ディナー・イン・ザ・バス 【読み切り】

家島

ディナー・イン・ザ・バス

 今夜は先に風呂に入ろうか夕食にしようか、12時間の勤務を終えた帰り道で考えていた。その後すぐに明かりのついた自分の家が見えてからは、歩く速さを増した。


 林林太郎は、マンションの階段を上って、いつもより重く感じたドアを引く。ドアの前に立った時から、強く漂っていた香ばしい匂いに彼の食欲が刺激された。味噌のケースで溢れていた冷蔵庫を思い出して、今夜はみそ汁かなと思いながら、ご飯にしようと決めたのだった。


 「おかえりなさい。お風呂でご飯にする?」


 「え?」


 「お風呂でご飯にする?」


 「え?」


 「お風呂でご飯にする?」


 「ご、はんに、する…」


 林太郎は、ポカンと玄関に立っているところを、靴を脱がされ、風呂場に手を引っ張られていった。


 「早く服を脱いで」


 風呂場に行くにつれ、強くなる香りに、まさかと思っていた林太郎は、その言葉を聞く前に俗室のドアを開けた。


 バスタブには、薄い茶色の液体、そこに浮いている白い立方体、濃い茶色の何か、緑色のシート... そして、シャワーのスペースには机と向かい合う2つの椅子があった。


 「今夜は、林太郎くんの好きな、なめこの味噌汁だよ」


 キャッ


 林太郎は予告なしに、圭子をお姫様抱っこし、ベランダに出た。


 「今日は、綺麗な夜空だね。あそこに明るい星があるね」


 「綺麗だね」


 「行ってみたいよね?」


 「うん」


 林太郎は、圭子の笑顔を見届けると、圭子をマンションのベランダから外へ放り投げた。




 林太郎は、ベランダから戻ると、広いリビングの、台の上にある、交通事故で亡くなった嫁、圭子の写真のところで微笑んで、「ただいま」と言った。

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