二度とやらない

逢雲千生

二度とやらない


 私には夢があった。


 ずっとずっと叶えたかった夢が。


 幼い頃、私は看護師になりたかった。


 あの頃はまだ、看護婦さんって呼んでいたけれど、今でも時々そう呼んじゃうんだ。


 そんなことを繰り返しながら、私は高校に進学して、一生懸命勉強して、親からの理解も得て、後は進学先を決めるだけだった。


 看護師になりたいって言うだけなら、子供の私にだって出来た。


 でも、どの看護学校に入るかとか、どんな病院で働きたいかだとか、考え出したら切りが無かった。


 それでも、それでも考えて、やっと行きたい場所が決まったんだ。


 そんなに有名じゃないけれど、見学に行ってみて、ここが良いって思ったの。


 それを先生に伝えたら、笑顔で言われたんだ。


「あなたには無理よ」


 そして、進学先を書いた紙を優しく机の上に置いて、


「だいたい、あなたみたいなおっとりした子が、看護師みたいな仕事にけるわけないでしょ? 会社員だって難しいだろうに、絶対無理よ」


 そう言って笑ったの。


 初めて頭が真っ白になった。


 それから先生は、私に「諦めなさい」とか「まともに働けるだけの誠意を見せなさい」だとか、そんなことを言ってた気がする。


 後で知ったんだけど、私って先生から見ると、どんくさそうだとか何も出来なさそうに見えたらしくて、ゆめなかばでせつするより、最初からやらないでおいた方が良いだろうって思ったんだって。


 そんなこと知らなかったし、今まで話したこともなかったから、なんでそんな事を言われるのかわからなかったんだ。


 家に帰るまで我慢できなくて、私はずっと泣いてた。


 友達に心配されながら、すれ違う人に驚かれながら、それでも泣いてた。


 家に帰って親に見つかって、どうして泣いているのかって聞かれたら、先生の話が一気に蘇ってきたんだ。


 親は先生の話に怒ったけれど、私はもう、先生に対して何も感じなかった。


 親や友達に反対されたけれど、最後には普通の何でもない会社を書いて、就職先の希望として提出したら、先生は「やっぱりね」って笑ってた。


 何も感じられないまま、私は卒業式を迎えた。


 みんな泣いてたけれど、私は泣けなかったな。


 友達が嬉しそうに将来を語る横で、私は何も感じられないまま、黙ってうなずいてた。


 そして帰ろうとした時、先生が声を掛けてきたんだ。


「ねえ、看護師にならなくて良かったの?」


 友達が目をつり上げた。


 私は驚いた顔で先生を振り返ると、先生は心配そうにうつむいて、


「あなた、ずっと看護師になりたかったんでしょ? なら、今からでも浪人して、来年にでも受けてみたら?」


 友達が怒りかけた顔で呆れているけれど、私は口元に笑みを作り、先生に答えた。


「もういいんです。諦めましたから」


「そんな、諦めたら駄目じゃないの。夢だったなら、これからでもチャンスはあるわ」


「いいんですよ、もう」


 私の答えを待つ友人の横で、にっこりと笑う。


 すると先生は何を思ったのか、ぎこちなく笑い、「そんなこと言わないで、ね?」と言ったので、私は答えた。


「いいんですよ、もう。先生に諦めるきっかけをもらえましたし、看護師になる気持ちは全部、どっかに行っちゃいましたから」


 そして私は笑った。


「もう二度と、先生に相談なんてしませんから、安心して優秀な生徒の相手をしてあげてください」


 先生の顔が青く染まった。


 笑い出す友達と歩きながら、折りたたまれた紙をわきかかなおし、これからの予定を話しながら廊下を進んでいく。


 制服の間から見えた紙には、綺麗な文字で「卒業生代表」と書かれていた。









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二度とやらない 逢雲千生 @houn_itsuki

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