4夜 ピンクのリップ
朝、目が覚めてから今日の私はバリバリの勝負モードだった。
なぜなら昨日の日曜にデパートでお小遣いをはたいて買ったピンクのリップがあるからだ。
普段使う350円のリップではない、化粧品売り場で何度もお姉さんにタッチアップしてもらって決めた、ツヤツヤでぷるぷるで、けれど下品にならないさりげない色味の究極の1本だ。
(———このリップで今日は勝負をキメる。)
そう、今日は私の想い人であるクラスメートの橘くんに告白するのだ。
明るく爽やかで誰とでも仲良く話す、クラスの人気者……けれど私は未だまともに話をしたことさえなかった。
入学した時に一目ぼれしてから3か月、隣のクラスの女子にさえ橘くんを狙っている子がいるとの情報を聞きつけ、それがホントかどうかもわからないけれど慌てた私は覚悟を決めることにしたのだ。
夜、後ろの席の加奈子にLINEでその話をすると、まだまともに会話すらできてないのに告白なんて早くない?と返されてしまったが、私の想いは募るばかりだった。
何が私を急き立てているのかはわからないが、何か手を打たないといけない気持ちでいっぱいなのである。恋は盲目とはよく言ったものだ。
顔を洗い化粧水、乳液と下地まで終えた私は鏡の前で己を見つめていた。
手には究極のリップクリーム。赤い基調に金の蝶の紋様が施された大人なリップだ。
「頼むぞ、4千円のリップクリーム!」
私はそっとキャップを開き、リップを回転させる。
斜めにカットされたピンクのリップがキラキラと輝いて登場した。
そっと指でなぞり唇に当てる。薄肌色だった私の唇がみるみるピンクのふっくらかわいい唇になった。
(よし、これならイケる!)
私は急いで残りのメイクと髪のセットを済ませて学校へと出陣した。
今日の私はナチュラル可愛いふんわり女子なのだ。
教室に入ると優香が早速話しかけてきた。
「みほみほ、今日かわいいじゃん!特にその唇、新しいリップでも買ったの?」
女の子はこういう変化に敏感だ。すぐに気づいてくれるところが素直に嬉しい。
「まいまい、聞いて……私、今日橘くんに告白する!」
「みほみほ、ここのところずーっと橘君のことばっかりだったもんね!私、応援するよ!」
まいまいはわざとらしく両手を大きく広げると、みほみほー!と私をハグしてきた。私も両手を広げて、まいまいー!と受け止める。
「舞、そうやって美穂を甘やかすんじゃないの。あと、面白半分で焚きつけるのもやめな!」
私とまいまいが抱き合っていると加奈子が後ろから話しかけてきた。
「聞いて加奈子、やっぱり私、今日の放課後橘くんに告白するよ!」
「ええ?美穂、昨日もLINEで言ったけどやっぱり本当に告白するの?」
今日を逃すと一生告白できない……ような気がする。
謎の自信が私を後押しし、両手をグッと握りしめて加奈子の顔を見つめた。
じーっと見つめあった挙句、はぁ。と深いため息をついた加奈子は憐れみの籠った手をぽんぽんと私の頭に乗せた。
「美穂、一度言い出したらきかないもんね。しょうがない、頑張ってこい」
「うん!」
私は勢いよく返事をした。
それから告白すると決めた放課後まで一日が無限のように長く感じた。
普段は退屈な授業が今日は更に伸びて感じる。私は無意識に何度も教室の時計を見ては、まだ5分しか経ってない。とか10分しか経ってない。とか一日中ヤキモキとしていた。
そうしてようやく迎えた放課後、舞と加奈子が教室に一人残った私の下に橘くんを送ってくれる手はずだ。
私は教室の机に腰をかけて橘君が来るのを待った。
夕方の陽の光が教室をオレンジ色に染め上げ燃え盛んばかりだが、私は緊張で指先が冷たくなるのを感じていた。ドキ、ドキ、と胸の鼓動が大きく聞こえる。
朝燃え盛っていたあの気持ちはどこへやら、いざとなると及び腰になってしまっている私がいた。
冷たくなった指先が無意識に唇に触れる。
(そうだ、今日のリップは特別なんだ……)
私はそれだけでなんだか勇気が湧いてくるような気がして、橘くんがやってくるまでの時間を耐え忍ぶことができた。
唐突に、ガラガラと教室の扉が開き橘くんが入ってくる。
「あの、なんだか僕に話があるから行けって言われたんだけど、その……どうしたの?」
橘君の顔も夕日に照らされて赤く染まっているように見える。
「橘くんっ!」
「は、はい!」
勢いよく名前を呼んだものの、後が続かない……私は無意識に唇を噛みしめ、そしてまた思い出す。究極のリップ、私にはこれがある。
―——そうは思うものの肝心なところで言葉が出てこない。
「橘君、あの、その……」
私は何度も口ごもり、痛い沈黙が二人の間を流れる。
その時だった、橘くんが不意に口を開いた。
「今日はその、いつもとなんだか雰囲気が違うね。何が違うのかはわかんないんだけどね。」
ははは、と乾いた笑いで誤魔化す橘くん。
男子はこういうところが鈍くていけないな、ふと子供っぽさを感じて私はなぜか肩の力が抜ける。
「フフっ、今日はね、リップが違うの。」
「そ、そうなんだ!なんかいつもより女の子っぽいな~というか、あ、いや普段が女の子っぽくないというわけではないんだけどね!」
慌ててフォローする橘くんは本当にいい人だ。
今なら、言える気がする。橘くんが気づいてくれた今なら。
「あのね、橘くん、私、橘くんのことが……好きです!」
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