手向けの花束

「隊員さん、その節はありがとうございました」


 丁寧にお辞儀をするのは、意識不明の状態から回復したダズリーだった。顔に残った火傷の跡はまだ痛々しいが、それ以外は元気なようだ。


「俺は守護隊としてやるべきことをしたまでだ」


 改めて礼を言われるとどうも背筋が痒くなって仕方がない。ゼインが照れ隠しに鼻をかく。

 ダズリーの傍にいた妻と孫達が何度も頭を下げてくるので、全身に蕁麻疹が表れそうになる。


「おじいちゃんを助けてくれて本当にありがとう、!」

「お、?」


 真っ直ぐな無垢な瞳で見つめられ、自分もおじさんと呼ばれる歳になったのだと苦笑いした。


 適当にけりをつけてその場を後にする。

 背中越しに、ダズリー夫妻と孫達の笑い声がして無精髭が目立つ口元が緩んだ。


 共同墓地の東側。早朝の眩しい太陽が降り注ぐ地に一際大きな白い墓石が建っていた。それを囲むように、剣の形をした墓石が並んでいる。

 大きな白い墓石の前にひざまづき、手にしていた真っ白な鈴蘭の花束を添えて黙祷を捧げる。


『ラグノリア砦の勇者達、ここに眠る』


 墓石に掘られた文言の下部に、あの夜戦地で散った仲間達の名が刻まれている。鎮魂の祈りを込めて、ひとりひとりの名前を指でなぞった。


 ふと、モグナの香りが漂ってきたかと思えば、背後に何者かが立つ気配がした。


「私にも祈らせてくださいっ」


 ゼインが断る前に遠慮なく隣にしゃがみ込むと、モグナのお香が入った香り袋を鈴蘭の横に手向けた。

 俯いて黙祷を捧げること数十秒。

 目を開ければ、くりっとしたオッドアイが朝日に映えて輝く。


「ハンナさん達の裁判、今日からでしたね」


 ハンナやベン、他の四人の学生達は素直に自供し、身柄は守護隊本部へ送られた。ドヴォルに関しても、裁判での虚偽の証言をしたことを素直に認め、数日後に裁判が控えている。

 裁判に臨むのは本部の役割。支所の出番はここまでで、『巡還のウロボロス』関連の事件は捜査を終えることになる。


「残念に思ってません?」

「何故だ」

「『巡還のウロボロス』がもし実現できたら、ここに眠っている皆さんを蘇らせることができたかも、なんて思ってたんじゃないかな、って」


 エラの指摘にゼインは口をつぐんでしまう。ベンに、『巡還のウロボロス』があれば死者を蘇らせることができると聞いた時、心の中ではそうであってほしいと思ってしまう自分がいたことを、否定できなかった。

 盛大にため息をついたエラは、怪訝な目を向けた。


「ゼインさんのことだから、自分の命を亡くなったご友人に分配して蘇らせようとか考えたんじゃないですか? ゼインさんが死んだら困るって言ったじゃないですか」

「思っただけなら別にいいだろ」

「良くないですっ。今後は控えてくださいねっ」


 これ以上痴話喧嘩を戦友に聞かせたくなくて、さっさと立ち上がってその場を後にする。


「ちょっと聞いてます?」


 慌てて追いかけるエラは、むくれた顔で下から覗き込んだ。ずかずかと大股で共同墓地を横断するゼインに、ちょこちょこまとわりつくように歩いていく。


「あ、そうだ。考えておいてくれました? ゼインさんの生きる理由、私に出会う為ということにしておいてくださいって言ったじゃないですか」

「あ? 何だそれ。記憶にねぇよ」

「嘘だっ。全部覚えてるゼインさんが忘れるなんてありえないです!」

「人間なんだから忘れることだってある。興味のねぇものは特にな」

「じゃあ今からでもちゃんと考えて——」


 ぎゅるるるる、という気の抜ける音がエラの腹から盛大に鳴った。時刻は朝食前、空っぽのお腹が音をあげたようだ。


「早く宿舎に戻らないと……でも、お腹が空いて力がでませんっ……」


 左右によろめくエラを、ゼインの左目は面倒くさそうに眺める。呆れたため息をつくと、東側の出口に向かっていた進路を南の出口へと変えた。


「ど、どこいくんですかぁ?」

「中央広間でまだ朝市やってんだろ。そこで腹ごしらえできるもんくらい、少しは残ってるはずだ」

「ゼインさん優しい! ご馳走になり——」

「自分で金は払え」

「え、そこは先輩風吹かせて奢ってくれるんじゃないんですか?」

「初給料入ったんだろ。自分の腹に入るもんは汗水流して働いて稼いだ自分の金で買え」

「もう、ゼインさんのケチ!」

「なんとでも言え。俺は案内だけしたら帰る」


 突然右手を掴んだエラに驚いて、ゼインの体はびくっと震えてしまう。


「冷たいこと言わないで付き合ってくださいよっ」


 朝市の方向に引っ張っていこうとしているが、小さな体のエラの力ではびくともしない。それでも止めようとしないエラの諦めの悪さに、仕方なしとゼインは折れた。


「……しゃーねぇな。今日は一緒に食ってやる」

「素直じゃないですね」

「取り敢えず、手を離せ」


 はぁい、と笑いながら手を離せば、さっさと朝市の露店へ一目散に駆けていく。

 ゼインの左目は、はるか遠くになってしまった白い墓石のある方角を見つめた。


(まだまだ、そっちの世界に行けそうにねぇな。何故なら……)


 視線を戻し、前方を行く隊服姿のエラの背をとらえた。


「あいつを一人前の守護隊にするまでは、な」


 ハーフアップにしたアプリコットオレンジの髪がふわふわと跳ね、オッドアイの瞳は露店に並ぶ品物をきょろきょろと眺めている。


「おじさん、このスープ美味しそうですねっ」

「これは隊員さん、ご苦労様。獲れたての魚介をふんだんに使ったスープなんだ。飲んでいくかい? いつもお仕事頑張ってるから、お代は結構だよ」

「やったー! じゃあお言葉に甘えて……」


 鍋から立ち上る湯気と共に、香ばしい魚介の匂いが食欲をそそる。露店の主人が準備している間、周りを見渡した。

 朝市は活気に満ちている。露店の店員達の威勢の良い声、客が買い物を楽しむ笑顔、友人達と他愛もない会話に勤しむ笑い声。


(皆、幸せそうだな……)



 守護隊として初仕事となった今回の事件、その報告書をエラは次のように締めくくっている。



『不老不死、それは命に期限のある人間が追い求めてきた夢。死者の蘇生、それは死に別れた愛すべき者ともう一度巡り会いたいという願望。

 それらを可能にするのが、イリュトゥナが放出した魔力イジュ


 しかし、残念ながら私達人間に魔力イジュを使うことはできない。この世に生を受けたその瞬間から、死へと一歩ずつ近づいている。逃れられない死という宿命に、時折恐怖に苛まれる。


 それでも人間は何故生きるのか。

 命と命の巡り逢いではなかろうか。

 家族、友人、恋人……大切な人と出会い、心を通わせ、慈しむ。

 愛する人々と過ごす何気ない一日がとてつもなく幸せで、死への恐怖など微塵も感じない。だからこそ、人は人を求めて生きていく。

 かく言う私も、そのひとり。



以上


トードスカ東部守護隊 エラ•ジェラルド』




新米守護隊エラ•ジェラルドの捜査報告 —巡—

(完)



◆◆◆


 最後までご覧いただき、ありがとうございました!

 新人守護隊員エラの初仕事を応援してくださり、エラもとっても喜んでおります。


 本編は完結しましたが、明日から『番外編〜Wholeheartedly』をお送りしたいと思います。守護隊のオフの会話と恋話がメインで、全四話を予定しています。

 お付き合いいただけたら幸いです。



 空草 うつを

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