ありがとうと伝えたくて

トレイズ

第1話 丘の上で

 「学生時代に戻りたい。あの頃は良かった。高校時代が一番楽しかった」

そんな言葉を何度か耳にすることがあった。七海はその度に自分も将来そんな風に思えるのかと考えていた。だが、いつの日からかそんな未来は訪れないだろうと諦めた。

朝起きて学校に行きボーッと黒板を見つめて授業を聞き流す。休み時間には周りは友達とはしゃいで楽しそうだが私には話す相手がいない。ただ、窓の外を眺めるだけ。

 もちろん最初からではない。入学した頃は話しかけてくれる人もいたし、お昼ご飯も一緒に食べる友達もいた。でも、内気な性格のせいか中々話の輪に入れず愛想笑いを続けるうちにだんだんと疎遠になっていった。2年に上がると完全に孤立した。クラス替えが行われ、唯一話していた美咲とはクラスが離れてしまい、新しいクラスのほとんどが1年生の時の顔見知りや同じ部活などで既にグループができていた。2年生になってからは口を開くのは教科書を読む時ぐらいだ。そんな学校生活に嫌気も差していた。気晴らしといえばこの太平洋を一望できる丘で沈んでいく夕日を眺めることだ。ここはとても居心地がいい。昼間は子供連れや老夫婦などで賑やかなのだろうが、この時間は私一人だけだろう。芝生に寝転び目を閉じる。ふと、昔、祖父母に連れられて山に登った際に山彦が好きで何度も何度も叫んだことを思い出した。

「叫んだあとはスッキリしたんだよね…。いやいや!今はさすがに無理だよ。誰かに聞かれたら恥ずかしいし」

体を起こし一人呟く。内心今すぐにでも叫びたい。でも恥ずかしい。でも叫びたい。辺りを見回す。人影はない。ちょっと叫んで走って立ち去れば大丈夫かな…。

ドクン、ドクンと心臓の音が耳まで響く。大きく息を吸う。吐く。また吸う。そして、

 「なにが花の高校生活だ!なにが1度しかない高校生活をEnjoyしようだ!誰がそんなことを言った!そんなことを言えるのは高校生活を謳歌した一部の人だけだ!バカヤロー!」

溜め込んだものを一気に吐き出すとすごくスッキリした。込み上げてくる満足感。目の前に広がる海に向かってこれ以上ない得意気な顔をした。よし!帰ろうと振り向いた瞬間。数十メートル後ろにスーツ姿の男性が立っていた。聞かれちゃった。恥ずかしさのあまり一気に耳まで熱くなるのが分かった。戸惑いで動けないのと恥ずかしさのあまり涙が出そうだ。目頭が熱い。ダメだ。私はその場にしゃがみこんだ。すると、芝生を踏む音がだんだん近づいてきた。

(えっ!?なに?なに?)

「毎日毎日なんにも楽しくないぞー!バカヤロー!」

男性の叫ぶ声だ。驚きのあまり顔を上げると男性は優しい笑顔を向けていた。

「ごめんよ。誰もいないと思ってたんだよね?この時間ここは人通りも少ないからね。大声で叫ぶのには最適の場所だね」

予想外の言葉に呆気にとられた

「聞かれたの、恥ずかしかった?」

私は小さく頷く

「でも僕も叫んだしお互い様だね。あっ!でもちょっと違うかな」

「違うって…どうゆう、意味ですか?」

七海は問い返した。

「うーん…いろいろあるけど…」

「恥ずかしくないとか…?」

「そう…だね」

恥ずかしくないのであれば全然お互い様じゃないだろ!てか、なんなのこの人…。

「あとは、君の声はちゃんと届いてるよ。僕とは違ってたくさんの人達に」

「別に…届かなくていいです!」

「ははは、たしかに、私は高校生活を謳歌してません!って宣言してるようなもんだからね。おまけにたった一人に聞かれただけで耳まで真っ赤にしてるからね」

男性は笑いながら言った。

なんだこの男は失礼だな!もう帰ろう。立ち上がってその場を去ろうとしたとき

「一つ人生の先輩からアドバイスしてあげるよ」

「けっこうです」

七海は即答した。

「まぁ、そう言わずに。聞き流してくれてもかまわないから」

「…なんですか?」

「人生は一度きりとは限らない!そして、楽しくない人生を楽しくするのは自分次第だ!踏み出す勇気を持てば見える景色も変わってくる、以上!」

「はぁ…」

「な、なんだね?なにか言いたげだが?」

「まず、一つアドバイスとか言ったのに3つも言ってるし。それにさっき、楽しくなーい!!って叫んでた人に言われても説得力ゼロです」

「なっ…あ、揚げ足をとるなよ。人生の先輩がいつも成功者とは限らないんだぞ」

「ふふっ、そうですね。」

「じゃあ、気をつけて帰りな」

「はーい、わかりました」

七海は歩き始めた。少し進んで振り返ると男性もこちらをみていた。

「おじさんも頑張ってね」

そう言うと男性は右手を軽く上げた。

その夜、布団の中で今日のことを思い出していた。

(いつぶりだろ、家族以外の人と話したの。それも初対面の人と。てか、あの人なんか変なんだよね。見た感じ違和感があるとゆうか、わからないけど…。でも、なんだか楽しかったな)

そんなことを思いながら眠りについた。





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