4話目 自分の現状について学びました。(絶望からのリスタート その3)

『よし、"エンジュ"にしよう!』


『…は?』


『だーかーら、お前の名前。無いと呼ぶのに不便だからな。カッコいいだろう!』


 アレクは目を輝かせ、そう言ってきた。…このガキ、よくもまぁ、懲りずにノコノコ来やがる。


 初めて会った時は、「やばっ、夕飯に遅れるー。」と言いながら、自分の家へ帰って行った。が、次の日も、また次の日も、日課になったかの如く、毎日来るようになった。しかし何故だ…?


『…お前、"俺の事"、周りの奴らから聞いてねぇの?』


一番気になっている事を、俺は恐る恐るアレクに尋ねてみた。すると奴は、


『お前じゃない!アレクだ。…聞いてるぜ!"異形と人間の間で生まれた《厄災の子》"と言われてるんだろ?』


『知ってるなら何故来る?俺と居ても、何も良い事無いぞ。…馬鹿なのか?』


見返りなんて出来ない。してやるものか!そう思っていると、アレクは本気で怒ったのだろう。俺に向かって目を吊り上げ、声を荒らげ、こう言った。


『違うやい!…そりゃあ言い伝え聞いた時、最初は怖かった。けど実際会った時のお前の目、悲しそうな表情してたから…。』


同情か…。つまり、俺がぼっちで可哀想だから一緒に居ると。哀れだから一緒に話していると。…くだらない。大きなお世話。そんな偽善者は痛い目みせて、二度と近づかない様にしてやる。


そう、心に決めて、アレクを切り裂こうとした時、奴は続けてこう言った。


『…それに、誰が何と言おうが、俺は、自分の目で確かめたものしか信じない。信じれる道を行け、ておじさんからいっつも言われてるし。』


アレクはこっちを見て、ニィ、笑う。


「…勝手にしろ。」


俺はそっぽを向いた。物好きもいるもんだ。このガキがいつまで一緒にいるか、お手並み拝見といこう。


…………。

…………………………。

…………………………………………。

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 『ア"ー、朝、朝ー。』


「う…うーん…。」


 オウムの"フック"の鳴き声で目が覚めた。また前世の夢か。…そういえば死ぬ前には、今までの思い出を振り返る"走馬灯"というものがあるみたいらしいなぁ。あれって、転生しても見るものだろうか?


 マリアの腹なのかチビ達なのかは分からないが、丸まっていると、心地良い温もりで眠りについてしまっていた。…こんなに眠ったのは、ガキの頃以来だな…。冒険者対策にダンジョン建設、各所の近況確認、その他諸々…。魔王というものは、色々と忙しかったのだ。


 俺がこっちの世界に転生して一日目、ミィはまた現れ、色々教えてくれた。ちなみにあの乱暴者の男は、傷ありの犬"ロボ"によると、俺らに臭い飯と水を出し、また"ぱちんこ"という賭け事の店に行ったらしい。


 まず、この国の名は《ニホン》と言う、小さな島国の中の《ミヤザキ》という地域だそうだ。…ちなみに、この国の王都、もとい首都は《トウキョウ》。ミヤザキに比べ、人や乗り物、建物なんかが滅茶苦茶多く、デカイそうだ。あと、全ての流行源も、ほとんどがトウキョウが占めているそうな。

 住んでるのは人間と動植物のみ。中には別の言葉を話す他の国から来た、目や髪、肌などの色が違う者もいるが、人間には変わりないらしい。


生きる為に田畑を耕し、漁をし、生き物を育て、それで得た物を食する。または、働いて金を稼いで生活をしているのだそうだ。そこの所は、元の世界と同じである。

唯一違うとすれば、

1.魔法の原料となる《魔素》が存在しない事。

2.人を襲う魔物が"普段は"見えない事。

である。


 魔法は自然界の《魔素》に働きかけ、ありとあらゆる効能を高めるものだ。それで、"治癒"、"攻撃"、"防御"、"製作"等といった事に力を使えるのだ。

 しかし、魔法が無いからと言って、暮らしが不便、という事は無いらしい。その分は古来より、技術と知恵、科学等を活かし、便利になっているそうだ。…外に出れない状況だから、余計気になった…。


 この家の動物達は、名前を付けられてないらしい。"売り物"として俺らを扱っているから、名前をつけていないとの事だそうだ。では何故、"マリア","ロボ","フック"等の名前がそれぞれあるのか?それを尋ねると、ロボは答えた。


『ミィ様が与えてくれたんだ。こんなクソみてぇな環境にいるし、それに、名前が無いと、不便だろう、て。』


「名前は、産まれてすぐ貰う、"最高のプレゼント"だからね。」


「ふーん…。あっ、腹減った…。…良い?」


『どうぞ。まだ小さいんだから、遠慮しないで。』


 マリアは優しく自分の胸へ俺を誘った。赤子の仔猫だからなのか、かなり腹が減る。身体が栄養を欲する為だろう。俺は前脚を使い、足踏みするように、フミフミしながら、マリアの乳を飲んだ。


『次、俺だからな!はよ、どけよ!』

『何よ!次は私。割り込まんでよ!!』

『あんた、さっき飲んだやろ!良いーからどけー!!』


『こーら!あんた、達喧嘩しないの!』


 俺が乳を飲んでいると、他の仔猫共が我先にと、おしくらまんじゅう状態に互いに揉み合う。当然、これには俺も巻き込まれ、飲む場所の確保に必死である。

 …なるほど。哺乳類の魔獣達の子育ては、こんな感じなのか。こんなに子が離れないでいては、母親は飯とかはいつ食うのだろう。…気になる。そんな状況なのに、乱暴に子を扱わないマリアは、《母、強し》という言葉が似合う如く、偉大である。


「…俺は、本当にマリアの子なのか?毛色や瞳などが全く似てないが…、もしかして、俺は父親寄りなのか?いるなら、そいつは何処にいる?」


『っ…、それは…。』


 この問いには、全員が言って良いのか迷っていた。うるさいフックでさえ、首を動かすだけ。…また、この世界でも生前と同じ扱いか。逃げたか、あるいは死んだか殺されたか。


 俺がこの世の因果に怒りを募らせていると、チリン、と首元の鈴を鳴らしミイが答えた。そして俺を踏み台にし、ピョン、と目の前に来て振り返り、目線を合わせる為しゃがんだ。…何故飛び越えて来れない…?猫には脚力あるはずだ…。


「アンタの父猫は分からん…。あの男によりゃあ、"人工受精"で大量に子を繁殖させたそうな。母猫も結構なババァだったしね…。育ての母猫として、まだ若いマリアが抜擢されたそうだ。」


お前が言うか?そう言おうとしたが、やめた。…言ったら今度は、壁まで叩き飛ばされそうだ…。


それにしても、"じんこうじゅせい"?なんだろう…?ロボに聞いてみると、人の手によって、意図的に種族を繁殖させる方法、だそうだ。ちなみにここの男は、"ぶりーだー"という、いわば、俺ら"ペット"と呼ばれる、家畜とは別の意味で飼われる動物を売る為の育手だそうだ。…だったら、衣…は必要ないか…、食住ぐらいはをしっかり整えろ!


『本来、売り物として育てられる私達も、愛情持って育てないといけない決まりがあるんだけど…、中には増やす事ばかり考えている人や動物虐待してる人もいるらしいわ…。…この子達だって、幸せになれるかどうか…。』


『国のルール、ある。俺らに嬉しい決ルール。破れば罰金。処罰される。しかーし、守らない奴、たくさん。『世話が面倒。』『金欲しい。』『金かかる。』等々。自分勝手ー。まだまだ政策の改善あり。』


 ア"ーア"ー、と、フックが鳴く。なるほど、この世界はどんな種族でもすごく優しい。元の所とは大違い。でも金欲しさに破る奴がいるのは変わらないんだなぁ…。

 

 まぁ、だいたい現状は分かった。あとは…。


「…なぁ、この世界は《魔法》使えないんだろ?ミィは何で"妖術"てヤツを使えるんだ?やっぱりあるんじゃないのか?」


フフン、とミィは顔を反らした。まるで、自分は凄いぞ、とでも言う様に。…何か、腹立つ…。


「あたいは長い年月かけて修行した"妖怪"だからねぇ。そんじょそこらの奴らと一緒にして貰っちゃあ、困るね。…まぁ、使える、と言っても、初歩だけどねぇ。」


「なるほど…。」


「あたいは…、てか、ほとんどのヤツがそうさね…。年月かけて修得してるが、中には生まれつき、パパッ、とやっちゃう奴もいるがね…。まっ、"才能"ていうやつさ。」


"妖術"と"魔法"は、何か似ているかもしれない。たまに、はい、出来ました!、と、ちょっと教えれば出来る奴もいれば、魔石に細工し、使えたりする者、長い間修行してやっとの奴もいる。中には、才能に恵まれない奴もいたりするが…。


「じゃあ、《ネコショウ》、ていうのは何なんだ。魔物か?」


「あんたんとこでは、そう呼ばれているんだねぇ。もしくは"モンスター"。」


『あっ、知ってる!《モンクエ》に出てる。あれ、迫力あるし、デケェよなぁ…。』

『実際、あんなのいたら、喰われるよぉ…。』


「あれは、うちのばぁさんの曾孫ひまごも遊んでたねぇ…。"ゲーム"の世界観も実に興味深い。」


「へぇー…。って、話ズレたぞ!!」


いかんいかん…、この世界の言葉にすっかり気を取られていた。今はこの世界について、多くの基本情報が必要だだ。…"げーむ"、てヤツは後程のちほど、どういう物か聞いてみよう。


「そう焦んなさんな…。コホン、…あんたんとこで言う"魔物"をこっちでは"妖怪"て言うんだ。道具が長い間使われて変化したものや、あたいらみたいな動物が修行したりしてなる奴もいる。…中には昔話や噂で具現化したり、人が変貌するパターンもあるさな。」


「人が変貌!?」


そんな事あるのか!?俺が驚きで目を丸くしていると、ミィは、またニヤッ、として見せる。


「おやおや…、まさか、あたいら"妖怪"について、興味湧いてるのかい?光栄だねぇ。」


「…っ、そういう訳じゃ…。ただ、"妖術"について気になって…。出来れば、その方法を教えてくれれば良いのだが…。」


 残念ながら、今の俺は異世界の言葉が解るだけの"ただの仔猫"だ。生前のように魔法はもう使えないし、最凶といわれた魔王様の威厳の欠片も無い。もし、魔法に似た何らかの力が少しでもこの世界にあるなら、また、復権する事が出来る。なら、それに賭けてみようではないか!

 

「…成程なるほどね…。しかし、妖術は簡単には修得出来ないよ!身体も精神もかなり力を使う。…それでもやるかい?」


「…やる。」


 強い視線をミィに向ける。何て思うだろう…。相手は何十年も生きている化猫だ。仔猫の為か、その威厳に圧され、足がすくみそうになる。でもこれだけは譲れない。叩き飛ばされるだろうが、押し潰されるだろうが何度でも頼み込んでやる。

 …しかし、ミィの返事は意外なものだった。鈴の音が響きこちらに来る。そして、俺の尻を押さえつけ、その後、頭を押さえられた。…駄目だったか。


「…人にものを頼む時は、尻を落として背筋を伸ばす。そしてこうべを下げて「よろしくお願いします。」と言うもんだ。」


「…は?」


…どういう事だ。俺には何がなんだか分からなかった。ミィは俺の頭を押さえながら言った。


「「…は?」じゃない!「はい!」若しくは「分かりました。」だ!…言っとくけど、私はこれでも礼儀には厳しいんだ。その点はチビだからって、容赦しないよ!」


「じゃあ…。」


「あぁ、妖術だけじゃなく、異世界ここでの生き残り方を、みっちり叩き込んでやる。…初めての猫の身体だと、何かと不安だろ?」


確かに、妖術修行の云々うんぬん前に、この世界で野垂れ死んでしまったら堪ったものでは無い。基本の生きるすべも是非、修得しておきたい。俺はミィに礼を伝える、…と、その前に、尻を落として、頭を垂れる…、と。


「ありがとうございます!よろしくお願いします!」


「うむ、宜しい。では早速、明日から始めるよ!良いね?」


「はい!」


ミィの勢いに、自然と姿勢を正される。マイペースに見えて、意外と熱血だ…。


 そして、異世界と妖術について、何やかんや知れた衝撃の一日は、こうして過ぎていった。夜間は乳を飲んだあと、明日は早いからと、動物共に睡眠を急かされた。夜の室内はとても寒い。しかし掛け布団らしき物も無い環境だ。俺は他のチビ達とマリアの腹で丸くなり、身を寄せ合って暖をとった。

 さて、妖術を早く修得して、力を取り戻していくぞ!…そう、自分に鼓舞して、俺は深く、夢の中へ沈んでいくのであった。



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