37 迷宮攻略


 空間転移を使ってリリーたちを連れて行ったのは、学園都市からそこそこ離れた位置にある迷宮だ。

 少なくとも空間転移以外の手段では移動に三日は掛かる距離ではあるが、魔力の消耗こそ激しいものの、空間転移を使えば一瞬で着く。


「それで、まずはどうするのかしら? 装備とか整えるのかしら?」


 若干わくわくした様子でリリーが訊ねてくる。

 冒険者などに憧れでもあるのだろうか? つくづく王女様らしくない奴だ。


 だが……そんな彼女に対し、俺は残念な言葉を告げなければならない。


「とりあえず装備は制服で十分だ。アルメリア学園の制服は防護魔術がやたら重ねられてるから、下手な鎧よりもずっと防御能力があるしな」

「そう……どうせなら鎧とか着てみたかったんだけど」

「金属鎧は勿論だが、革鎧なんかでも重量がある。お前は鍛えてるわけじゃないし、鎧を着て動くのは難しいだろうな」

「なら仕方ないわね。制服で迷宮攻略ってのも締まらない話だけど」

「ナタリアのドレスよりはマシだろ」


 横に視線を向ける。

 何が楽しいのかにこにこと笑顔を浮かべているナタリアは、いつもの漆黒のドレスを身に纏っていた。


 あの衣装は特殊な繊維と複雑に刻まれた術式によって、防御能力は十分であることは知識としては知っているが、あれで近接戦闘をこなしているのを見るにつけて絶対邪魔だろと俺は思っている。


「特に準備は必要ないし、さっさと行くぞ」

「はいはい」

「その、今日はよろしくお願いします!」


 


 □




lancea flammae!――『業火槍ランス』!」


 リリーの放った炎の槍が魔獣を消し炭にする。

 その発動速度と威力はどちらも学生レベルを優に越えている。


「『水鞭アクアウィップ』!」


 一方で、アイリスが唱えたのは水属性の魔術だ。

 発生した水の束が鞭のように撓り、近付いてくる魔獣を弾き飛ばしていく。


 威力こそ低いために魔獣を倒しきれてはいないが、吹き飛んだところをリリーが的確に炎の槍を射出し、屠っていく。

 姉妹だけあって、連携の取れた戦いぶりだ。


「ふふん、どうよ」

「ああ、中々良いんじゃないか?」


 俺は答えた。彼女たちの背後から魔獣が迫っていたが、指摘はしない。

 いざとなったら助けには入れるし、奇襲に対して慣れることも今回の目的の一つだからだ。


 そんなことより。

 あー、金目の物でも落ちてないかな。


「きゃあッ」


 背後からリリーへ魔獣が突撃した。リリーの小柄な身体が吹き飛び、壁に叩きつけられる。

 あの程度では死にはしない。アイリスが驚いたように振り返り、そこに存在する魔獣を発見して息を呑んだ。


「っ、『激流槍トランデント』ッ!」


 アイリスの面前に水が生成される。

 水は渦巻きm槍の形状が瞬く間に形成され、射出された。水の槍はアイリスへと飛び掛った魔獣に見事激突し、その身体を吹き飛ばす。

 

 しかし、攻撃を受けたはずの魔獣にはまだ息がある。

 水を操る系統の魔術の大半に共通する欠点は、その威力の低さだ。


「よくもやってくれたわねッ! ――『爆炎槌』フレア・スタンプ!」


 リリーが即座に立ち上がり吼える。

 莫大な炎がリリーの頭上に発生、落下し、魔獣を瞬く間に焼き尽くした。


「どうよ!?」

過剰火力オーバーキルだ。魔力の量には限りがあるんだから、できる限り最小限の魔力で殺せ」

「……分かったわよ」


 リリーが頷いた。


「頑張りましょう、リリーちゃん」

「……お姉さま。そうね、ノアの奴の鼻を明かしてやるわ」


 どうしてリリーが魔獣と戦う特訓をしているのかなんて知らないはずのアイリスだが、特に理由を聞くことなく、リリーへと微笑みかける。

 リリーは自らの頬を軽く叩き、気合を入れていた。


「アイリスは大丈夫か? 魔獣との戦いなんて経験がないだろ?」

「はい、少し緊張して疲れてますけど……大丈夫です。心配してくださってありがとうございます」

「いいや、連れてきたのは俺だからな。心配くらいするさ」


 ふう、と息を吐くアイリス。頬が僅かに上気している。

 見る限りでは多少は疲労はしているようだが、それほど問題はなさそうだ。


 俺とアイリスがそんな会話をしていると、リリーが眉を顰めた。


「ちょっとノア、私に対する対応と差があるんじゃないかしら?」

「いや、気のせいだろ」

「絶対気のせいじゃないわ……。ふん、まあいいわ。完璧に魔獣に対処してみせて、ぎゃふんと言わせてやるんだから」


 意気込みは結構。

 だが再び背後から迫ってきた魔獣にリリーが吹き飛ばされたため、俺は思わず笑ってしまった。


 リリーに滅茶苦茶キレられた。


「その……少し厳しすぎるのではなくて?」


 魔獣相手に苦戦しているリリーとアイリスの様子を見て、ナタリアが疑問を投じる。

 まあ、王女様に課す訓練にしては厳しめなのは否定しない。そもそも王女様に魔獣と戦う訓練を課すことについての是非は置いておく。


「だが、『牢獄世界コキュートス』に行くっていうんならあの程度の魔獣は軽く倒せないと話にならないからな」

「なるほど、ノア様が言うのならそうなのでしょうね……『牢獄世界コキュートス』、一体どんな魔境なのか楽しみですわ」

「そんな期待するような場所じゃないけどな」


 戦闘狂じみたところのあるナタリアに、俺は嘆息した。


「ちょっと、話してないで助けなさいよ――これ、無理ッ!」

「きゃあッ、痛っ」


 そんな会話をしている間に、リリーたちが大量の魔獣に集られていた。


 まだ先は長そうだ。

 ここはまだ第一層だが、迷宮は基本的に深く潜れば潜るほど出現する魔獣も凶悪になっていくのだが……大丈夫だろうか。


「はぁ……『圧空サプレッション』」


 魔獣だけを狙って押し潰す。

 リリーやアイリスにかなり近い位置にまで接近している魔獣は巻き込む恐れがあるために倒しきれなかったが、大半は処理した。

 残りはリリーたちだけでも何とかなるだろう。


 俺は意識の半分で売れそうな宝物が転がっていないか探しつつも、もう半分でリリーたちの戦いの趨勢を見守っていた。

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無能は不要だと言われて追放された最弱魔術師、実は《時空魔術》の才能を持つ最強魔術師だった 〜奈落の底で覚醒した世界最強の時空魔術師は、王女の護衛となって学園で無双するようです〜 浮島悠里 @USAMI

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