21. the one and only / Elijah



ある日の夜遅く。

ひどい怪我をしたあるじのユウキ様と、憔悴しきった様子のぼっちゃまが屋敷にお戻りになりました。

ユウキ様がこのような怪我をすること自体が珍しく、私はもちろん、エノクやウィンも一瞬驚きで行動が止まってしまうほど。

近頃はぼっちゃまもユウキ様と夜間の見回りに行くことが時々ございます。

霊力のコントロールを身につけ、夏休みには実戦的な練習もしていた成果でしょう。

今夜もいつもと変わらず、お二人を玄関でお見送りいたしました。

ユウキ様も体調が悪い様子は見受けられず、だからこそ、このような大怪我を負う理由がわかりません。

ただ、ユウキ様の隣で酷く青ざめた顔をしているぼっちゃまが何か知っているのは間違い無いのでしょうが。







いずれにしても、まずは治療。

血塗ちまみれのユウキ様をエノクと二人で抱えるようにして、リビングのソファーに横たえました。

ユウキ様を運んだ廊下に、点々と真新しい鮮血が落ちているのが痛ましい。

泣きそうな顔のウィンに清潔なタオルと水の用意を頼み、エノクには薬草の入った薬箱を持って来るよう指示して、苦しげな呼吸をしているユウキ様の様子を確認いたします。

幸い意識はしっかりしているようで、手当てをすればすぐに回復するでしょう。

目に見える傷だけでもおびただしい数で、白い肌に散る赤は恐ろしいほど魅惑的です。

我が身が天使であってもなお引き込まれるような、悪魔的な魅力。

堕天しそうな危うい思考を振り切り、内部の傷を確認するために魔力をかざしてみると、体内も相当なダメージを負っていることがわかりました。



このままでは、ユウキ様の命が危うい。



ゆえに、すぐさま治癒の力を行使しました。

ここでユウキ様を失うわけにはいきませんので、問答無用です。

私がユウキ様の体内の治癒をしている間に、タオルと水を持って来たウィンが、ユウキ様の血塗ちまみれの体を拭っていきます。

そうしてあらわになる傷は、先ほど目で確認した以上に無数にありました。

すべてを治癒するには、ユウキ様への負担が大きすぎます。

苦渋の決断ではありますが、ここは大きな傷のみを治癒しました。

残った小さな傷は、エノクが手際良く薬を塗り、包帯を巻いていきました。

しかし、顔色は戻りません。

おそらく相当な量の血を流してしまったのでしょう。

傷を治癒することはできても、失った血を戻すことはできません。

あとはゆっくり休んでいただくのみ。


手当てを終えたユウキ様は、横たわっていたソファーに座り直し、ウィン特製のトマトスープを口にしました。

それから初めて、目の前で床に座り込んだまま動かないぼっちゃまに目を向けたのです。

これまでぼっちゃまには向けたことのない、とても冷ややかな目を。





綾祇アヤギくん、説明を」





たったひと言ですが、肌を刺すような鋭さに、ぼっちゃまの両肩が跳ね上がり、怯えるように頭を上げました。

その両目は涙に濡れ、鼻をすすっていました。

絞り出すように話を始めた内容は、ぼっちゃまが油断した挙句、死神のトラップにかかり、殺されかけた、と。

そこまで話を聞いたユウキ様は、ゆるりとソファーから立ち上がり、いまだ涙の止まらないぼっちゃまの前に静かにたたずみました。

そうして。




ぼっちゃまの頬を平手で思いきり叩いたのです。




私もエノクもウィンも唖然としました。

ユウキ様はぼっちゃまをとても可愛がっており、これまで頬を打つようなことなど一度もなかったのに。

それはぼっちゃまも同様に感じたのでしょう。

打たれた頬をおさえ、呆然とユウキ様を見上げています。

けれど、私は頬を打ったユウキ様の表情を見て理解しました。

可愛がっていたからこそ、頬を打ったのだと。




「命懸けで戦うことは美しいことじゃない。僕たちは生き残らなければならない。この街に生きる人たちのためにも、この街に眠る人たちのためにも。無様だろうがみっともなかろうが、自分の命さえ大事にできない人間に、墓守を名乗る資格はない」




氷上を吹き荒ぶ風のように冷たい声音でそう告げると、ユウキ様はエノクの肩を借りて自室に戻られました。

その後ろ姿を呆然と見送るぼっちゃま。

言われたことを理解しようと必死に考えている様子が見てとれます。

しばらくしてやっと理解が追いついたのか、またさらに青ざめた顔になりました。

ご自身の失態が、ユウキ様の言葉の意味が、繋がったのでしょう。




「おれ、なんてこと…っ!」


「ユウキ様もとても悔しかったのだと推察いたします。ぼっちゃまを命の危険に晒してしまったことを、とても悔いておられるようでした。私たちも、ぼっちゃまが万が一亡くなっていたらと思うと筆舌しがたいものです。どうか、御身おんみを犠牲にするような戦い方はお控えください。私たちはもちろん、ユウキ様も、そのような戦い方を教えてはいませんよ」




誰よりも、この少年の成長を楽しみにしているユウキ様。

自らの命を犠牲にするような戦い方をいとうていらっしゃる方。

ユウキ様が曝け出した思いを補うように言葉をかければ、ぼっちゃまは寄り添っていたウィンに抱きつき、大声を上げて泣き出しました。

ここはおそらく、ウィンに任せるのが良いでしょう。

私は、自室で一人思い悩んでいるであろうユウキ様の元へ行くことにしました。








灯りを落とした私室のソファーに座りぼんやりと夜空を眺めているユウキ様。

私が入ってきたことにも反応しないほど、ご自身の思考の海にどっぷり浸かっているようです。

それほど様々な思いが去来しているのでしょう。

いつになく荒んだ雰囲気は、誰も近づかせない手負いの獣のようで。

家族を失った直後のことを思い起こさせます。




「今にも殺されそうになってる綾祇アヤギくんを見つけて、足が竦んだ。一瞬の怯みでこんな怪我まで負って…自分の命を大切にできなかったのは、僕も同じだ。冷静さを欠いたんだから」




神に懺悔をするように静かに語られる後悔。

誰にもたどり着けないような強さを極め、その実力で若干19歳で神聖騎士団の総団長を拝命し、いつどのような状況下でも慈愛と冷徹さを持って指揮官として君臨するユウキ様。

死神の餌場になりやすく、頻繁に死神との小競り合いが起こるこのクルス領を治められる実力と、領主として働けるだけの頭脳を持ったこの方であっても、ぼっちゃまが殺されかけたというその状況は、異質だったのでしょう。

想像に難くありません。それほど、ぼっちゃまはユウキ様にとって大切な「家族」なのですから。




「貴方が悔いることはありません。貴方の命は繋ぎ止められ、ぼっちゃまは無傷。すべて我らが神の思し召しでございます」




私の精一杯の言葉に、ユウキ様は少し驚いたような顔をして、小さく笑いました。

まるで幼い日、初めて出会った時のように。


どうかこの夜が、この心優しいあるじにとって穏やかなものでありますように。

そう願わずにはいられない日でした。


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