第1話 空を夢見る少年

とあるコンクリート製と思しき建物でそれは起こった。

閃光。

直後、鋭い轟音と共に怒鳴り声や呻き声、女の悲鳴が不協和音となって響いた。

ここは新たに発見されたマルノヴァ・ソピーロを管理する事務局。

その事務所が白昼堂々、大爆発を起こしたのである。

原因は当然、サビストによる犯行だが、日中から派手に事を起こす連中は珍しい。

事務所内では、厳つい大柄の男たちが数人、強化ガラス内に展示された事物を見て回っては、手当たり次第に背中のバックパックへと詰め込んでいく。

砂埃が避けるかのようにして流れ、後からやってきたのは、男たちと同じ衣類に身を包んだ眼付きの悪い女だった。

「お前たち、あんまり手荒に扱うんじゃあないよ」

女の声を聞いた男たちはそれだけで一層真剣な様子になる。どうやら彼女がこの男たちをまとめ上げているようだ。

男の一人が声を上げる。

「姐さん!ありましたぜ!」

それを聞いた女は頷き、威風堂々たる佇まいで仲間に大声で告げた。

「お前たち!それを持ったらさっさとずらかるよ!グズグズしてると公安が来ちまうだろ!早くしな!」

男たちは各々急いで引き上げていく。しかし、追手はすぐそこまで来ていた。

公安用防護服に身を包んだ男たちが後ろからレーザーピストルを発砲する。

ラビスト達は応戦しながら屋上まで向かう。そこには脱出用のヘリコプターが待機していた。

女が乗り込んだのを最後に、ヘリコプターは上空へと飛び去って行き、すぐに彼方へと消えていった。



――――



「いやあ~上手くいきましたね姐さん!」

排水路の奥。誰も寄り付かないような人気のない所に、彼らのアジトがあった。

「だから言ったろ?あそこは昼間の方が警備が手薄なんだって」

女は酒瓶を片手に上機嫌に続ける。

「アタシ達がドブネズミみたいにコソコソしてると思ったら大間違いだっつーの。んで、成果は?ちゃんと元が取れるだけ吹っ掛けたんだろうね?」

「もちろんさ。今回は装備にかなり金をかけたんだ。元が取れるくらいじゃ大損だよ」

続けたのはおおよそここには似つかわしくない優男だ。しかし、その眼には彼らと同じだけの情熱が宿っていた。

「今回の成果を踏まえて先の取引先から専属契約の話が来てるけど、どうする?」

「はッ!冗談じゃねえ。誰かに飼われるなんて御免だね」

「そう、じゃあいつも通り断っておくよ」

たいして珍しい話ではない。マルノヴァ・ソピーロ収集家――コレクティスト達は優秀なラビストを、相場より高めの報酬を条件に雇い、コレクションの独占を考えるだけでなく、自身の護衛、果ては敵対者の暗殺までさせるものもいる。

「アタシ達はそんじょそこらのごろつきじゃねえ。ソンヂューロだ。忘れるんじゃないよ」

女の熱意とも怒気とも取れる熱い吐息交じりの喝に、一同はさらに眼差しを昂らせる。

その眼差しの中に、不穏な影を帯びているものがあることには、誰も気づかずにいた。



――――



それから数日。彼らは新たな依頼をこなすべく闇の中を動き回っていた。

当然といえばそうだが、彼らの本来の活動時間は夜。どこからか目的の品を回収して、極力正体がばれないよう行動するのが一般的なスタイルだ。

調べではこの時間の警備が最も手薄のはず、必要なものはすべて回収済み、あとは脱出だけ――

ノイズと共に通信端末から知らせが入る。

「緊急事態、凄まじい数の公安が来てる、すぐに脱出を――」

鈍い音で通信は途絶えた。それから大量の足音。

全員が急いでヘリコプターのもとへと向かう。そこにはすでに公安がいた。

「全員武装を解除しておとなしくしろ!従わなければ撃つ!」

女は――ニヤリと笑い、拳銃を抜いた。

消音器に抑えられた気の抜けた銃声が飛ぶ。

そして急いでヘリコプターのもとへ駆けた。どさり、と後ろで鈍い音がした。

「ユダーソ!無事か?!」

ヘリコプターの操縦席に収まっていた青年――ユダーソは挙げていた手をだらりと降ろし力なく笑った。

「すまねえ姐さん、情けねえとこ見せちまった」

「かまうもんか、さっさと出るよ!」

おう、と声を出してユダーソが操縦桿を握り――ヘリコプターはすぐに飛び去った。



――――



数日後、全員は、普段と異なる、一般的な市民の服装で、とある屋敷へと赴いていた。

普段であれば交渉事はすべてアジト内にて優男――マテーオが一手に引き受けているのだが、あの不可解な襲撃を受け、今回は全員で行動を共にすることになったのだ。全員が腕にはある程度の自信を持つ。それだけに、今回の狙いすまされた奇襲には普段以上に警戒していた。

屋敷に入る。そこかしこを豪奢に飾ってあり、一目で分かるほどの上級市民ぶりだった。

奥の部屋へと通される。

女は思考を巡らせていた。

(通路は一本、屋敷のデカさに対して人ひとり通れりゃ上出来の細さ、そんで最奥の角部屋……何もかも最悪じゃないか)

できれば自分が通路を確保しておきたいところではあったが、リーダーである以上前に出ないわけにはいかない。通路が屋敷の人間にふさがれないよう目配せで指示をし、部屋のソファに腰掛ける。

扉が勢い良く開いた。全員が身構える。

しかし次の瞬間には緊張が解けていた。なぜなら入ってきたのは10歳かそこらの金髪碧眼の少年だったからである。

使用人が大慌てで止めに入るが、間に合わない。女の目の前までやってきてにっこりと笑ってこう告げた。

「お姉さん!僕を仲間に入れてよ!」



――――



女は思わず面食らってしまった。少年は構わず続ける。

「お姉さんたち、ソンヂューロなんでしょ!僕を仲間に入れてよ!お願い!」

女、いやその場にいた全員が呆けてしまった。が、すぐに身を引き締める。

「何を言ってやがる、ボウズ」

「僕ね、外に出てみたいんだ!外ってね、もちろん、マルノヴァ・モンドのことだよ!」

その言葉に女は愕然とする。ソンヂューロなら一度は聞いたことがあってもおかしくはない言葉だ。


マルノヴァ・モンド――――旧世界。


かつての人類が住んでいた場所。この世界の――文字通り「外」だ。一部のマルノヴァ・ソピーロからのみ知りえることの出来る知識。通りでうかつに口にしようものなら、速攻で公安に突き出されてしまうだろう。

とはいえ、ここはコレクティストの屋敷。そこに住む少年がその知識を知っていたとしても何ら不思議ではない。

「馬鹿言うな、アタシは別に外に興味はねえ」

動揺を悟られないよう吐き捨てる。すると少年はみるみる顔を歪めて、

「――――ッ!うわあああああん!」

吠えるように泣き叫び始めた。次第に苛立ちが募ってくる。やがてカッとなって、声を荒げる。

「おい、いい加減に――」


「おやおや、これは失礼」

入ってきたのは、恰幅の良い、中年の男。ご丁寧にも上級市民バッジが胸元を下品に飾り立てていた。

男が少年に一言二言告げると、少年は目に涙を湛えたまま部屋を出ていった。


「先ほどは、息子が失礼しました」

隣のマテーオがそっと話を続ける。

「いえいえ、とんでもございません。それでご依頼の件ですが――」

女は少年のことは忘れ、取引に集中するべく気合を入れた。



――――



「どういう、つもりですか」

マテーオは感情を押し殺し、相手を見据える。隣の女が殺気立つのをしっかりと感じ取ったが、敢えて止めなかった。

53チップ。これっぽちでは明日どころか、今日の食事さえも危うい。

「いやあねえ、悪いけどこれ以上は出せないねえ」

「こちらはきちんと約束通りのものを用意したはずです」

マテーオは少し声を低く唸らせる。

「約束が守られないのでしたらこちらも相応の態度で臨みますよ」

男はニタニタと下卑た笑みを浮かべている。明らかに態度がおかしい。

女はそっと拳銃に手を添えた。


「悪いが残りはコイツで支払わせてもらうよ」

そう告げると男は懐から銃を取り出し、発砲した。


「マグダレーノ!」

思わずマテーオが叫ぶ。キン、と金属の当たる音が鳴り、女、マグダレーノの頬に赤い傷がついた。既に彼女は拳銃を抜いており、銃口からは硝煙が漂っていた。

男は銃を取り落としていた。

マグダレーノは淡々と告げる。

「今なら金を払えば見逃してやるよ」

全員が男に向かって銃口を向けていた。しかし、男はひるまない。

マグダレーノが発砲しようとしたその時、

「――――?!」

彼女の銃が宙を舞った。



――――



このクソッタレみたいな世界で生き残るにはどうしたらいいのか。

金だ。金さえあればいい。

そして何も考えずにウーノの考えに従っていればいい。

長い物には巻かれろ。強いものには命乞いをしろ。

何が夢追い人だ。クソッタレめ。

金さえあれば――もっと大事な何かを、失わずに済んだのに。



――――



「どういうつもりだ、ユダーソ」

ユダーソは扉を塞ぐように立ちはだかり、淀んだ眼差しをマグダレーノに向けている。

「すまねえ姐さん」

「俺はあんたと違って金さえありゃなんだっていいんだ」

そして、そのまま引き金を引いた。


はずだった。


ごぶり、と血を吐き、ユダーソはそのまま倒れ伏した。背はレーザーピストルで撃たれたように焼け爛れていた。

開いた扉の隙間から、澄み切った碧眼がこちらを覗いている。

「お姉さん、僕のこと何にも教えてなかったね」

「僕、腕には自信あるんだ。それじゃ足りない?」

マグダレーノは銃を拾ってそのまま青ざめる男の眉間へと弾丸を見舞った。

「充分だ、クソガキ」



――――



金目のものをありったけ持って闇に溶けるように出ていく。しばらくは食いっぱぐれなくて済むだろう。マグダレーノはふと、少年が持つぬいぐるみが気に掛った。


「ただのボロボロの」ぬいぐるみだ。


「おい、クソガキ、それ、」

「クソガキじゃないよ!マティアーソ」

そういってマティアーソは頬を膨らませる。

「帰ったら、お前の大事なソレ、直してやろうか」

マティアーソは目を泳がせる。

「でもこれは……」

「マルノヴァ・ソピーロだろ、ソレも」

「――!うん!お姉さんは直せるの?」

「マルノヴァ・ソピーロなら、マルノヴァ・モンドのやり方で直せばいい」

マグダレーノはマティアーソをじっと見つめ、そして挑戦的に笑ってみせた。

「これからは『姐さん』か『ボス』だ、いいな?」


かくして、少年と女の運命の歯車は廻り出した。

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ソンヂューロ 若林紅 @koh_waka

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