ついに別れ、そして

「俺になら良いって、どういうこと?」


 だってさー、ともっちーが口を開く。


「私は洋人に買われたのです。なら別に、おかしくないはずなのです」


 なんだ。そういう事か。確かにおかしくない。元々俺が食べるつもりだったし、そのために買ってきた。もっちーになったのも偶然であり、所有権は変わらず俺のままなのだ。

 たけど、少しも腑に落ちていない自分がいる。理解できてもしたくない。そんな感じ。


「まあ、そうだよね」


 もっちーが笑うように、俺も笑みを向ける。


「そうなのです。だから別に問題ないのです」


 もっちーは話を変えるように、あ、と人差し指を俺に向け、そういえばさ、と続ける。


「もともと消費期限は明日までなのですが、不思議と、この体になってから腐ってる感じしないのです」


そう言い、もっちーは服をぴらっとめくると、白い肌があらわになった。


「ちょ、何やってんの? 急に」


 いや、別におかしいとか、そんなんじゃなくてだな。見たいとは思ってたとはいえ、まさかそんな、もっちーからやられるなんて思ってもなかったというか。


「何慌ててるのですか? ほら、ちょっと確認してもらおうと思っですね」


 と、もっちーは俺に服の洗い方なんかが書かれているタグを見せてきた。

 何の確認だろうか?


「見えるですか?」


 お腹を見ないようにしながらものぞき込むと、そこには原産地と明日の日付だけが書かれていた。恐らく消費期限だろう。


「ほら、明日までなのですよ。まだ余裕があるとはいえ、何の変化もないのです。特にくさいわけでもないです」


 と、もっちーは自分の匂いをクンクンと嗅いだ。

 嗅ぐですか? と聞いてきたが、生憎と俺にそんなことをする勇気はない。


「あ!」


「ん? どうしたもっちー」


「いや、何でもないのです」


「そんな風に言われたらいやでも気になっちゃうって。何でもいいから言ってごらん」


「あのですね、すんごく大事なことなのです」


「うん」


「私、今日中にぼた餅に戻らないと、元に戻れなくなっちゃうのです!」


 なんでそんな大事なことを、今まで忘れていたのか。言い出しにくかったのかな?

 あまりもっちーのことは聞かなかった事を少し悔やむ。


「そのまま戻らないとどうなるの?」


「死ぬっていうのとは違うのですが、腐るの方が近いのです」


「え。それってかなりヤバい状況?」


「そうなのです」


 それなら、なおさらもっと早く教えてほしかった。

 じゃあ、俺はもっちーを食べなきゃいけないのか。戻ったとしても食べずに捨てるという選択肢はあるけど、そんなことしたくはない。それならまだ食べてあげた方がもっちーのためになるのかもしれない。

 急に言われ、色んな感情が駆けめぐる。


「ねえ、洋人」


「どうした?」


「私を食べてほしいのです。消費期限が近いのです。早く食べてくれないと腐っちゃうのです」


 そんな、まだできることがあるかもしれないのに。


「そうだ。防腐剤とか、添加物とか使ってあげるから、どうかもう少しだけでも俺といてほしい」


 そんな俺の心からの訴えかけに対して、もっちーは、


「そんなの嫌なのです。私自身を食べて欲しいのです。何かを足すなんて、化粧と同じなのです」


 そして、俺の手を取ってもっちーは言う。


「大丈夫。また会えるのです!」


「ほんとに?」


「うんっ。もちろんです!」


 ともっちーは、あのえへっとした笑いを浮かべるのだった。


「じゃあぼた餅に戻るですが、ちゃんと食べ るのですよ」


 そう言い残すと、もっちーは淡い光に包まれた。ヒーローの変身シーンのようだな、なんて少し思った。段々と、人の形ではなくなっていく。腕がなくなり、足も短くなっていく。段々と小さく、手のひらサイズにまでになると、もっちーを包んでいた光は徐々に消えていった。


 光が完全になくなった後、そこにあったのは一つのぼた餅。それを見ると、今までのことが幻覚だったんじゃないかと思わせる。

 また会えたら良いな。

 そう思いながら、俺はぼた餅を口に放り込んだ。


 喉を通っていくそのぼた餅は俺の涙のせいでもなく、少ししょっぱさが効きすぎていた。



 あれからしばらく経ち、学校も無事に始まった。今年度から二年生になる。

 今でもスーパーでぼた餅を見るたびに、あいつのことを思い出してしまう。

 そして、つい手に取ってかごに入れてしまうのだ。


 今日もおやつには、ぼた餅を買った。

 でも、まだおやつには早い時間だ。それまで棚に置いておこう。

 少し眠気がしたので、その場にごろんと寝転がる。

 しばらくうとうとしていると、聞き覚えのある声が部屋に響いた。


「ちょっと、そこをどいてほしいのです!」


「え!? 何!?」


 寝起きだからか、判断が遅れてしまった。


 ドスンと腰に痛みが走る。


「「いてて」」


 揃ってそんな間抜けな声を発する。


「洋人! 会いたかったのです!」


 俺のおなかの上にまたがっていたのは、紛れもなくもっちーだった。


「来ちゃった洋人。またよろしくなのです」


 そう言ってもっちーはいつかのように、えへっとした笑顔を見せるのだった。

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棚から美少女 浅雪 ささめ @knife

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