美少女と一つ屋根の下

 カーテンのすき間から漏れる明かりがやけに眩しい。目をこすり、目覚まし時計を見ると昼の十二時を過ぎたところだった。


「えっ!?」


 驚き余って、思わず踏み潰されたカエルのような声が出てしまった。いや、カエルを踏み潰したことはないけど、きっとこんな間抜けな声を出すだろうと思う。

 もう十二時!? 明るいってことは、夜中の十二時ではないよな、昼だよな。

 あれ、でもたしか昨夜は七時頃に目覚ましが鳴るようにセットしたはずじゃ? まあいいや、どうせならもう少し寝てもいだろうと寝返りを打つと、むにゅっとした感触が手に伝わった。


「ん?」


 が何が分からず寝ぼけつつも、更にもみもみしてみる。

 ふむ。柔らかい。さながら餅のように。


「もー、どうしたのですかー? 騒がしい

のですよ ー」


 喋った!? え、何で? 確かに今の俺の心はパニック状態で、心臓の音も騒がしい。


「どうしたもこうしたもって……あ、そうか昨日」


 そこでようやく思い出した。

 昨日棚からぼた餅しようとして、棚から美少女しちゃったんだっけ。

 顔を手で覆って、現実から目を逸らそうとしてみる。すると、もっちーが俺の腕をつかんで無理矢理開いたので、いないいないばあをしたような形になった。


「もしかして私のこと忘れてたですか? まったくもう、私を忘れるなんて酷いですねー洋人は」


 確かに俺が悪いなこれは。無意識にも揉んじゃったし。位置的に多分おっぱ……


「ねえ、寝てる間に私に何かしたですか?」


 俺がそのことを丁度考えているところにそう被せて質問してきた。こういう時の女子のカンは冴えてるよな。ただ単に確認したかっただけにも聞こえるが、俺には分かってて言っているような、そんな気がした。

 だが女の子に『あなたの胸を揉みました』なんて言えない。というかこれが言える男子なんていないと思う。

 おもいっきりやってしまったけど、半分事故のようなものだし、誤魔化せば大丈夫だろう。

 もっちーが俺と同じ布団にいたことは少し引っかかったが、ここは男として目を瞑ろうじゃないか。


「な、何もしてないよ。さあ朝ご飯、いや昼ご飯を食べようか」


 そう返すと、痛いところを突くようにもっちーは俺に言ってくる。


「ふーん、何もしなかったのに顔赤めるのですか」


 寝起きだからだよと、軽く返して俺は先に下に降りる。これ以上追求されたら口が滑りそうだ。口はわざわいのかどとも言うからね。


 後ろからもっちーが、まあいいのですと付いてくる。


「おはよー」


 下にいるはずの母さんに挨拶をするが、一向に返ってこない。あれおかしいぞと思っていると、テーブルの上にメモを見つけた。


『お父さんと旅行へ行ってきます。留守はよろしくね! 母さんより』


「ん? どうしたの洋人?」


 メモをのぞき込むようにしながら聞いてきたので、俺はもっちーにメモを見せながら、


「母さんも父さんも旅行に行ってるってさ」


 と、もっちーに説明した。


「へー。つまり私と洋人、二人っきりってことなのです?」


「そういうことだね。俺は兄弟もいないし」


 昨日が土曜日だったから今日は日曜日で、明日は月曜日だから学校? ともっちーを一人家に残すのを不安になったが、そういえばまだ春休み中。少なくとも来月になるまでは始まらないだろう。


「しょうがない。じゃあ、私が料理を作ってあげるのです」


 もっちーは、私に任せるのです! と胸をどんと叩き、咳き込んでいる。そこまで強く叩かなくてもと、苦笑する。


「え? もっちー料理できたの?」


 つい昨日までは、ぼた餅だったよね? 擬人化してそういう知識も手に入れたとか?


「もちろんです! 楽しみに待っててほしいのです」


 そこまで言うなら任せようかな。もっちーをキッチンに案内してからリビングへ戻り、テレビをつけながらもっちーについて考える。

 何を作ってくれるのだろう。肉じゃがとかカレー。もしかしたら変なものが出てくるかもな。


 もしもっちーがドジっ子だった場合、そろそろキッチンから「キャー」とか悲鳴が聞こえてきてもおかしくないが……


「キャー!」


 と、丁度その時キッチンからもっちーの悲鳴が聞こえてきた。急いでキッチンに向かったが、別にフライパンが燃え上がっているわけでも、レンジが爆発したわけでもなさそうだった。


「どうしたの? そんな声出して」


 俺がそう言うと、もっちーはある一点を指さした。その指の先には、『ご』から始まる有名な黒い虫がいた。

 もっちーを見ると、うんうんと強く頷いていた。これは殺せということだろうか。


「新聞紙持ってくるから見失わないようにしててね」


 と、もっちーに待機命令を出し、新聞紙を取りに行く。たしか玄関にあったはずだ。


「もっちーお待たせ。はどこに?」


 新聞紙を持ってキッチンに向かうと、もっちーはゴミ箱の蓋を閉め、一生懸命抑えていた。


「この中に……」


「自分で入っていったの?」


 俺がそう聞くと、もっちーはまたうんうんと頷く。

 いやー、そんな間抜けなやつもいるんだな。これで叩いて床が汚れることを防げたわけだし、よしとしよう。

 そう安堵しながら俺は、殺虫剤をゴミ箱めがけて噴射するのだった。これでやつも死んだことだろう。やつに対しての慈悲の心など不要だ。


 そんなG騒動も終わり、もっちーは料理を再開する。


「できました! これしか作れないけど、美味しいのは間違いないのです!」


 そう言って出されたのは、ぼた餅だった。まあ、確かにそうだな。元々ぼた餅だったわけだし。

 パクッと一口頬張る。うんおいしい。


「で、どうです? おいしいですか?」


 おいしいよと笑顔で返すと、もっちーはあのえへっとした笑いを浮かべた。


「そういえば、もっちーあの虫ダメなんだね。めっちゃ慌ててたけど」


「いやー、私って食べられる側ですし。どうしても反応しちゃうというかですね……」


 なるほど。てことはその理論でいくと俺もその対象になるのでは?

 気になったので恐る恐る聞いてみた。嫌われてたらどうしよう。無理して笑っていたのではないか。そんな不安が頭をよぎる。


 すると返ってきたのは予想外の一言。


「洋人になら私、食べられても良いのですよ?」

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