた。とはいえゲーム中ルールについて未合意の事項があってもそれで揉めてトラブルになる様なことはほぼ無く、「面白くなるようにしようぜ!」の精神のもと、都度相談して解決してしまうのだそうだ。


 そんな準備を経て、私たちがゲーム開始の用意を整えたのはお店に入ってから優に二時間は過ぎた頃だった。いよいよゲームが始まる……!と身構えていたら、おあしすが紙束を取り出してなにやらスピーチを始めた。


「ここは惑星エイトプリンシズ……」


 いや違う! これスピーチじゃない! おあしす、お前もか……!!

 私はちょっと懐かしい気持ちを覚えながら、このホビーの愛好家、つまり趣味人にとってはこれがいわゆる“お約束”なのだということを理解しつつあった。


「タウ・エンパイアは天球拡張により精力的に版図を広げており、銀河の東の辺境に位置する帝国の要衝、エイトプリンシズにもその先鞭は迫りつつあった。星系に侵入するタウの艦隊が確認されると。エイトプリンシズ総督府は素早く近隣の星系へ救援の要請を送った。

 この救援に駆け付けたのは、武勇名高きウルトラマリーン、存在そのものが帝国の機密とされるグレイナイトの2戦団であった。特に公式には存在しないとされるグレイナイトからの救援の申し出にはエイトプリンシズ総督府内で大いなる衝撃と共に受け止められたという。

 エイトプリンシズ駐留軍と合流し帝国の諸軍として連携することとなった彼らに迫るは、3人の司令(コマンダー)に率いられしタウの先遣艦隊。

 星系侵入の報より10日、戦いは双方一歩も引かず泥沼化し、惑星上での決戦となった。夜明けを前に人類の<帝国>とタウ・エンパイアは各々の布陣を完了させ、砲火は今まさに口火を切らんとしていた……」

 おあしすの口上が終わると、アカブチさんとおあしすは手を前に交差させ、影絵の『鳩』のポーズをとると「皇帝陛下のご加護を……」と呟いた。

「なにそれ」

 思わず口から言葉がもれる。

「アクィラのサイン……」

 そうですか。


「それじゃあ、改めましてよろしくお願いしまーす」

 ナベさんの合図でゲームは始まった。先攻は私達。タウは上手く建物のテレインの陰に隠れている。タウは射撃が強いアーミーだが、大半の武器は射線が通っていない限り射撃が出来ない。私たちの戦略は歩兵部隊を中心に前進させつつ、アストラ・ミリタルムの迫撃砲や長距離砲で相手の射程外から削っていき、アカブチさんのウルトラマリーンと私のグレイナイトからなる主力が中盤に敵主力を総攻撃する、というものだった。

 1ターン目は双方僅かな被害に留まった。時計の針は既に14時まで数分だった。メーカーの直営ホビーショップには外資の会社のお店だからか14時から15時まで昼休憩の時間がある。つまりゲームはここで一時中断だ。この時間を利用して私たちは昼食がてら休憩をとることにした。


 昼食のために店外に出た私はてっきりみんなで一緒にご飯を食べるのだと思っていたのだが、そうはならなかった。

「決着は後でつける!」

「絶対のしてやる!」

 天下の往来で茶番の応酬を繰り広げるのは、成人年齢に達して10年は優に過ぎたであろう人々だ。まあ、さっきまで一緒にゲームしてた人たちなんですけども。私達はそれぞれのチームにわかれて昼食をとることになった。イオタさんと話してみたかった私が向こうのチームの背中を見送っていると、アカブチさんがそれを察して「今日は敵同士だし、戦争中だからね……」とフォローしてくれた。なるほど。戦争中なら仕方ないよね。本当にそうか?


 私たちは近くのファミリーレストランに入ることにした。注文したパスタを食べながら、そう言えばこういうことあんまりしたことなかったな、と私は考えていた。前に家族以外と食事に行ったのはいつのことだったかな。小学校の卒業式の後にクラスの子と行った謝恩会以来かも。その前は大叔父と過ごした最後の夏だったかもしれない。ちょっと変な感じだけど、こういう食事も楽しい気がする。

 アカブチさんとおあしすは休憩に入るまでのゲーム展開のおさらいと反省、再開後の作戦について確認とも相談ともつかない話をしている。

「1ターン目はまずまずかな」

「テレインに上手く隠れられて敵のユニットあまり潰せませんでしたけど、こっちも殆ど被害ないからまだまだこれからですね」

「この先は作戦通りウツギさんのテレポート縦深とサイキックがキモになるからね。がんばって!」

 アカブチさんが私に向かって言う。“縦深”というのはこのゲームを遊ぶ人が良く使う用語で、つまるところ最初の配置でテーブルの上に置かずにいた温存戦力である。これを増援として敵の近くに配置出来る能力をグレイナイトは持っており、それで一気に敵の主力を強襲する段取りなのだ。うわー、緊張する。


 私たちはお店の営業再開時間5分前に昼食から戻り、敵味方に分かれていた相手と談笑しながら時間を待った。敵同士だからご飯は別、なんて言ってももちろん実際には仲が悪いわけではない。つまりこれは一種の“ごっこ遊び”なのだ。大人もこんな遊びするんだなあ、とも大人だからこそ遊びにここまでやってみるのかな、とも思う。


 お昼休憩から再開したゲームはトントン拍子、とはいかないまでも順調に進んでいった。私もアカブチさんとおあしすとの特訓のおかげでゲームの処理に手間取ることが少なく済んだ。みんなの足を引っ張らずに済む、というのは結構うれしいものだ。

3ターン目、前のターンでアカブチさんが操るウルトラマリーンが敵をうまく引き付けてくれていた。その隙を突く形で、すかさず私が温存していたターミネータースカッドとブラザー・キャプテンを敵の目前に送り込むと、盤面が大きく動いた。続くサイキックフェイズでグレイナイトのサイキックは出目にも恵まれ、多大な戦果を挙げたのだ。その流れのままゲームは3ラウンド目の最後で時間いっぱいとなり終了と相成った。

 最終的に私たちのチームは拠点の確保で得た勝利点でタウチームを上回り、勝利の結果となった。しかし勝利を喜ぶ間も無く、時計の針は既に閉店時間15分前だ。

 ミニチュア・ウォーゲームは例によって片付けにも時間がかかる。

 私たちは大急ぎでテーブル中に散らばったダイスとミニチュアを回収し、ケースに仕舞い、バッグに詰め、散らばった書籍類と小物一式を片付け、あわただしく帰り支度を済ませた。時計は既に閉店時間を5分過ぎている。店長さんのにこやかな顔が逆に怖い。店長さんの視線を背に駆ける様に店を出た私たちは建物の外でようやく人心地着いていた。18時15分、夏の夕方はまだ明るい。


 アカブチさんの呼びかけで、みんなでごはんを食べていこう、ということになった。昼と違って今度は敵味方別れること無く一緒らしい。行ってみたいけど、今日は夕飯までには帰宅すると母には伝えていた。私がどうしようか悩んでいると誰かの声が助け舟を出してくれた。

「私たち未成年ズは保護者が心配するので、お茶を御一緒したら遅くならないうちに帰りまーす!」

 私が振り向くと「それでいい?」とイオタがこともなげに言う。

「あー」「そらそうだ」と成人ズから声が上がる。

「一応おうちに電話しておいたら?」今度は私の肘をつついて小さな声が言う。

「あっ、たしかに」

 電話の向こうの母はあっさり門限超過をOKしてくれた。こうして私は今日二度目の家族以外との飲食店入店を実行した。なんだかちょっとオトナになった気がする。


 オトナ気分はお店に入って10分後には跡形もなく消え去っていた。「感想戦」という言葉がある。もともとは囲碁や将棋で使われている言葉だけども、ある題材についてみんなでああだこうだと好き勝手に感想を述べる集まりのことも意味する。夕食会はまさにそれだった。大人たちはさっきまで興じていたゲームを肴にギャーギャーと時には罵り合いながら時には讃え合いながらいつまでも話に花を咲かせている。テーブルの隅には既に空になったビールジョッキが並んで、私は大人たちに気圧されながら時々投げかけられる言葉に応えていた。

「3ラウンド目のウツギさんの“スマイト”連発、まさかあそこまで上手くいくとはねえ!出目が走ったね!」

 私のはす向かいに座ったアカブチさんが顔をメガネフレームの色にしながらそんなことを言った。“スマイト”とは私の使うグレイナイトの得意なサイキック攻撃だ。サイキックによる攻撃は防がれにくいという特徴があり、特に設定上サイキックへの耐性を持たないタウ・エンパイアはゲーム上もそれが再現されておりサイキックへの抵抗手段が無い。そのためサイキックは彼らへの非常に有効な攻撃手段になるのだ。

「あ、ありがとうございます?」

「いや、あれは本当にキツかった!僕の手持ちあれで殆ど消されちゃったもの!」

「はあ」

 そんな言葉の割に、”ナベさん”でもイオタでもない人は上機嫌だった。えーっと、このひとは誰さんだったっけ……

「ヨシオさん、初心者が活躍したら敵でも褒めてあげないと!」私の隣の席に座っていたイオタが茶々を入れる。

「そうだった!そうだった!」

 ”ヨシオ”さんは赤ら顔に満面の笑みを浮かべていた。お店でゲームしていた時は物静かな人という感じだったのに、まるで别人の様だ。

「タウはサイキック弱いとは言え、あそこまで潰されると感服しちゃうね!」

 そんな調子でおだてられている私のグレイナイトも、次の相手の手番でものすごい数のフュージョンブラスターに6割が消し飛ばされたんだけども。

 その後も話題は尽きることなく、お店の中でもその一画は絶えず賑やかだった。

「それで、ウツギさん今日はどうだった?」

 アカブチさんが今日の感想を私に尋ねる。

 私は素直に「楽しかったです」と答える。

 そう、楽しかったのだ。今日は、とても。

「それは良かった。あの時ウツギさん誘ってみて本当に良かった」

 アカブチさんは私への言葉とも独り言ともつかない様子でそんなことを言った。

 それを聞いて私は思う。私のほうこそ誘ってもらってよかったなって。

 ゲームしてみたいと思っていたのが1週間前、それからあれよあれよという間にほんの数日前まで赤の他人だった人たちとこうして一緒に笑っている。私が今まさに感じているのが楽しいという気持ちでなかったら、なにが楽しい気持ちなんだというのだろう。そう、楽しい…!

「ウォーハンマーって楽しいですね……!」

 思わず口をついて出た私の言葉に、みんなの顔が一斉に私のほうを向く。

「あのっ」

 雰囲気に促されて口を開いたもののなにを言えばいいんだろう。

「今日は本当に楽しくて。自分がこんな風に遊べるなんて思わなくて。大叔父の部屋でウォーハンマーに出会ってなかったら、きっとこうはならなかったって思うと、なんだかすごくて」

 私なに言ってるんだろ。

「あの、なんていうか、今日は本当に楽しかったです」

 こちらこそ! 楽しかったならなによりだよ! 声があがる。

「遊んでくれて……ありがとうございました」

 本当になに言ってるんだろう。耳まで顔が赤くなるのを感じる。

「なんかウォーハンマーもうやめちゃうみたいだね」

 隣に座っていたイオタが言う。

「そんなつもりないよ! まだ始めたばかりだもん、もっとやってみたい」

 それを聞いたイオタは私の肩を小突きながら「やるじゃん」と小さな声で言った。あっ、これ映画で見たことあるやつだ!。『友情』って感じじゃない?


「いやー、いまの聞いてなんだか感動しちゃったよ。そうだよねえ、こうやって年代もなにも違う僕らが一緒に遊べることなんてなかなかないよね。こうやって遊べることになんだかすっかり慣れちゃってたけど、僕もウォーハンマー始めたときは色んな人と遊べるのが楽しくって、週末が待ちきれなかったっけ」

 手の中で空になったジョッキをくるくるとまわしながら遠くを見る様な目でヨシオさんが言う。

「ウツギさん、次のアーミー拡張は考えてるの?」アカブチさんが私に尋ねてきた。

「そうですね……。今日貸してもらったネメシスドレッドナイト、すごく欲しくなりました。ストライクスカッドも増やせたらバタリオンデタッチメントが組めるんでそっちも欲しくて迷っちゃいます」

「あはは、ゲームすると欲が出るよね。わかるわかる。それで気が付くと我慢出来なくなってミニチュア買っちゃうんだよねえ」

 我慢出来ないんだ。買っちゃうんだ。大人なのに……。

「大人はいいなあ」

 ごほんごほんと咳き込む音が響く。……これだから大人は。

「まあウツギさんはゆっくり計画的にアーミー育てるのがいいと思うよ!焦らずにさ!」

 涙目になりながらティッシュで鼻をかむ姿でアカブチさんは言った。

「でも真面目な話、増強するならどれがいいかな」

 それまで黙々と料理を口に運んでいたおあしすが会話に参加する。

「そうだなあ、やっぱりドレッドナイトをマスターで入れるのはいい選択なんじゃない? 確実に強いしアビリティも強力だし」

 ふむふむ。

「パラディンスカッドあると今対戦相手に多いプライマリスにメタ張れるでしょ」

めた。

「パラディンスカッドは確かに今なら強いかもなあ」

「私、戦車とかにも興味あるんですけど」恐る恐る言ってみる

「グレイナイトでビークル使ってるのってそういやあんまり聞かないね」

「テレポート持ち多いから」

「そりゃそうか」

「効率がねえ」

 効率。

「アーミーの編成って効率で考えたほうがいいんですか?」

 私の疑問にアカブチさんが答えてくれる。

「考えたほうがいいってことはないけど、サイコロ転がすゲームなんで確率加味して理論値出すとどのぐらいのダメージを相手に送り込めるか見当がつくから、ユニットにどういう仕事をゲームでさせるか、みたいな考え方が出来るんですよ。だからロスター組む時には結構考えるかなあ」

「Mathematics + WARHAMMERでマスハンマーってね」

 なるほど。確率からダメージの期待値とか考えるのか。こういうの嫌いじゃないし、自分でもちょっと考えてみよう。例えば私のキャプテンが一回の射撃でどれぐらいダメージ与えることを期待出来るのか。これは相手の耐久力によっても変わるけど、耐久力が3、4、5のそれぞれの場合で考えて……。あっ、なるほど。ヒットロールやウーンズロールでダイス振り直せるアビリティって強いんだなあ。ふむふむ…面白いかも。

「そういえばさっきの『めた』ってなんですか?」

 先程から会話に加わっていたナベさんが教えてくれる。

「“対策”って意味だね。相手の強みを封じて弱いところを突ける能力あるユニットを入れれば有利にゲーム出来るでしょう?」

 なるほどなるほど。そういう考え方。

「あっ、じゃあもしかして私が今日グレイナイト使ってたのって……」

「そう、サイキックに抵抗出来ないタウにとっては結構しんどい。とはいえグレイナイトは射程長くないから、近づかせなければスマイトが多いったってそれだけじゃそこまでなんだけどね」

 ふうん。面白いなあ。

 自分の強みと相手の弱点を知ってればもっと効率的に戦えるってことよね。

「じゃあ相手のことがわかってるんだから、今日のロスターももっと詰めれたってことか……」

 私が今日のロスターシートを取り出すと、みんなしてあれを入れると強い、こうしてれば強かった、という話になった。

 ただ一人イオタを除いて。


 大人たちが私のロスターを見ながら「これはあれに入れ替えよう」「この装備は弱いからこっちに」とアドバイスをしてくれる。

「あのっ、このひとたちは残したいんですけど……」

 私は組み換え案を書き加えられたロスターから外された大叔父のターミネータースカッドを指して言う。

「いやー、ターミネーターは今弱いからさ。ストライクスカッド増やしたほうがいいよ」

 そうであってもこれは大叔父の遺してくれたミニチュアなのだ。私は彼らを使ってあげたい。

「でも、あの……。わたしこれがいいんです……」

「入れたい好きなミニチュアが最終的にロスターから抜かれるの、40kあるあるだよね!」

 どっと笑い声が起きる。なんだかみんなの声が急に遠くに聞こえる気がする。

「でも入れたいユニットで遊ぶゲーム、いいですよ」

「イオタさんはナラティブ好きだもんね」

「ナラティブ、やりましょうよ」

「ナラティブもいいんだけどねえ」

 そんな会話が耳を通り過ぎる。


「ねえサイカ」

 不意にイオタが私に話しかけると、彼女は続けて私にこう尋ねた。

「一つ質問。勝つためのゲームを楽しいと思う?」

「えっ、楽しいんじゃないの? 40kって対戦するゲームだし」

「それはそう」

「ゲームって勝つつもりでやるから楽しいんじゃないかな……」

「それもそう」

 イオタの質問の意図がよくわからない。

「ごめん。なにを聞きたいのかよくわからないよ」

「今日のゲーム、楽しかったんでしょう?」

「うん」

「どこが楽しかった?」

 イオタの質問は変わらず抽象的なままに思える。

「えっ? うーん、ゲームそのものが楽しかったんだと思うけど……」

「考えてみて」

 なんだろう。楽しかったのは間違いないけど私がなにに楽しさを感じていたかなんて、考えてもなかった。うーん。

「……勝てたこと?」

 イオタは私の質問に答えず、こう言った。


「ねえ、ゲームをしよう。私があんたにまだ知らない“楽しいゲーム”、教えてあげる」

イオタが続ける。

「効率重視のメタロスターでも、あんたが思い入れある好きなミニチュア沢山の趣味ロスターでもなんでもいいよ。私はなんでもいい。好きなアーミー持ってきなよ。私と“たのしく”遊ぼう」

 突然のイオタの言葉の意図を飲み込めず、私が質問しようすると遮る様にイオタが宣言した。

「じゃ、私そろそろ門限なんで帰りまーす!皆さん今日はお疲れ様でした!」

 そう言うとイオタはナベさんにお金を渡し、荷物を抱えて店から出ていった。

 大人たちは顔を見合わせている。



 こうして私はイオタからゲームの約束を取り付けられたのだった。

 翌日、連絡先を交換していたメッセージアプリにイオタから連絡があった。


「日程:8月31日(日)

 アーミー:バトルフォージド50PL

 ミッション:CA2018シティ・オヴ・デス『一点突破』

 追加ルール使用は自由」


 書かれていることから一つだけ確かにわかることがあった。

 私たちのゲームの日、8月31日。

 それは夏休み、最後の日。

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ニプラゴプラ @mnemonic

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