5話目 蛇の爺さんに会いました。

 この国には、神々の息吹がかかった場所がある。"神社"、"寺"、"霊山"、"教会"、"御神木"、"霊石"その他諸々。"メディア"とか"SNSエスエヌエス("ネット"というヤツを使って、自由に意見を言うものらしい…。)"というようなヤツとかで話題になり、「行ったら元気になった!」「御利益があった!」「心が清められた!」などと、有名な場所は観光地として機能しているそうだ。

 そう言った場所の事を、この世界では、"パワースポット"と言うそうだ。


 翌日、俺はミィと一緒に、とある民家へ瞬間移動した。ちなみに、ミィの現在の姿は、尻尾一本の一般的な成猫サイズのデカさになっている。この世界の異形が持つ不思議な力である"妖気"は、にしか伝わらない程度に隠しているそうな…。       


 もし、只人ただびとに見つかれば、自分達の平穏で静かな生活が脅かされる。派手な行動や悪さをしなければ、こちらの世界の退魔師達に目を付けられる事は無いそうだ。時々、悪ふざけする奴は少なくは無いそうだが、大抵、そうやってこの世界の妖達は、人間達と上手くバランスを保ちながら生活しているそうな…。異世界によって、異形の生き方は全然違うのだなぁ…。俺ん世界では、皆、生きる為にすぐ襲って、必死だった…。


 …話を戻そう。ちなみに今来ている場所は、ミィの話によると、今は廃れているが、古代より呪術師の家系だったらしく、その名残りからなのか、そういった不思議な力が湧き出る場所らしい。しかし観光地とは違い、ただの民家に人々が集まるはずが無い。ここは言わば、あやかし達にとって"隠れパワースポット"と言う訳だ。


「そこで待ってな。…おーい、おんじぃー!」


 ミイは敷地内にある井戸に俺を案内し、この場で待たせた。そして、井戸の囲いに華麗に跳躍し、首元の鈴の音しか鳴らないような、軽やかな着地をしたかと思うと、井戸の中を覗くような体勢で誰かの名を叫んだ。


 …暫くの沈黙。

 

 刹那、井戸から、水のような清い波動が生じたかと思うと、その中から、ピチョン、と雫が落ちる音と共に、一匹の白い蛇が現れ、その上でクルッと宙を舞った。


「何じゃ…?うるさいのぉ…。」


 その白蛇は、欠伸混じりにそう言い、ミィと俺がいる事を確認し、宙に浮いた状態で左右を行き来した。そして、「おや?」と言い、俺の前へ細い顔を近づけ、先端だけ二股に割れた、赤く細い舌をチョロチョロ出しながら、まじまじと俺の顔を見つめた。表情(蛇に表情があるのは謎だが…)は気怠げで、爺さんだからか、年配者独特の落ち着いた、優しげな風格はある。相手はそんな蛇だ。しかし何だ…?俺らより身体は小さいが、かなりの威圧感がある。それはまるで前世の種族で例えると、"神族"に似た清らかな波動オーラ…。


「見かけない顔だね…。ミィ、まさかお前さんの孫かえ?」


「馬鹿言っちゃあ、困るねぇ。模様だって違うだろ?こん子はただの孤児みなしごさね。…ほら、アイツの。」


「ほう…。それにしては変わった力を感じるのぉ…。お主、何者なにもんじゃ?」


 白蛇は俺の周りを一周しながら、ジロジロ見続ける。…もしかして、やっと信じてくれる奴、見つかった!?俺は嬉しさでキラキラしているであろう自分の目を白蛇に向け、コホン、と咳払いをし、声高らかに自己紹介をした。


「爺さん、分かるのか?では教えてやる。…俺はエンジュ!現世理由ワケあってこんな姿になっているが、前世では、別の世界で"魔王"をしていた。」


 沈黙。


「…此奴こやつ、中二病か?…坊主、モンクエの影響受け過ぎじゃぞ?」


「もっと言ってやんな。おん爺…。」


「おい!」


 お前もかっ!?ここでも"中二病"という扱いとは…。しかも《モンクエ》てヤツの話題、また出やがった…。いったい何なんだろう?余計気になる…。チビ達がやたら詳しそうだったから、帰ったらじっくり聞いてみるとしよう!

 心底落ち込んだ俺に、やれやれ…、と溜め息をつきながら、ミィは目の前の白蛇の爺さんについて次のように語った。


「…コホンっ、随分話が逸れてしまったね…。おチビさん、この爺さんは、晴嵐。何千年も生きている龍だよ。」


「リュウ?」


「お主が本当に、勇者や魔王が活躍するファンタジー世界の転生者と言うなら、そう言う世界で有名な生物である、《ドラゴン》てヤツじゃ。…こっちじゃあ、"伝説の生き物"扱いじゃがな。この姿は、ようは"仮の姿"てヤツじゃな。」


 ふぉっふぉっふぉ…、と晴じぃこと晴嵐は高らかに笑った。まるで、「儂ゃあ、結構偉いんじゃぞ!」とでも言うように。


「ヘェー…。」


 …ん?あれは確か、羽根の生えた、でっかい蜥蜴トカゲだった筈。中には炎や氷などの異能を使うヤツはいたのだが…、姿形を突然変異したヤツはいたっけ?


 「失礼じゃのぉ…。儂みたいな仮の姿をしている竜は、そんなに珍しくないぞい。蜥蜴もそうじゃが、中には鯉もいるぞい!」


「あっ、"鯉"ていう魚がこの世界にはいるのさ。それはもう、でっかくて、ビチビチ跳ねるさね。中には色鮮やかな品種もいるもんだ。これがまた美味い!!」


「ふぅーん…。…ん!?」


 今俺、、口に出してたっけ?混乱していた俺を見ていた当の本人は、えっへん、と言うように胸(…のあたりなのか?)を反らし、とても自慢げだ。ミィを見ると、何故か俺から顔を反らし、口元に前足を当て、クスクス笑っている。


「驚いたか、チビ助!さっき、お前さんの心を読ませて貰った。」


「はぁ!?」


 このじぃさん、何者?さっき以上に混乱していると、今度はミィが教えてくれた。


「あぁ、驚いかい?実はじぃさん、人の心を正確に読む事が得意なのさ。隠し事や嘘、やましい事を考えてもすぐバレるからね!」


「ふぉっふぉっふぉっ、こんなの序の口さ。こんなんだって出来るぞい!…せえの、ハイな!」


 じぃさんは少しの高く浮き、胸を反らす態勢をとったかと思いと、掛け声と共に俺に顔を突き出す感じで前に出した。すると次の瞬間、じぃさんの目の前に鞠程の水球が現れ、俺の前に、フヨフヨ浮いて迫って来た。そしてそれは、俺を喰うかの如く覆い被さり、包み込んでしまったかと思うと、そのままフワフワと宙に浮いていった。


「あ、それ!それ!」


「のわっ!?のわっ!?」


 じぃさんの尻尾が左右に振られる度、その動きに乗って、俺が入った水球はブヨブヨ揺さぶられる。…うえぇー、気持ち悪い…。


「さて、次行くぞい!せーーーの、そーりゃあーー!!!」


「うわぁーーーーー……!?」


 じぃさんの勢いのある動作と掛け声に合わせ、俺の入っている水球は、空高く舞い上がった。雲が近くなる位舞い上がって舞い上がって……。割れた。


「ぎゃーーーーー……!!」


 体毛で覆われた身体に、激しく風圧がかかる。魔法が使えない以上、俺を地面で受け止めるすべは無い。運良く木々の上に引っ掛かれば良いのだが、そうじゃ無ければ…。


 ―あぁ、そうか…。俺は生まれ変わってもずっと…。―


 考えた末、浮かんだのは"死への恐怖"や"怒り"では無く、"絶望感"や"後悔"だった。魔王・エンジュ、として活躍し、前世で最悪の闇に陥れ、人々を恐怖のどん底に突き落とした。その中にはまだ、何の力も無い、罪無き者達もいた。


 ―「お前なんていなければ…。」―

 ―「怖いよ…。お母さん…。」―

 ―「私達の愛しき者、日常を返せ!!」―………


 これはきっと、。今までしてきた事への罪。それがきっと現世でも、俺の魂を永久に縛り、逃げても纏わり付くだろう…。そしてそれは、何度でも。何度でも…。


 そう、上空を落下しながら、自分のやってきたおこないを改めて考えながら自暴自棄になっていた時だった。


「《…神々の息吹よ!!》」


 ミィの声…。猫だからか、ほんのわずかだが、確かに聞こえた叫び声の直後に突風が吹き、俺の落下速度を緩めていった。そして、地面に着地する頃には、人間がそっと、赤子を寝床に降ろすかの如く、ゆっくり体勢が整えられた。…助かった、のか?


 俺は呆然としていたが、その後放つミィの怒鳴り声で我に返った。


「おん爺!調子に乗り過ぎだ!!これから頑張る大事な若者を殺す気かい?」


「すまんすまん…。ちとばかし、張り切り過ぎたわい…。」


 ふぉっふぉ…、とじぃさんは軽やかに笑う。ミィの方を見れば、オッドアイの瞳は大きく開き、埋もれたら気持ちの良さそうな全身の体毛は、針のように逆立っていた。脚や尻尾、腰辺りも自分を大きく見せるように、ピーン、と上に伸ばし、フゥーっ、と唸っている。


「これこれ落ち着け、ワシが悪かった。…仕方ない。せめてものお詫びじゃ。ほれ!」


―キーン……―――。


 じぃさんがもう一度、自分の尻尾を、ヒョイ、と上げた後、がなった。蝙蝠コウモリが散策する時に発するような音無き音。普通聞こえたら即倒する程の高音。それがミィの首元の鈴を波動で鳴らす。


ガラガラガラ…。


 高音が徐々に鳴り止んでしばらく経った後、井戸の敷地内にある家の勝手口が開く。中から一人のばぁさんが出てきた。歳は…、滅茶苦茶取っているように見えるが、足腰がしっかりしている。


「おやミィ、また来たとねぇ?…と、もう一匹は、初めて見るヤツやねぇ…。もしかして、お前んとこの孫かえ?」


「…ニャー!!」


ミィは猫本来の鳴き声を発した後、姿勢を正し、尻尾をふよふよ動かし、じーっ、とばぁさんの顔を見つめた。


―"良いかい?人間に食事をねだる時は、こうやって、慌てず、礼儀正しく、我慢強く待つんだよ!大抵の優しい人間は、そうすればくれるからね!"―


―"なるほど…。分かった!"―


俺の頭ん中から、ミィの声が直接響く。要は、テレパシーのようなものだ。俺はミィから教わった通りの動作をした。慌てず、礼儀正しく、我慢強く…。


「…ニ、ニャー!」


上手く出来ただろうか…?平静を保ったまま、ばぁさんを見る。するとばぁさんは、「ちょっと待ちないよ。」と言い、そのまま家の中に引っ込んだ。何だろう…?呼吸を何回かしたくらいだろうか。ばぁさんは今度は手に何かを持って、またやって来た。…とても美味うまそうな匂いだ。


「ほれ、仲良く食べな!」


「ニャー(めし)!!」


椀に山盛りに盛られた粥。小魚が所々刺さっており、…この無数に、薄く茶色くフヨフヨ踊っているのは、何だ?…ともかく、それも含めて入っているグチャグチャなそれは、転生してから食べた、どの飯よりも、美味そうな匂いがした。


―"待ちな!ここのばぁさんは、そんな事はしないが…、中には変な物を入れる奴もいる。五感を使って、しっかり警戒しながら、その後食べるんだよ!"―


 俺が目の前の飯に、一気に食らいつこうとしていると、またもやミィからのテレパシー。自分の行動に一気にブレーキをかけ、落ち着いて言われた通り、五感をフル活用した。…本気マジで?人間怖え…。


しかし、猫の身体というものは、ある意味便利かもしれない。人より身体機能は上達している方だし、何より、五感が凄く敏感なのだ。…見た目…、茶色い薄っぺらいやつは気になるが…、問題無い。匂い…、くんくん…、飯の匂い以外の変なやつそうな物、無し。勿論、変な音も無し。味は…、食ってみないと分からん。今の所、問題無し!よしっ!いただきます!!


 俺は一口舐める。…そして、一気にガツガツ食べ始めた。なんだコレ。…美味い!!見た目はグチャグチャだが、味の加減が丁度いい!嗚呼あぁ、美味い飯が当たり前に食える、って、幸せ!!


―"ばぁさんの飯は、魚の旨味がきいて美味いだろ?特に、鰹節の出汁だしが決め手なんだ!"―


―"かつおぶし?出汁だし?"―


俺は食いながら、頭から流れるミィの声に質問する。しかし、その問いに答えたのはじぃさんだった。あっ、ちなみに、じぃさんの姿は、このばぁさんには見えて無いようだ。その理由として、ばぁさんは、しゃがんでニコニコしながら、俺達の食いっぷりを見ていた。普通、自分の近くに蛇なんかウニョウニョしていたら、今頃大慌てするだろう。


「"鰹"という魚がいてな。その魚を煮熟して、乾燥させた保存食みたいなものじゃ。削るとそのように、ペラペラの紙切れのようになるんじゃよ。出汁は、…その食べ物の美味い成分、と言ったところかのぉ。汁物とか、それが出ると、調味料が少なくても美味い事がある。」


―"へぇー…。"―


俺は感心してしまった。元の世界では、茹でた食材の煮汁は身体に悪影響、とか何とかで、ザバザバ捨てていた。"保存食"なんてものも、考えたことは無い。採ったら採ったで、その日の内に食うか腐らせるかのどっちかだった。…今まで勿体無いことをしていたものだ。悪かった…。今までの食材…。


 そんな事を考えている内に、俺達の飯皿は、あっと言う間に空っぽになっていた。またいつ食べれないか分からないので、味の余韻を忘れないようにペロペロ皿を舐めていると、ばぁさんは微笑んで、「また、食べに来ない。」と言い、皿を引っ込めて、家の中へ入って行った。…ありがとう、ばぁさん。


「あー、美味かったー!!」


「まったく…、今回は食べ物に免じて許してやるよ。今度から気をつけな!」


「分かったわい…。すまんすまん…。さて、ミィよ。このチビを連れて来たのには、何やら理由わけがありそうじゃのう。一体、何の用じゃ?」


「このおチビさんに、妖術を叩き込んでくれないかい?基本から、みっちり!」


「はぁ!?」


お前が教えるんじゃ無いのかよ!?そう驚いていると、ミィは続けて言った。


「いやぁー、私が一から教えても良いんだがねぇ…、あんた、頭は良さそうだが、この世界の事、あんま分かっちゃあいないだろ?」


「あぁ。」


「それだと、いざ妖力使おうにもイメージ湧かないから、力の加減が分からない。だから、知識に関して、経験を長く積んでいるおん爺の方が一番適任だろうと思ってねぇ。」


「って、事だ、若造。この老いぼれの授業、覚悟してついて来るのじゃぞ!」


「…。」


ハハハ!と笑うじぃさんとミィに、俺は何も言えなかった。また元の力は取り戻したい!けど…。


―…大丈夫かなぁ…?―


そう、行き先に不安を覚えるしかない俺の《"魔王の座復活!!"》への修行は、こうして始まったのであった。

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吾輩は魔王である。 ~勇者に敗れた魔王は後生を謳歌する。~ かるかん大福 @0n7ky0-k0-

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