5夜 瞳

私たちの世界では生まれた子供の瞳はみんなプルプルの透明な液体。

10歳ころまでに結晶化が進んで固くなっていく。

17歳ころには結晶はいくつもの凸凹ができてくる。

30歳ころの大人になると、早い人では瞳の結晶が割れ始める。

私の瞳が初めて結晶化した日のことは未だ忘れられない。

9歳を迎えたある日、私は友達と河原で秘密基地ごっこをして遊んでいた。

「パパやママにはないしょだよ!」

「うん、ここは二人だけのひみつ基地だね!」

そう、二人だけの秘密……わたしたちははじめての秘密に胸を高鳴らせながら帰路についた。

翌朝、目が覚めた私は大騒ぎだった。

「パパ大変!私の目、へんなの!ぜんぶが2つに見える!」

「おお!それはよかった!おめでとう!世界がいくつも見えるようになるのは大人に近づいた証なんだよ!」

パパはそう言って私を抱っこしてパパの瞳を見せてくれた。

「ごらん、パパの瞳はいくつもの傷や凸凹で世界がたくさん見えるんだよ。」

私はパパの結晶化した瞳に指先でそっと触れる。

それはゴツゴツしていて尖ったり欠けたりしていた。

パパの結晶化した瞳は乳白色の線が通っていたけれど、透明できれいだった。

「パパ痛くないの?」

子供心に純粋な疑問をぶつけた。

「ああ、痛くないよ。もちろん瞳が割れて見える世界が増えたときには今でもビックリするけどね、それでもどの世界もパパにとっては大切な世界なんだ。」

大人になると、この瞳を研磨してきれいに整形する人もいる。

そんな人の瞳はまさしく宝石のように美しい。

美しい瞳を持っている人はそれだけでステータスだった。

美しい瞳を持っている人は美人だった。

瞳には様々な個性が現れる。

透明な水晶のような人、緑色の宝石のような人、深い青にキラキラとした星が刻まれている人。

どんな瞳も私は好きだった……17歳になるまでは。

私の好きじゃない瞳、それは私の瞳だった。

他の人よりもくすんで見えるし、やけに角張っている気がする。

凹凸も昔より増えた気がする。角ばった先端なんか白い粉が吹いてる。

子供のころのような綺麗な雫のような瞳は過去のもの。

今では幾重にも割れたり傷ついたりしている。

パパもママ綺麗だと言ってくれたけれど、私は私の瞳を好きになれなかった。

そして、22歳、私はついに瞳の研磨を決めた。

研磨した私の瞳は玉のように綺麗に磨かれ、美しい宝石の如く輝きを放っていた。

私は久しぶりに見るたった一つの世界に夢中になった。

見るものすべてが楽しかった。

そして、26歳、私は結婚した。

綺麗な黄色い瞳にところどころ茶色の斑点模様がついている。

美しく磨かれ、輝くその瞳に私は夢中になった。

そして私のお腹の中に新しい命が宿った。

不思議な感覚、自分の体の中に自分ではない何かが息づいているのだ。

それはあたたかくてやさしい陽だまりの感覚。

私の目はまた2つに割れた。けれどそれでよかった。

私は年を重ねた。今ではすっかりおばあさん、私の瞳は幾重にも傷つき、ひび割れ、凸凹の瞳だった。

けれど、私は私の瞳が大好きだった。

あの時、パパが言ってくれた言葉を思い出す。

「もちろん割れたり見える世界が増えたときには今でもビックリするけどね、それでもどの世界もパパにとっては大切な世界なんだ。」

そう、今ではどの世界も私にとっては大切な世界なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短編投稿用 暁斗 @akity

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ