棚から美少女
浅雪 ささめ
棚から美少女
女の子と同棲したい。
美少女と一緒に暮らしたい。
誰もが一度はそう思った事があるだろう。男子の誰もが持つ憧れというか願望。いや、妄想なはずだ。
俺なんか一週間に一度はそう思っている。
だが実際に「美少女と一緒に暮らしたい」などと口に出してみたところで、空から女の子が降ってくるわけでも、ましてや俺の周りの何か、例えばスマホなんかが美少女に変わることなど到底あり得ない、実に馬鹿げた話である。今日の天気は雨ときどき女の子ですなんてことはあり得ない。
仮に世界のどこかでそんなことが起きていたら、メディアに引っ張りだこになっていることだろう。そんなニュースをテレビで見ないと言うことは、つまりはそういうことなのだ。
と、ついさっきまでそう思っていた。
俺のお腹の上に美少女がまたがるように乗っかる前までは。
事の発端は今より十分ほど前に
部活に入っていないので、友達と遊ぶでもなく、自室の畳の上にごろんと寝転がり、窓から見える桜を眺めていた。そもそも今は学校も春休みだ。カレンダーを見ると土曜日だったが、もう曜日なんてどうでもよくなってきている。大量の宿題も終わったため、こうしてだらーとして過ごすほかないのだ。
俺の高校一年生も終わりを迎えようとしていた、そんな頃。
時計を見ると午後の三時を指していた。世間ではおやつの時間。
小腹がすいたので、チョコか何かあったっけなと思考を巡らせていると、そういえば今朝コンビニで買ってきたぼた餅があったなと心当たった。
ところで、日本には『棚からぼた餅』という
しかし俺はこう思う。「昔本当に棚からぼた餅が降ったことがあるのではないか」と。
そうでなければ、棚からぼた餅が降ってくることなど、想像も出来ないに違いない。
因みに同じ理屈でひょうたんから駒も実際にあった事だと思っている。
俺はぼた餅を落ちやすいようセットして棚の下に寝転がる。後は口を開ければ自然と、棚からぼた餅ができるはずである。
口を開けて寝転がっているのって、端から見たらただの変な人だな。まあ今日は家に俺しかいないし、誰も変な目で見るやつはいないから安心だな。
口を開けて待つこと十数分、突然強い揺れを感じる。何事? と周りをキョロキョロして慌てていると、「ヴーヴー」と俺のスマホから、警戒心を煽るアラームが鳴った。どうやら地震らしい。
耐震のおかげか揺れがそこまで強くなかったため、テーブルの下に隠れるでもなく、俺はその場でスマホのアラームを止めた。
「ふう、ビックリした。最近多いよな」
と一人安堵していると、落ちやすいように棚に置いていたぼた餅が、もう少しで落ちるというところまできていた。
おっ、これはチャンス! いけるぞ!
そう思い引き続き口を開けてスタンバイ。
……
……
……あ、落ちる。
そう確信したとき、
「あ! ちょ、そこどいてほしいのです!」
どこからともなく、そんな声が聞こえて来るやいなや、ドスンと俺の腰に痛みが走る。
「「いたた」」
揃ってそんな間抜けな声を発した。
「あ、ごめんです! 大丈夫ですか?」
見ると可愛い女の子が、俺の腹の上にまたがっていた。この文だけ見ると何となくいやらしく感じなくもないが、腰の痛みがひどいせいで、そんなことを考えている暇などなかった。
「大丈夫な訳あるか。お前今どっから来た? 上から降ってこなかったか?」
おかげで腰が酷い目にあったんだぞ。
というかぼた餅どこいった?
そんな疑問も彼女の次の一言ですぐに解決した。
「えへへ。私、実はぼた餅なのです」
えへっとした笑顔はとても可愛く思えた。というか実際可愛い。綺麗に透き通るような小豆色の髪を腰までのばし、何もかもを見通すような葵色の瞳を持っている。おまけに肌は白く、もちもちしてそうだ。
「ぼた餅? お前が?」
聞き間違いじゃないのかと疑ったが、確かにさっき落ちたはずのぼた餅はどこにも見当たらない。この子が言っていることをすんなりと理解は出来ないが、あながち嘘でもなさそうだ。おいしそうとまではいかないが、たしかに餅っぽい。
「そうなのです! 落ちそうになって危機を感じていたら、突然こんな姿になっていたのです! もうビックリしました!」
確かに俺は常日頃から「美少女と一緒に暮らしたい」と言っていた。が、まさかそれが現実になりつつあるとは。俺の方こそビックリだ。
「ところで、その、ぼた餅さん?」
と、ここで一つ気になることがあったので聞いてみる。いや、聞きたいことはもっとあるのだが、頭の整理もつかないので一つだけにしておく。
しかし俺が言った『ぼた餅さん』という呼び方に不満を持ったらしく
「む。その呼び方は良くないのです。もうちょっと可愛いネーミングがいいのです!」
と注文してきた。可愛いと言ってもな。うーん。
「じゃ、じゃあ『もっちー』とか?」
自分のネーミングセンスのなさに笑ってしまう。なんかゆるキャラみたいな名前になってしまったような気もするが、どうだろうか?
「うん。それならオッケーなのです。ギリギリの及第点をあげます」
もっちーはうんうんと頷く。お、良かった。それでいいみたいだ。
「じゃあもっちー。これからどうするの? ぼた餅に戻ったりするの?」
俺がそう聞くともっちーは、戻れるか分からないけどと前置きしてから
「もし戻ったら私のこと、食べてくれるですか?」
と、あごに人指し指を当て、頭にはてなマークを浮かべながら聞いてくる。
うっ。それはちょっと。元々美少女だったものを食べる気にはなれない。むしろ保管したい。
「いや、流石に食べられないよ」
「じゃあ暫くは、この姿のまま君といたいです。君、名前は?」
「洋人。
「そっか。じゃあよろしくなのです洋人!」
「ところでさっきから気になってたんだけどさ、そのしゃべり方変えたほうが良くない?」
「む、そうです? まあ、これも私の素晴らしき"あいでんてぃてぃ"ということにしてほしいのです!」
ならしょうがないね。そう俺が言うともっちーは嬉しそうにはにかんだ。その様子が可愛らしくて、俺もつられて微笑んでしまう。
「あ、そう言えば空き部屋ないんだけど、どうしよっか」
まさか本当にこんな事態になるとは夢にも思ってなかったから、もちろんもっちー用の部屋が空いてはいない。
「え? 別にいらないのです。私、この部屋で洋人と一緒がいいのです。もしかして洋人は私と一緒は、いやですか?」
瞳を少しうるうるさせて、小首をかしげながら聞いてくるのはズルい。いや、そもそも断る気はないのだけれども。
「い、嫌じゃない……かな」
むしろ願ったり叶ったりである。
「でも、一応母さんには連絡しとくね」
俺がそう言うともっちーは不思議そうに聞いてきた。
「連絡するだけでいいのです?」
「うん。俺の母さんは昔から何があっても、『あらあら』で済ませてたから、多分」
「そっかー。じゃあ改めてよろしくお願いします。洋人!」
えへっと笑うその笑顔はとても魅力的で反則だ。
棚からぼた餅ならぬ、棚から美少女。
そんなことから俺とぼた餅美少女との二人一部屋の生活が始まるのだった。
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