第2話 小さな1歩、されど1歩

朝、七海は珍しく目覚ましの鳴る前に目が覚めた。一番最初に頭に浮かんだのは、「踏み出す勇気」昨日スーツ姿の男に言われた言葉だ。なぜだろう?今まで人の言葉に影響されることなどなかったのに。あの人の言葉にはなにか特別な力でもあるのだろうか…。そんなことを考えながらリビングにむかう。リビングのドアを開けると、

「あら、おはよう。今日は早いのね」

エプロン姿の母親が朝食とお弁当の準備をしていた。

「…おは、よう」

普段、挨拶などろくにしない七海に母は驚いた表情をみせた。

「えっ…なに?」

「ううん、おはよう」

ほんの少し母の嬉しそうな顔が見えた。少し恥ずかしいけど、なんだろう気持ちがいいな。

その日から、少しずつ母と話すようになり、最近は週末に買い物に出掛けてランチをしたり、夜は母のオススメのドラマを見たりしている。

(数日前の私とは別人のようだ。あの人の言った通り変わってきてる)

そんなことを思いながらテレビを見ていると、

「最近学校でなにかいいことでもあったの?」

母が唐突に切り出した。

「えっ?なんで?」

「だって、数日前までのななちゃん、おはようも言ってくれなかったのに、最近は買い物も行ってくれるし部屋にいる時間も少なくなってきたから。なにかあったのかなってね」

「ううん、特になにもないよ?」

私は学校面ではなにも変われていなかった。相変わらずのぼっちだった。話しかけようとしてもあと一歩が踏み出せない。

「そう。でもよかった。前より明るくなってくれて。本当はすごくすごく心配してたの」

「どうして?」

「ほら、うちは母子家庭だから…。その事で学校でいじめられてないかとか、ひとりぼっちになっていないか心配で…。」

そう。私には父親がいない。詳しいことは聞いてないが私がまだお腹の中にいるときに交通事故で他界した。

「大丈夫だよ。別に普通に過ごしてるよ」

「ならいいんだけど。なにかあったら言ってね」

「うん、わかった。じゃあもう寝るね。おやすみ」

「はい。おやすみなさい」

そう言って私は部屋に戻った。

「バレてたのかな。わたしが学校で浮いてるの。お母さんて、すごいな。よし!家でも変われたんだ!学校でも頑張ろう!」

次の日の朝、私はいつもより10分早く家を出た。朝の占いで「早め早めの行動を心がけましょう」と言われたからだ。

「でも、たった10分じゃあなにも変わらないか…」

いつもと変わらない通学路をひとり、ため息混じりに歩く。だが、数メートル先に見覚えのある後ろ姿を見つける。

(あっ!あれは美咲ちゃんかな?)

1年生の時のクラスメイトだった美咲の姿が目に入る。

(挨拶!ここで挨拶しないと!)

七海は足早に美咲に近付き勇気を振り絞った。

「み、美咲ちゃん…。お、おはよう…ございます。」「えっ!?あっ!おはよう!びっくりした!」

美咲は驚いた表情をみせた。

「ななちゃんから挨拶してくれるなんて珍しいね。てか、はじめてかな?」

「そうかな…ごめん、なさい。」

「えっ?なんで謝るの?全然!嬉しいよ!それよりどう新しいクラスは?ななちゃんおとなしいから全然喋れてないんじゃないの?」

「うん…全然話せてない…。美咲ちゃんはどう?」

「あたしは順調かな?それなりに友達もできたし」

(すごいな…。みんな友達作ってる)

「あっ!そうだ!今日のお昼一緒に食べない?紹介するよ!」

「えっ!?でも…急に行ったら迷惑だし…」

「大丈夫!大丈夫!そんなことないよ、みんないい人だから。一緒に食べよ?ね?」

「う、うん、わかった」

「じゃあ、お昼休み中庭でね」

「うん」

「じゃあ、またあとでね」

そう言って手を振りながら美咲はクラスの方へ歩いて行った。

(ど、どうしよう…。うまく話せるかな…。何人ぐらいくるのかな…。どんな人だろう…。)

そんなことばかり考えてまったく授業は頭に入ってこないまま、昼休みを迎えた。

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