逆自粛
@HasumiChouji
逆自粛
年明け早々に、コンサートの開催場所である(あったと言うべきか)H市の市役所に呼び出されて来てみれば、案内された会議室には、何故か、市役所の職員ではなく、地元の首長、それも市長だけではなく県知事まで居やがった。
「すいません、早速のご相談ですが、今年は開催していただけますよね?」
県知事が、そう切り出した。
俺は、日本でも最大級のロックコンサートの主催者団体の幹部だ。
去年は、例のウイルスの大流行のせいで、ここ20年ほどの間、年1回開催していたコンサートは中止となったが、結果的には、それは正しい判断だった。丁度、開催時期に2回目の大流行が起きたのだ。1回目の終息宣言から、約3ヶ月後の事だった。
「待って下さい、例のウイルスの流行が……」
県知事と市長は不思議そうな顔で俺を見た。
「あの……ニュースを御覧になっていないんでしょうか?」
「終息宣言は出ましたよ。もう安全です。政府も専門家委員会も安全だと保証しています」
「いや、それでも……」
「自主的に実行してもらわないと、我々も困るんですよ」
「だって、事態が完全に終息した筈なのに、日本最大のロックコンサートが開催されない、って変ですよね?」
「あの……本当に、今度こそ終息したんですか?」
「終息しました」
「政府も専門家委員会も安全だと言っています」
ふと、県知事と市長の顔を見た。目に疲れが見える。ちゃんと髭をあたったり髪を整える精神的余裕も無いようだ。その他、背広・ネクタイ・ワイシャツ……見落すヤツも多いだろうが、男が精神的に余裕がなくなってる時にやりがちな身嗜みの乱れが各6つか7つ。
どうやら、県知事と市長も国から何か無理難題を押し付けられているらしい。しかし、人命がかかっている以上、こっちも心を鬼にせざるを得ない。
「ですが、我々としても、アーティストやスタッフや観客の健康と安全を守る義務が有ります」
我ながら酷い考えかも知れないが、この2人が国と俺達の板挟みになって自殺したって、たった2人の死で済むが、ウイルスの再流行の可能性が有る状況で、日本最大級のコンサートなんてやったら、何人死ぬか知れたモノじゃない。
「まさか、反日宣伝に協力するつもりですか? あなたは、反日勢力ですか?」
「はぁっ⁉」
市長が意味不明な事を言い出した。
「日本最大級のコンサートが開催されないとなれば、日本では、まだ例のウイルスの流行が終っていない、今後も起き得る、と云うメッセージを日本国民と世界に発信する事になります。これが反日宣伝でなくて何ですか?」
「国も県も市も、今年の開催は、日本が例のウイルスの流行を克服した事の象徴の1つと考えています。開催しないのなら、国・県・市の全てが、貴方達を反日宣伝への加担者と見做しますが……」
「フザけないで下さい‼」
「どうしても開催してもらえませんか?」
「冗談はやめて下さい」
「ここまで頼んでも駄目ですか?」
「それは『頼んで』るんじゃなくて『脅迫』でしょう‼」
「どうしても、どうしても、どうしてもですか?」
「どうしても、どうしても、どうしてもです‼」
「あ……そうですか……」
そう云うと、市長は会議室のテーブルの上の内線電話を取った。
「あ〜、警察の方を会議室にお通しして」
市長が電話を切るのとほぼ同時に、会議室に屈強な黒服の男達が入って来た。
「すいません、こう云う者です。反日宣伝禁止法違反の容疑で、任意同行に御同意いただけますか?」
男達が見せたのは警察手帳だった。所属はこの県の県警の警備部……早い話が公安だ。
「拒否したら?」
「拒否は認めません」
「任意ですよね?」
「たまたま名前が『任意同行』なだけの逮捕状なしの逮捕と御理解下さい」
「大体、そんな法律、いつ出来たんですかっ⁉」
「多分、国民の生活に重大な影響が無いので、成立時に報道されなかっただけでしょう。と云う訳で……おい、さっさと立て、この非国民が。頭を縦に振らない限り、留置所から生きて出られると思うなよ。あと、任意だから弁護士は呼べねぇぞ」
俺は、たった数時間で、あっさり屈服し、五体満足で娑婆に戻った。
結局、コンサートは「主催団体の判断により、誰からの強制でもなく自主的に」開催される羽目になった。
アーティストやスタッフの中には参加を拒む者が居たが……業界内では「報道されてないだけで、参加を拒んだアーティストやスタッフやその所属事務所の社員・役員の家族が明らかに冤罪にしか思えない容疑で次々と逮捕されている」……そんな噂が駆け巡った。
お前らが国の意向に逆らうなら、お前らではなく、家族や友人や恋人がただでは済まんぞ……。それが国が我々に発したメッセージだった。
コンサートは、無事開催され、無事終った。例のウイルスによる爆発的感染は……政府や専門家の見解では、その後全く起きていないらしい。
ただ、あのコンサートの後、やたらと知り合いの訃報や親類の葬式が多くなり、誰かの見舞に大き目の病院に行けば……医者も看護師も疲れ切った表情をしており……町中では、やたらと嫌な感じの咳をしてる具合の悪そうなヤツを良く見掛けるようになり……それもでも、国が滅んだりする事はなく……今の所、日常は淡々と続いている……筈だ……多分……おそらくは……そう願いたい。
逆自粛 @HasumiChouji
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます