5話目 蛇の爺さんに会いました。
この国には、神々の息吹がかかった場所がある。"神社"、"寺"、"霊山"、"教会"、"御神木"、"霊石"その他諸々。"メディア"とか"
そう言った場所の事を、この世界では、"パワースポット"と言うそうだ。
翌日、俺はミィと一緒に、とある民家へ瞬間移動した。ちなみに、ミィの現在の姿は、尻尾一本の一般的な成猫サイズのデカさになっている。この世界の異形が持つ不思議な力である"妖気"は、余程敏感な者にしか伝わらない程度に隠しているそうな…。
もし、
…話を戻そう。ちなみに今来ている場所は、ミィの話によると、今は廃れているが、古代より呪術師の家系だったらしく、その名残りからなのか、そういった不思議な力が湧き出る場所らしい。しかし観光地とは違い、ただの民家に人々が集まるはずが無い。ここは言わば、あやかし達にとって"隠れパワースポット"と言う訳だ。
「そこで待ってな。…おーい、おんじぃー!」
ミイは敷地内にある井戸に俺を案内し、この場で待たせた。そして、井戸の囲いに華麗に跳躍し、首元の鈴の音しか鳴らないような、軽やかな着地をしたかと思うと、井戸の中を覗くような体勢で誰かの名を叫んだ。
…暫くの沈黙。
刹那、井戸から、水のような清い波動が生じたかと思うと、その中から、ピチョン、と雫が落ちる音と共に、一匹の白い蛇が現れ、その上でクルッと宙を舞った。
「何じゃ…?
その白蛇は、欠伸混じりにそう言い、ミィと俺がいる事を確認し、宙に浮いた状態で左右を行き来した。そして、「おや?」と言い、俺の前へ細い顔を近づけ、先端だけ二股に割れた、赤く細い舌をチョロチョロ出しながら、まじまじと俺の顔を見つめた。表情(蛇に表情があるのは謎だが…)は気怠げで、爺さんだからか、年配者独特の落ち着いた、優しげな風格はある。相手はそんな見た目はただの蛇だ。しかし何だ…?俺らより身体は小さいが、かなりの威圧感がある。それはまるで前世の種族で例えると、"神族"に似た清らかな
「見かけない顔だね…。ミィ、まさかお前さんの孫かえ?」
「馬鹿言っちゃあ、困るねぇ。模様だって違うだろ?こん子はただの
「ほう…。それにしては変わった力を感じるのぉ…。お主、
白蛇は俺の周りを一周しながら、ジロジロ見続ける。…もしかして、やっと信じてくれる奴、見つかった!?俺は嬉しさでキラキラしているであろう自分の目を白蛇に向け、コホン、と咳払いをし、声高らかに自己紹介をした。
「爺さん、分かるのか?では教えてやる。…俺はエンジュ!
沈黙。
「…
「もっと言ってやんな。おん爺…。」
「おい!」
お前もかっ!?ここでも"中二病"という扱いとは…。しかも《モンクエ》てヤツの話題、また出やがった…。いったい何なんだろう?余計気になる…。チビ達がやたら詳しそうだったから、帰ったらじっくり聞いてみるとしよう!
心底落ち込んだ俺に、やれやれ…、と溜め息をつきながら、ミィは目の前の白蛇の爺さんについて次のように語った。
「…コホンっ、随分話が逸れてしまったね…。おチビさん、この爺さんは、晴嵐。何千年も生きている龍だよ。」
「リュウ?」
「お主が本当に、勇者や魔王が活躍するファンタジー世界の転生者と言うなら、そう言う世界で有名な生物である、《ドラゴン》てヤツじゃ。…こっちじゃあ、"伝説の生き物"扱いじゃがな。この姿は、ようは"仮の姿"てヤツじゃな。」
ふぉっふぉっふぉ…、と晴じぃこと晴嵐は高らかに笑った。まるで、「儂ゃあ、結構偉いんじゃぞ!」とでも言うように。
「ヘェー…。」
…ん?あれは確か、羽根の生えた、でっかい
「失礼じゃのぉ…。儂みたいな蛇の仮の姿をしている竜は、そんなに珍しくないぞい。蜥蜴もそうじゃが、中には鯉もいるぞい!」
「あっ、"鯉"ていう魚がこの世界にはいるのさ。それはもう、でっかくて、ビチビチ跳ねるさね。中には色鮮やかな品種もいるもんだ。これがまた美味い!!」
「ふぅーん…。…ん!?」
今俺、頭の中で考えていた事、口に出してたっけ?混乱していた俺を見ていた当の本人は、えっへん、と言うように胸(…のあたりなのか?)を反らし、とても自慢げだ。ミィを見ると、何故か俺から顔を反らし、口元に前足を当て、クスクス笑っている。
「驚いたか、チビ助!さっき、お前さんの心を読ませて貰った。」
「はぁ!?」
このじぃさん、何者?さっき以上に混乱していると、今度はミィが教えてくれた。
「あぁ、驚いかい?実はじぃさん、人の心を正確に読む事が得意なのさ。隠し事や嘘、やましい事を考えてもすぐバレるからね!」
「ふぉっふぉっふぉっ、こんなの序の口さ。こんなんだって出来るぞい!…せえの、ハイな!」
じぃさんは少しの高く浮き、胸を反らす態勢をとったかと思いと、掛け声と共に俺に顔を突き出す感じで前に出した。すると次の瞬間、じぃさんの目の前に鞠程の水球が現れ、俺の前に、フヨフヨ浮いて迫って来た。そしてそれは、俺を喰うかの如く覆い被さり、包み込んでしまったかと思うと、そのままフワフワと宙に浮いていった。
「あ、それ!それ!」
「のわっ!?のわっ!?」
じぃさんの尻尾が左右に振られる度、その動きに乗って、俺が入った水球はブヨブヨ揺さぶられる。…うえぇー、気持ち悪い…。
「さて、次行くぞい!せーーーの、そーりゃあーー!!!」
「うわぁーーーーー……!?」
じぃさんの勢いのある動作と掛け声に合わせ、俺の入っている水球は、空高く舞い上がった。雲が近くなる位舞い上がって舞い上がって……。割れた。
「ぎゃーーーーー……!!」
体毛で覆われた身体に、激しく風圧がかかる。魔法が使えない以上、俺を地面で受け止める
―あぁ、そうか…。俺は生まれ変わってもずっと…。―
考えた末、浮かんだのは"死への恐怖"や"怒り"では無く、"絶望感"や"後悔"だった。魔王・エンジュ、として活躍し、前世で最悪の闇に陥れ、人々を恐怖のどん底に突き落とした。その中にはまだ、何の力も無い、罪無き者達もいた。
―「お前なんていなければ…。」―
―「怖いよ…。お母さん…。」―
―「私達の愛しき者、日常を返せ!!」―………
これはきっと、報いだ。今までしてきた事への罪。それがきっと現世でも、俺の魂を永久に縛り、逃げても纏わり付くだろう…。そしてそれは、何度でも。何度でも…。
そう、上空を落下しながら、自分のやってきた
「《…神々の息吹よ!!》」
ミィの声…。猫だからか、ほんの
俺は呆然としていたが、その後放つミィの怒鳴り声で我に返った。
「おん爺!調子に乗り過ぎだ!!これから頑張る大事な若者を殺す気かい?」
「すまんすまん…。ちとばかし、張り切り過ぎたわい…。」
ふぉっふぉ…、とじぃさんは軽やかに笑う。ミィの方を見れば、オッドアイの瞳は大きく開き、埋もれたら気持ちの良さそうな全身の体毛は、針のように逆立っていた。脚や尻尾、腰辺りも自分を大きく見せるように、ピーン、と上に伸ばし、フゥーっ、と唸っている。
「これこれ落ち着け、ワシが悪かった。…仕方ない。せめてものお詫びじゃ。ほれ!」
―キーン……―――。
じぃさんがもう一度、自分の尻尾を、ヒョイ、と上げた後、音がなった。
ガラガラガラ…。
高音が徐々に鳴り止んでしばらく経った後、井戸の敷地内にある家の勝手口が開く。中から一人のばぁさんが出てきた。歳は…、滅茶苦茶取っているように見えるが、足腰がしっかりしている。
「おやミィ、また来たとねぇ?…と、もう一匹は、初めて見るヤツやねぇ…。もしかして、お前んとこの孫かえ?」
「…ニャー!!」
ミィは猫本来の鳴き声を発した後、姿勢を正し、尻尾をふよふよ動かし、じーっ、とばぁさんの顔を見つめた。
―"良いかい?人間に食事をねだる時は、こうやって、慌てず、礼儀正しく、我慢強く待つんだよ!大抵の優しい人間は、そうすればくれるからね!"―
―"なるほど…。分かった!"―
俺の頭ん中から、ミィの声が直接響く。要は、テレパシーのようなものだ。俺はミィから教わった通りの動作をした。慌てず、礼儀正しく、我慢強く…。
「…ニ、ニャー!」
上手く出来ただろうか…?平静を保ったまま、ばぁさんを見る。するとばぁさんは、「ちょっと待ちないよ。」と言い、そのまま家の中に引っ込んだ。何だろう…?呼吸を何回かしたくらいだろうか。ばぁさんは今度は手に何かを持って、またやって来た。…とても
「ほれ、仲良く食べな!」
「ニャー(
椀に山盛りに盛られた粥。小魚が所々刺さっており、…この無数に、薄く茶色くフヨフヨ踊っているのは、何だ?…ともかく、それも含めて入っているグチャグチャなそれは、転生してから食べた、どの飯よりも、美味そうな匂いがした。
―"待ちな!ここのばぁさんは、そんな事はしないが…、中には変な物を入れる奴もいる。五感を使って、しっかり警戒しながら、その後食べるんだよ!"―
俺が目の前の飯に、一気に食らいつこうとしていると、またもやミィからのテレパシー。自分の行動に一気にブレーキをかけ、落ち着いて言われた通り、五感をフル活用した。…
しかし、猫の身体というものは、ある意味便利かもしれない。人より身体機能は上達している方だし、何より、五感が凄く敏感なのだ。…見た目…、茶色い薄っぺらいやつは気になるが…、問題無い。匂い…、くんくん…、飯の匂い以外の変なやつそうな物、無し。勿論、変な音も無し。味は…、食ってみないと分からん。今の所、問題無し!よしっ!いただきます!!
俺は一口舐める。…そして、一気にガツガツ食べ始めた。なんだコレ。…美味い!!見た目はグチャグチャだが、味の加減が丁度いい!
―"ばぁさんの飯は、魚の旨味がきいて美味いだろ?特に、鰹節の
―"かつおぶし?
俺は食いながら、頭から流れるミィの声に質問する。しかし、その問いに答えたのはじぃさんだった。あっ、ちなみに、じぃさんの姿は、このばぁさんには見えて無いようだ。その理由として、ばぁさんは、しゃがんでニコニコしながら、俺達の食いっぷりを見ていた。普通、自分の近くに蛇なんかウニョウニョしていたら、今頃大慌てするだろう。
「"鰹"という魚がいてな。その魚を煮熟して、乾燥させた保存食みたいなものじゃ。削るとそのように、ペラペラの紙切れのようになるんじゃよ。出汁は、…その食べ物の美味い成分、と言ったところかのぉ。汁物とか、それが出ると、調味料が少なくても美味い事がある。」
―"へぇー…。"―
俺は感心してしまった。元の世界では、茹でた食材の煮汁は身体に悪影響、とか何とかで、ザバザバ捨てていた。"保存食"なんてものも、考えたことは無い。採ったら採ったで、その日の内に食うか腐らせるかのどっちかだった。…今まで勿体無いことをしていたものだ。悪かった…。今までの食材…。
そんな事を考えている内に、俺達の飯皿は、あっと言う間に空っぽになっていた。またいつ食べれないか分からないので、味の余韻を忘れないようにペロペロ皿を舐めていると、ばぁさんは微笑んで、「また、食べに来ない。」と言い、皿を引っ込めて、家の中へ入って行った。…ありがとう、ばぁさん。
「あー、美味かったー!!」
「まったく…、今回は食べ物に免じて許してやるよ。今度から気をつけな!」
「分かったわい…。すまんすまん…。さて、ミィよ。このチビを連れて来たのには、何やら
「このおチビさんに、妖術を叩き込んでくれないかい?基本から、みっちり!」
「はぁ!?」
お前が教えるんじゃ無いのかよ!?そう驚いていると、ミィは続けて言った。
「いやぁー、私が一から教えても良いんだがねぇ…、あんた、頭は良さそうだが、この世界の事、あんま分かっちゃあいないだろ?」
「あぁ。」
「それだと、いざ妖力使おうにもイメージ湧かないから、力の加減が分からない。だから、知識に関して、経験を長く積んでいるおん爺の方が一番適任だろうと思ってねぇ。」
「って、事だ、若造。この老いぼれの授業、覚悟してついて来るのじゃぞ!」
「…。」
ハハハ!と笑うじぃさんとミィに、俺は何も言えなかった。また元の力は取り戻したい!けど…。
―…大丈夫かなぁ…?―
そう、行き先に不安を覚えるしかない俺の《"魔王の座復活!!"》への修行は、こうして始まったのであった。
吾輩は魔王である。 ~勇者に敗れた魔王は後生を謳歌する。~ かるかん大福 @0n7ky0-k0-
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