3話目 不思議猫、現れる!(絶望からのリスタート。その2)

『ミィ…様。』


傷ありの犬は、三尾の大猫にそう呼び、平伏すように座り、頭を垂れた。それは他の動物達も同じ。礼儀の仕方は個々のやり方であるが、皆、頭を垂れて静かにしている。


大猫は周りが静かになったのを確認した後、再び、叩き飛ばされてそのまま固まって呆然としている俺を見た。そして俺に目線を合わせ、謝るように頭を垂れた。その時、首元には色鮮やか首輪が飾っており、動く度にチリン…、と、心地よい鈴の音が顎の辺りから響いた。


「いきなり叩き飛ばしてすまないねぇ…。お前さんの身体に、でっかいノミを見つけたんでね。」


「あ、あぁ……。…えっと…。」


「あぁ、自己紹介がまだだったねぇ。あたいは《ミィ》。この通り、ただのババァさ。」


巨大な猫はそう、礼儀良く挨拶してくれた。しかし、何者も寄せ付けない貫禄と"何か"を持っているのに、相手に対して礼儀は怠らない雰囲気に呑まれそうになり、一瞬俺は戸惑った。


…は!?ババァ!?落ち着いた所作だが、そう老いてる様には見えない…。何故なら大猫もとい《ミィ》は、気品がある。立派な毛並みの綺麗な白猫で、眼は右目空色、左目琥珀色の綺麗なオッドアイ。足腰もしっかりしていて、地に足をしっかり付いている。動作も踊り子のように優雅。先程俺を叩き飛ばした三尾も、目を奪われる程とても美しい。


では、この世界でミィが言う《老猫》の定義は何なのか?身体の大きさ?人語を話し、理解する知性?それとも…、今もふよふよ動いている三尾がその証なのか?しかし、俺も含め、周囲の猫達の尻尾を見る。今は仔猫である自分は未だしも、成猫でさえ"一尾"である。


頭の中が追いつかず混乱していると、ミィは俺の様子を察して、口角を上げた。


「あぁ…、これかい?お前さん、《猫ショウ(ねこしょう)》知らないのかい?」


「ネコショウ…?」


『…要するに、"猫妖怪の一種"ってこった、チビガキ。婆さ…、ゴホン、ミィ様は、何十年も生きてらして、あらゆる修行を積み重ね、こうして立派な"猫ショウ"になられたんだぞ!』


俺が疑問に思ってると、傷有りの犬はそう説明した。"ヨウカイ"?また初めて聞く言葉だな…。


「…もしかして、日本語が分からんのかい?仔猫の割りには受け答えは出来ているようだから、言葉の意味や文化が分からないみたいだねぇ。」


『えっ!?言葉分かるの!?すげぇ!!』


『なぁなぁ、俺にも教えて!』


『ずるい!私も!!』


檻の中の動物達はまた、一斉にギャアギャア興奮して騒ぎだした。


「アンタ達!…たくっ。…おチビさん、こん子達はともかく、あたいが今まであった動物どもより、あんたには何か訳有りに見える。…その辺、詳しく話して貰おうじゃないか!」


そう言うと、ミィは《香箱座り》という猫独特の座り方になり、こちらに目を向けて聞く体勢になった。それを合図に、一斉に大小の獣の眼光が集まる。こいつらの視線なんか怖くない。が、仔猫だからか、本能的に萎縮してしまう。


「…分かった。じゃあ…、」


そして俺は、思い出せる範囲で、この状況に至るまでの事を全て話す事になった。


…………………………………………………。

…………………………………。


「成る程ねぇ…。アンタが…。」


「?」


「いや、こっちの話さ。…内容は奇想天外だが、これだけは言える。アンタ、《阿呆》だね!」


『度胸あるな。…尊敬しないが…。』


『普通、神様なんて怒らせようとは思わないわぁ。あぁ゛、怖いー、怖いー。』


『話を聞いた限り、《コノハナサクヤヒメ様》と《イワナガヒメ様》じゃん…。この辺じゃあ有名な神様じゃねぇーか…。』


『ねぇねぇ、お母さん。《魔王》、てなぁに?凄いの?』


『シッ!、余計な事は覚えなくて良いの!』


これまでの経緯を話したら、皆、反応様々。中には、『こいつ、《中二病》なんじゃね?』と疑う奴もいる。しかし、大半(中でもミィ含む年配の奴ら)は呆れていた。…そんなに、ヤバい事したのだろうか…。そう悶々としていると、ミィは急に立ち上がり、後ろ足で首を掻きながら言った。


「…まぁ、だいたい事情は分かった。ここで会ったのも何かの縁さ。分からない事や聞きたい事あったら、何でも聞きな!こん子達も見た目や言葉遣いは、…まぁ、あれやけど…、何やかんやで教えてくれる。…このミィ、子分にすると決めた奴は、どんな理由でも傷付けはせんっ!」


「そうさ!俺達はもう"家族"さ。困った事あったら、いつでも言いなっ!!」


「よろしくな、チビすけ!」


「あっ、頭良くても、僕が兄ちゃんだからなっ!忘れんな!!!」


「あ゛ー、あ゛ー。よろしくー、よろしくー!!」


ミィがそう伝えると、動物達は口々に歓迎してくれた。衣食住…、まぁ…、猫だから"衣"は無いが、何とか過ごす事が出来そうだ。…住環境はかなり最悪ではあるのだが…。


 “ブロロロロ…………。バタンっ!”


『あっ、あいつ、帰って来たよ!』


ちびっ子猫集の一匹が言葉を発した後、動物達は各々の檻の中でざわざわし始めた。


「静まりな!!…仕方無い。《我の眷族の者以外の時間(とき)よ、止まり給え。急々如律令!!》。」


…えっ!?


ミィは獣が行儀良く立つように座り、両眼を瞑り、何やら呪文らしき言葉を唱え始めた。すると、男が扉を開け、中に入ろうとしていたところで完全に固まって動かなくなった。否、男だけでは無い。自分達動物以外の時間がそのまま止まっているのだ。


…今のは…、魔法?


そう、頭の中でグルグル俺が考えていると、ミィは、俺の首根っこを咥え、俺が最初に目覚めた箱の中に、ポイっ、と投げた。その後、首元の鈴がチリン、と鳴ると同時に、身体全体が光ったかと思うと、ミィの身体は、尻尾一本の、ごく普通の成猫サイズになっていた。


「じゃあ、マリア。このおチビさんをしばらく頼んだよ!」


『かしこまりました。ミィ様。』


ミィに声をかけられた《マリア》と言われた全身灰色の雌猫は、恭しく頭を下げた。

 

そちらを見て、安心した顔で「うむっ!」と頷いた後、ミィは動物達に行き渡るような声でこう言った。


「それじゃあ、そろそろ私は家に戻るよ。…ではおチビさん、またね!」


ミィが綺麗な所作で、尻尾を揺らしながら、こちらに背を向けながら再び鈴を鳴らすと、今度は出入り口に獣一匹が通るくらいの光の空洞ができ、ミィがそこに飛び込んだ後は、スッ、と消え、止まっていた時間も、何事も無かったように動き出した。


「…と、危ねぇ…。何だまた来たのか。お春バァのミィ…。っ…痛ててて…。」


男の足元に降り立ったのだろう。ミィを避けるべくよろめいて、出入り口に身体が当たったであろう音が、"ドーン"と響いた。


『『ア〜ッハハハハハハハ…、ハッ…、腹痛ぇ〜…。』』


『…ザマァ…、ククッ…。』


男には音に反応して、動物達がびっくりして騒いでいる様にしか聞こえないであろう。そんな鳴き声で、動物達はそれぞれ大声で笑い出した。マリアに至っては、手で顔を洗っているように見えるが、よく見ると、クスクス、と笑いを殺しているような感じ立った。…もちろん俺もだ。俯いた状態で笑いを堪えていた。


「やかましい!!クソが!!」


男は出入り口に上がり、顔に怒りを滲ませながら、俺達の檻の前をドカドカ歩いて行き、《冷蔵庫》という、食い物を冷やす機械仕掛けの棚から、酒が入っているであろう鉄で出来た小さい樽の上を、カシュッ、と開け、中身を一気に飲み干した。


『…こりゃあ、またパチンコで負けたな…。』


誰か言っていたが、聞くと、どうやらこの異世界の娯楽の一種らしい。《冷蔵庫》といい《パチンコ》といい、この世界は、構築している仕組み以外にも、まだまだ覚えなければいけない事がたくさんあるかもしれない。もしかしたら、魔力復活の鍵も見つかるかもしれない。…でもその前に…。


『あなた、今日は色々あったし疲れたでしょう?今夜はもう寝なさい。色々考えるのは明日でも出来るわ。』


マリアが俺の首根っこを咥え、自分の腹辺りに連れてきた。他のチビ達の体温の影響もあるのか、俺の瞼は、だんだん重くなって、そのまま眠りの海へ意識が落ちていった…。

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 エンジュ達が夢の中に迷い込んだ頃、とある一軒家の外で、ミィは月明かりが射し込む水溜りをジィ、と見ていた。チリン、と首元の鈴が鳴らすと、水溜りに一筋の波紋が広がり、全面がパァ、と光り出した。


「ご機嫌麗しゅうございます。イワ姫様。」


ミイは水鏡に映し出された人影、女神・イワに敬意の姿勢でお辞儀した。


『…こんばんは、ミィ殿。…その…、どうでした…?』


「なかなかのクソガキでしたね。…まぁ、凄く危なっかしいですが…。下手したら、あれはこの日本どころか、世界の脅威になりかねません。」


『…そうですか…。』


イワは心底落ち込んだ。何故なら、この島国は、生きとし生けるものの感情や願いの喜怒哀楽により、バランスが保たれている。それを古来から住んでいる自分達八百万の神々が、それぞれそのバランスを調整しており、この国から厄災を退散させているのだ。


「あと少しで、《負の感情》がまずいところまで広がりそうでしたが、寸でのところで、無理矢理叩いて止めました。」


『…ありがとうございました。お身体は大丈夫でしたか…?』


「チビ助相手なんで、これくらい何とも。」


『…良かった。』


ミィにはこの女神の表情が、頭の布も勝って、長い前髪で隠れて分からない。しかし、心から安堵している気持ちが伝わって来た。


『これからも貴方には、ご迷惑を掛けると思いますが、どうか彼をよろしくお願い致します。』


ボサボサの長髪が、頭を下げると同時に、はらりと落ちる。ミイは口元を笑みの表情を浮かべ、ふと疑問に思った事を口にした。


「かしこまりました。…ところでイワ姫様。一つ質問宜しいですか?」


『…どうぞ。』


「何であのチビ助を?前世ではヤバい"悪者"だったんでしょ?…そんな奴転生させて、日本は大丈夫なんですか?」


『…構いませんよ。彼には"時"が来るまで"全ての力"を発揮出来ないように"呪(しゅ)"をかけています。…それを私が解かない限り、"力"を戻すのは、時間がかかるでしょう…。』


なるほど、流石。古来より、妹神の子孫達代々からの寿命に、現在も影響を与えている、と言い伝えられている女神だけはある。琴線に触れれば、縁を切る事だって可能だ。


『…それに彼には、"知って欲しい事実"があります。…それを知るには、まだ、時間が早すぎる。』


「…そうですか。任せて下さい。若者の教育は、年寄りの役目です。必ずや、立派な猫にしてみせます!」


"知って欲しい事実"。それを深掘りするつもりは無い。とにかく、エンジュを"脅威"にしない。教えれる事は全て、あのチビ助の小さい頭に叩き込ませる。そう心に決めるのであった。


『…では、そろそろ。…改めて、よろしくお願いします。』


 その一言を最後に、水鏡は波紋を揺らし、光を発した後には、元の水溜まりへ戻ったのだった。


「…さて、明日から忙しくねぇ。体力、しっかりつけないと!」


水鏡の通信が途切れた後、ミイはそう言い、一伸びして、自分の主人達が待つ家路へ駆け足で帰って行った。

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