異世界転生しそうでしない、ちょっと転生する少年

春海水亭

俺、チート能力を持ってハーレム作って良いんですか?

「ギャーッ!!!

 トラックに撥ねられて300mぐらい吹き飛んだらここにいる俺!!」

「元気な少年ですねぇ」


死――それは何者も避けることが出来ない絶対の宿命、

老いも若きも男も女も死だけは平等に訪れる。

今日もまた一人の少年が天に召されたようである。


「私は死の女神、キノウガルド……」

「死の女神……?ということは……

 俺は死に、今ここで来世に向けて転生を果たさんとしていると……

 そういうことですか?」

「本題に入る前の助走の加速度が異常ですね」


この世界では死んだ人間は、別の世界の生物に生まれ変わる。

あの世は神のための世界、

神ならぬ人は無数に存在する現世にて永劫の生の連鎖を続けるのである。


死ねば人はまず、この死の女神の神殿へと呼び寄せられる。

神殿の姿はその人間によって異なる、

この少年にとっては学校の指導室のように映っている。

パイプ椅子に座り、机を挟んで女神と向かい合っているのだ。

生徒指導室を表す標識には転生の間の文字。


それにしても女神のなんたる美しいことか。

絵にも描けぬ美しさとはまさしくこのことだろう、

もっとも、絵にも描けないので、当然字でも書けない。非常に残念です。


「……女神様、確かに俺はトラックで撥ねられました。

 しかし、俺が死んだとは信じられません……

 ほら、トラックに撥ねられたからって助かった例もあるじゃないですか!」

少年は無理に明るく振る舞って、女神に話しかける。

目が泳ぐ、汗が滲む、どこか笑顔がおかしい。

お前は死んだ、そう言われて誰が受け入れられるだろうか。


「……いえ、貴方は確かに死んだのです」

「そんな……まだやりたいことがたくさんあるんです!家族だって俺を……」

「人はそれぞれ違った生を過ごします……それでも、死だけは平等です」

女神は悲しげに頭を振ると、静かな声で受け入れなさい。と言った。

少年は泣けば良いのか、怒れば良いのか、あるいは笑えば良いのか。

あらゆる感情が入り交ざって、正しい感情を決められないでいた。

他でもない自分に降り注いだものに対して、

どうしようもなく他人事であるように思えてしまったし、

何よりも自分がそう願っていた。


「これは過去の鏡です」

女神はリモコンを取り出すと、指導室の隅にあるテレビの電源を入れた。

映像再生媒体と繋がっている――この部屋は少年の認識でそのようになる。


「死を受け入れることが出来ないのは無理もないこと……

 しかし、風に散らされた砂を拾い集めることは出来ません。

 どうか、この過去の鏡で貴方の死を認識し、新しい命を生きる覚悟を……」

「もっと……生きたかった……」


然程大きくもないテレビに少年の姿が映った。

横断歩道の前に立っている、歩行者信号は青。

右、左、もう一度右。

幼少期の頃の習慣は今でも消えること無く残っていたのだろう。

車が来ないかを入念に確認すると、少年は横断歩道を歩き出した。


「アァァァァァ!!!人でも轢き殺してぇなアアアアアアア!!!!」

「うわーッ!殺人も辞さない暴走トラックが認識も追いつかぬほどの速さで俺に!」


なんたる悲劇だろうか、殺人も辞さない暴走トラックが超高速で少年に迫る。

暴走トラックはそのまま少年を跳ね飛ばし、過ぎ去っていく。

トラックには傷一つ無し、しかし――たまらぬのは少年の方である。

ボロ布が宙を舞うように彼は現在位置から300メートル程跳ね飛ばされ、

彼は連続空中回転で、着地した。

少年は空中回転でトラックの衝撃を完全に殺しきり、怪我一つ無く着地に成功した。


「待て」

女神がリモコンの一時停止ボタンを押し、少年に向き直る。

絵にも描けなければ、字にも書けないその美しさ。

だが、今の表情は熟語で表すことが出来る。

唖然。

「なんですか」

「いや、なんですかじゃなくて……」

女神は額に手を当てて一瞬考え込むと、無言でリモコンの巻き戻しボタンを押した。

ボロ布のように宙を舞う少年、空中で回転し、衝突の衝撃を殺し切る少年、

着地には両手を大きく広げて周囲から拍手までもらう少年。一時停止。


「防御性能!」

「柔道で受け身について学んだので……」

「受け身は地面でごろんごろんするものであって、

 空中でごろんごろんするのは化け物の部類!」

「そんな……俺の正体は……」

「やめなさい!今ここでとんでもないサイドストーリーを始めるのは!」


ギャンギャンと叫んだ女神は、こほんと咳払いを一つ。

そして頬を若干赤らめる。

びっくり人間を見たからと言って、少々興奮しすぎてしまったようだ。

これでは、キョウガルドやアサッテガルド等の女神たちに笑われてしまう。

「ま、まぁ……そういうこともあるでしょう。

 えぇ、そうでしょうとも……そうです、そういうこともありますとも。

 トラックで撥ねられたけれど、死ななかった……まぁ、そういうことでしょう。

 ところで貴方、トラックでは死ななかったようだけれどもそれ以降の記憶は?」

「うっ、頭が……」

少年は顔を歪め、右側頭部に手を当てた。

「すみません、何も思い出せません……」

「とにかく貴方が死んだことには間違いないのです……

 過去の鏡で追っていきましょう」


女神の美しい指がリモコンの再生ボタンを押した。


『ふぅー……トラックに撥ねられて死ぬかと思ったけど、案外大丈夫だったなぁ』

テレビの中の少年が胸を撫で下ろし、再び歩き始める。

『少年!少年!』

『あ、幼馴染の殺人衝動ヤバ子ちゃん!』

テレビの中でぶんぶんと手を振りながら少年に駆け寄るのは、

小柄な女子高生である、手には包丁を持っており、制服は鮮血で染まっている。


『殺人衝動ヤバ子ちゃん!今日の殺人衝動はどうだい?』

微笑みながら少年は殺人衝動ヤバ子に話しかける。

『当然!』

殺人衝動ヤバ子もまた笑顔を少年に返し、

構えた包丁と共に少年の方向に走っていく。

その包丁の切っ先は少年の腹部。笑顔は歪む。包丁の切っ先は鋭い。

何時でも人を殺せるようにしている。


『ギャーッ!』

何回も、何回も、何回も、殺人衝動ヤバ子は少年の腹部を刺していく。

殺人衝動ヤバ子のなすがままであった。

殺人衝動ヤバ子は体当たりで少年に対してマウントポジションを取ったのだ。

少年も、殺人衝動ヤバ子も、平等に赤い血に染まっていった。


「そんな……俺は殺人衝動ヤバ子ちゃんに殺されたっていうのか……」

「成程……殺人衝動ヤバ子に殺され……名前のセンス!」

一時停止ボタンを押し、女神は叫ぶ。

「殺人衝動ヤバ子ってどういう名前なのよ!」

「ヤバ子ちゃんは殺人衝動が苗字でヤバ子が名前ですよ」

「先祖の罪!」

女神は天を仰ぎ、叫んだ。

そして、こほんと咳払い。

失礼、と言うと再びその指がリモコンの再生ボタンを押した。


「まぁ、貴方はここで死んだということですね……」


『もー!ヤバ子ちゃんったら!俺死んだと思ったじゃないか!』

『ごめんごめんうへへへへへへへへへへ!!!!!』

テレビの中で笑い合う二人、停止ボタン。


「なんで生きてんだよ!!!!!!」

「思い出しました……奇跡的に全ての切っ先が急所を外れていたんです……」

「失血死という概念!」

「朝はめっちゃトマトジュース飲んでたので……」

「栄養素の還元が早すぎる!!!!!」

「まぁ……そういうことも……アレ……?」


気づけば、徐々に少年の身体が薄らいでいくではないか。

まるで、自身がここにあるべき存在でない異物であるかのように。


「身体が……!?これは一体どういうことですか……!?」

「おそらくですが、過去の鏡を見るにつれて、

 自分の死ではなく生を実感していったので、

 魂が肉体の方に引き戻されていっていると……そういうことではないでしょうか」

「おそらくで済ませてはいけない異常な考察力!」

「このまま再生を続けていけば、

 実は俺が死んでいないことが明らかになるかもしれません!」

少年の言葉は実際楽観的である。

だが、続く異常事態を前にどうにもそれが事実なのではないかと女神には思われた。


「……とりあえず、続けましょうか」

再生。


『あァァァァ!!!!人を射殺してぇなァァァ!!!!!』

停止。


「さっきから治安が最悪なんだよ!!!!」

「毎日、こんな感じですね。俺の街」

「むしろお前なんでこのタイミングで来たんだよ!!もっと早く死んどけよ!!」

「油断……したのかもしれませんね」

「変に達観してんじゃねぇよ!!」


再生。

ガトリング射撃が少年を襲うが、

少年は超高速で襲撃犯の背後に回り、首筋を手刀で打った。

呻き、その場で意識を失う襲撃犯。


その様子を見た女神は容赦なく、早送りボタンを押した。

薄らいでいく少年。


「やっぱり、俺は生きてる……そういうことですかね」

「……あー、そうかもね」

早送りで絶体絶命の状況を少年が何度も脱していく。

女神は最早諦めている。


「家族にももう一度会えるんだ……良かった……」

「はー、異世界転生してチートハーレムパーティーで世界を救うのは別の奴だな」

「……今、なんて」

「お前が死んだらチート能力を与えて異世界を救ってもらうつもりだったんだよ、

 たくさんの美少女と一緒に」


少年が自分の腹を拳で殴り始めた。

何度も、何度も。

全力で自分を殴ることは出来ない。

無意識で無ければ自分の舌を噛めないように、意識的であればブレーキが掛ける。

だが、その一発、一発が全力の拳であった。


「死にます」

「何やってんだテメェェェェェェェッ!!!!!!」

少年を羽交い締めにする女神、暴れる少年。

少年の膂力は女神の力を以てしても抑え込むには辛いものがある。

「離してください!!異世界を救いたいんです!」

「家族に会いたいんじゃないのか!?」

「いえ!父さんも母さんもポチもボブもマイケルもジョニーも俺を笑って送り出してくれるはずです!!」

「死ね!って言ってるのと同じじゃね―か!」

女神は叫び、直後にもう一度叫んだ。


「複雑怪奇なる家庭環境!」

女神は二度叫ぶ。

「やだなぁ、ボブもマイケルもジョニーもただのペットですよ」

「……ポチは?」

少年からの返答はなかった。

ただ、無言の微笑だけがあった。


「とにかく離してください!ここで死ぬことが俺の運命だと悟ったのです!」

「女神だからって目の前で死なれると気分悪いんだよ!生きろ!頑張って!」

「良いことあると思いますか俺に!?街の治安アレですよ!?」

「あぁ……うん……」

ただ、納得だけがあった。

こうなってしまえば、少年は最後までやりかねない。

早送りのテレビの映像がとうとう最後の場面を映す。

ちらりと見たが、結局少年は死んでいない。


「つまり!ここで死んで俺が完成する!」

少年の姿は最早霞のように希薄である。

だが、自害の意志だけははっきりとわかった。

ここで死ぬ気だ――マジで勘弁して欲しい。女神は心の底から願った。


「っていうか生きてることわかってるのになんでまだ消えてないんだよ!!」

「死への意志が……生を上回った……そういうことですよ!」

「頑張って生きろォォーッ!!!」


最早、このままでは埒が明かぬ。

女神は泣きたくなった。

部屋の片隅に体育座りをして、小さく丸まり、ひたすらに泣き続けたかった。


「なんで、そこまでして異世界転生したいんだお前はァーッ!!」

「決まってるじゃないですか!」


少年は叫んだ。手刀がオーラを帯び刀の硬度を得た。


「女の子と……」

少々顔を赤らめた少年を見た瞬間、女神は駆け寄った。

女神は少々前かがみになって、少年の頭部に身長を合わせた。

そしてキスをした。


「あっ……」

「女神舐めんじゃねぇーッ!!!」


女神は少年の執着が女にあると知った瞬間、覚悟を決めていた。

無理矢理に欲求を満たし、

死へと向かわんとする恐るべき意志力を強制的に緩めさせる。


女神の思惑通りであった。

現世の肉体に引きずり込まれていくように、少年の姿が完全に消えていく。


「……だが、覚えておいてください。

 思春期の情熱がある限り、僕は何度でも死にたがる」

「頑張って生きろォーッ!!」


完全に消滅する少年。

ハァハァと息を荒げながらも、女神は安堵感に包まれていた。

今日は散々な目にあった。

だが、あの少年に出会い女神として一皮むけたような感覚がある。

もう、どのような死人が来ても大丈夫だ。

誰であろうとも問題なく次の肉体に送り込めるだろう。


「次の方……どうぞ……」

こほんと咳払い、女神は椅子に座り次なる死者を待つ。

その様はまさしく、絵にも字にも表せぬ美しさであった。


「ギョボボボボボ」

扉が蹴破られる。

六本の腕、八本の脚、頭部は二つ。

泥のような不定形の胴体を持った怪生物が現れた。

首輪をしている。

名前は――


「ポチ!!!!」


【終わり】

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